-5話 『姉と謎のKARATE Girl』

「草取りは失敗だったけど。この能力はきっと神様の思し召し。ゴッドパワーなのよテルちゃん!」


 夕食後に洗い物と入浴を済ませたテルミは、桜の部屋に呼び出され、そんな言葉を聞かされた。


 桜は、風呂上がりの長い髪を、毛先の方で軽く纏めている。

 ゆったりとしたパジャマを着て、豊満な胸元をちらつかせる。


「神様ですか……確かに神秘的なものは感じますが」

「でしょ! きっと、清楚可憐で美しいあたしに神様が惚れて、プレゼントをくれたのよ」


 テルミの肩を軽く叩きながら、桜が自信満々に胸を張る。


「それであたしは湯船の中で考えたの。神様がこのパワーで、あたしに何をやらせたいのか?」

「はぁ。それでどういう結論になったのですか?」

「それはね……ん? ちょ、ちょっと待って」


 桜は言葉の途中で、つけっぱなしのテレビに目を向けた。

 何やら大騒ぎの模様が生中継されている。

 

「……これ、近所じゃない?」


 大量のライトが一つの建物を照らし、その周りを大勢の警官達が囲んでいる。

 右上には『強盗団立て籠り、大勢が人質』の簡易的なテロップ。

 ドラマでは無い。現実に事件が起きている。


「本当だ、学校までの道にある銀行です。物騒な。莉羅りらにも気を付けるように言わないと」


 妹にはあまり関係の無い場所なので、何を気を付ければ良いのか分からないのだが。

 それでもまず妹を心配してしまう、過保護な兄だった。


 そんなテルミの横で桜は、テレビ画面をじっと見て何かを考えた後、ふと笑みを浮かべた。


「じゃああたし、クローゼットに行ってきまーす」

「トイレですか」

「一々言い直さないで良いの!」


 桜は立ち上がり、部屋の出入り口まで歩き、ドアを開ける。

 そして足だけ廊下に出たまま一旦動きを止め、「そうそう、神様の件だけど」と呟いた。


「きっと、この力であたしにヒーローになれって言ってるのよ。バットマンやアイアンマンみたいなー!」


 そう言い残し、ドアを閉めた。


「ヒーロー?」


 テルミは姉の台詞を反復した。

 姉が述べた二人は超能力ではなく科学力や財力で戦うヒーローなので、適切な例では無い気がするが、まあそれは良い。

 それよりもあの言い方では、桜自身がヒーローになると言っているも同然である。


「……まさか?」


 テルミは慌てて立ち上がり、姉の後を追おうとした。

 しかしドアノブに手を掛けた所で、テレビの中から爆発音がして、立ち止まる。

 アナウンサーが慌てたように喋っている。


『大変です、立て籠もり現場に謎の男が乱入……え、違う? 訂正します! 謎の女性が乱入して、暴れているようです!』


 再度爆発音。

 帽子とサングラスとマスクで顔を隠した複数の男達が、半泣きで逃げ出すように建物内から出て来た。

 当然警官達に確保される。


 そしてライトで照らされている銀行建屋の入り口から、ぴっちりした黒いライダースーツ姿の女性が、堂々と現れた。

 ピンク色のフルフェイスヘルメットを被っているので、顔は分からない。

 女性だと判断できるのは、ほっそりしつつも丸みがある腰のラインと、スーツ下で主張している大きな胸の膨らみのおかげだ。


『メット姿の女性です! あの人が強盗団を退治したようです。一体何者なのでしょうか!?』


 アナウンサーや警官、野次馬達が騒めいている。

 突然現れ正義を執行した、正体不明の女性。


「……姉さん」


 その正体を、弟はすぐに分かってしまったのだが。


 自宅からあの銀行までは、自転車を漕いでも十分はかかる。

 桜がこの部屋を出て行って一分足らず。

 ライダースーツに着替え、移動して、強盗団をやっつけて……明らかに時間が合っていない。

 だが実際テレビに出ているのは、どう見ても姉だ。

 肉体強化の超能力で、時間を歪める程の素早い動作をおこなったとでも言うのだろうか。


『すみません。あなたは一体、誰なのですか?』


 アナウンサーがライダースーツの桜に駆け寄り、そう尋ねた。

 桜はテレビカメラを指差しながら、


『I am KARATE GIRL!』


 と何故か英語……しかもわざとカタコト気味で答えた後、「HA!」と正拳突きのポーズ。

 そして人間とは思えない高さのジャンプをし、


『グッナイ、マイピーポー!』


 と言い残し、ビルの屋根から屋根へと飛び移りながら夜の闇に消えていった。



「いやー、おまたせテルちゃーん」


 テレビ画面からフェードアウトして三分も経たない内に、桜は部屋に戻って来た。

 出て行く時と同じ、パジャマ姿だ。


「……姉さん。カラテガールって何ですか。どうして外国人が考える日本人風のキャラクターなのですか」

「え~何の事? 桜分かんなーい。きゃぴっ」


 恍ける姉。

 弟は深く溜息をついた。


「分かりました。世のために力を使えとは、お爺さんや母さんも常日頃言っている武術家の建前……いえ、心構え。でもあまり危険な事はやらないようにしてくださいね」

「さすがテルちゃん、話が分かる!」


 そう感謝しながら、桜はテルミに抱き付き、頬と頬を擦り付けた。

 まだヒーロー気分なのか、アメリカンなリアクションだ。


「まあ、カラテガールの正体はあたしじゃないけどね!」


 あくまでも、そこは認めないつもりらしい。

 テルミは姉の強引さに半ば諦めながらも、この危険なヒーローごっこに、か弱い妹だけは巻き込まないでおこうと考えた。


「……とにかく、姉さんの能力は莉羅には気付かれないようにしましょう。余計な不安を抱かせる事になります」

「そうね、分かった。あたしとテルちゃんだけの秘密ね!」



「二人だけの秘密……ズルい……」



 小さな声が聞こえた。

 テルミと桜が部屋の入り口を見ると、開け放たれたドアの前に、パジャマ姿で寝ぼけまなこの莉羅が立っている。


「り、莉羅。いつからいたのですか?」

「えっと……十一年と数ヶ月前に、ママが、りらを産んだ時から……だよ」

「そういう意味ではなく……」

「じゃあ、えっと……十二年と、ちょっと前に……ママとパパが」

「ストップ。言わなくて良いです」


 莉羅は桜の部屋に入り、床にぺたんと体育座りした。


「そろそろ日付が変わる時間です。莉羅、小学生はもう寝なさい」

「そうよ莉羅ちゃん。お肌が荒れちゃうわよ」


 二人は慌てて、莉羅を帰そうとする。

 しかし莉羅は帰る素振も見せず、座ったまま桜の顔をじっと見つめ、


「……ねーちゃん、やっぱり……目覚めてる……」


 と呟いた。

 桜は妹の発言の意図が分からず、困惑する。


「目覚めてるって? そりゃそうよ、キッチリ起きてるわよあたし」

「そっちじゃなくて……ふわあー……」


 莉羅は大きくあくびをし、パジャマの袖で顔を拭いた。

 そして桜とテルミの顔を交互に見た後、ぼそりと呟く。


「ねーちゃんの超能力は……神様の力じゃ、無いよ……」


 その妹の言葉に、姉と兄は驚いた。


「莉羅、やっぱり僕達の話を聞いていたんですか」

「でも神様の力じゃないって、どういう意味よ莉羅ちゃん?」

「あのね、ねーちゃんの力は、ね……ふあ……」


 莉羅はもう一度あくびをし、首をかくんと垂れながら言った。


「魔王の力……遠い世界に存在した……大魔王って、呼ばれてた人の、力……あふぁー……」

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