-99話 『虚空の賢者』

 私は一体、どれくらいここにいたんだろう。


 気付くと、自分が存在していた。

 と言っても、身体は無いのだけど。

 意識だけが、この何も無い空間に漂っている。



 私は世界を知っていた。

 星が集まり銀河となり、銀河が集まり銀河団となり、更にそれがいくつも集まり、更にまたそれがいくつも集まり、更にまた……そうして広大な宇宙を作る。

 そしてその宇宙が何層も重なり、更にそれがまたいくつも並び、更にそれがまた……


 多数の宇宙、次元、時空。

 私は、その全てを見通すことが出来た。


 何故かは分からない。

 もしかすると、私が見通せる範囲の外にも、世界が広がっているのかもしれない。

 それも想像に過ぎないのだけど。

 ただ、私は私の世界を知る事が出来た。それだけ。



 多くの世界。

 多くの生命。


 中には、一生命体として不相応な程に、巨大な力を得る者もいた。

 そんな者達の姿は、自然と私の目に付く。

 まあ、目は無いけど。



 例えば、こんな者達がいた。



 意思とは関係なく呼吸するだけで時空を歪ませ、住む星全てを破壊して回る、悲劇の流れ者。


 銀河中の男を手玉に取る、スケールが大きな傾国の美女。


 惑星を一飲みにし、銀河を軽く一息で破滅させる、大魔王と呼ばれる男。


 宇宙全てを包み、溶かす、意思のある毒霧。


 ただ圧倒的に運が悪いだけで、一つの宇宙を消滅させてしまった女神。


 ついには他の宇宙にまで辿り付く、桁外れの天才博士。



 皆、見ていて面白かった。

 彼らの特出した力は、死後にも滅びる事は無く、宇宙を超え、空間を越え、新しい体へ宿る。

 力に選ばれた者達も、やはり面白い事をやってくれた。



 そのように強大な力を持つ者達の中には、私の存在に薄々気付く者もいた。

 ただし接触はしてこない。その方法が無いから。

 私が存在している空間は、どの宇宙とも違う場所にあるのだ。

 それにもし、彼の者達がこの空間に入って来たとしても、私に触れる事は出来ないだろう。

 私は、意識だけの存在なのだから。



 私に気付いた者達は、私の事を各々好きに呼んだ。


『虚空の賢者』

 とある天才博士が呼んだ名称。

 中々に核心をついている。

 自分を賢い者だと言うつもりは無いが、世界に関しての知識は誰よりも持っているだろう。

 何より、私のいる場所は確かに『虚空』という感じだ。


観測者みるもの

 もっと核心をついている。

 まさに私の行動そのもの。

 私は、見る事と知る事しか出来ない。


『冥界の使者』

 これは誤解だ。

 どんな世界でも、やはり大抵の知的生物は死を恐れる。

 その恐怖のせいで、私と死の世界を結びつけて考えてしまったのだろう。

 確かに私は、死者の魂を呼び戻す方法を知っている。

 知識を有すだけで、手足も言葉も無い私には使えないのだが、とにかく知ってはいる。

 なので、この呼び名も完全な間違いというわけでは無いのだが、しかし現実として冥界の使者なんて仕事はやっていない。


『神』

 理解できない事象を神と呼ぶ。

 なので、私も神と言う事になる。

 私自身も、私の事を理解出来ていない。


『あれ』もしくは『あいつ』

 酷い呼び名。

 だが、それ以外呼びようが無かったのだろう。

 ある意味これも、本質であるのかもしれない。


『超魔王』

 世界には魔王と呼ばれる者達が大勢いた。

 その魔王を越えた者達は、大魔王と呼ばれた。

 その大魔王を越える者なので、超魔王。

 安易で子供っぽいが、分かり易くて気に入っている。

 

『ライアク』

 これだけ趣きが違う。

 先程までのは称号。だがこれは固有名詞。名前だ。

 ある詩人が、その星に咲く花の名前で、私を呼んだ。

 何故彼がそう呼んだのか、それは分からない。

 だけど、妙に印象に残った。


 私には名前が無い。なのに、彼は私をライアクと呼んだ。

 という事は、私の名前はライアクなのだろう。

 論理が破綻しているけども、そう考えた方が面白い。


 花の名前。女性的だ。

 私は自分の性別を知らない。性がある存在なのかどうかも分からない。

 でもライアクという名前って事は、私は女の子なのかな。





 強大な力を持つ者達を眺めるのも良いが、もっと面白い物もあった。

 それは、平凡な者達の日常。


 一人では生きていけない。

 弱いので、身を寄せる。

 そんな生命達こそが、宇宙の本質であるのかもしれない。


 面白い物で、どんな宇宙どんな次元に於いても、ある程度進化した生命は互いに集まりたがる性質を持つ。

 それでいて、集まり過ぎると殺し合いを始める。

 矛盾ではない。どちらも、自分自身が生きていくために必要な選択。


 彼らの生き様を見る。

 そして、常々考えるのだ。



 私も、一緒に……

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