-6話 『姉と弟と超能力たまねぎ畑土いじり』

 太陽照り付ける家庭菜園。


 桜は、つばの広い帽子と長袖で、しっかりと日光対策をしている……わりに、ヘソだけは出している。

 胸元も肌を露出こそしていないが、ピッチリした服装で、過剰に胸の大きさを強調している。

 それをわざと揺らし弟にアピール。


「はしたないですよ」


 と、普通に怒られた。

 しかし桜としては、弟のその淡白な反応こそが、ツボだった。

 とりあえず満足。



 玉葱の収穫時期は、春から夏に移り変わる季節。

 その頃が近づくと、見慣れた球状の過食部分が、土の上に顔を覗かせている。

 畑の玉葱には、てっぺんに青ネギに似た細長い緑の葉茎が生えている。

 葉がしなびて横に倒れると、収穫のサイン。


 真奥家の家庭菜園にずらりと並んでいる玉葱は、まだ葉がしっかりと立ってる。

 だがあと数日で収穫のタイミングとなるだろう。


 この畑は亡き祖母が耕していたのを、テルミが引き継いだ。

 高校生であるテルミには本格的に耕す時間が無いため、隅の一角だけを使い、小さな玉葱畑にしている。

 どうして玉葱なのかと言うと、妹が一番好きな野菜だからだ。


「それにしても草ボーボーな畑ね。タンポポまで生えてるし。テルちゃん、きちんとお世話しなさいよ」


 桜本人は全く畑の手伝いをしないのだが、それを棚に上げている。

 だが指摘通り、真奥家の玉葱畑は、収穫を控えているというのに散々な有様だった。


「すみません。僕も学校や家事で中々畑まで足を運べなくて。玉葱のすぐ近くの草だけは抜いていたのですが」


 各玉葱の周り数センチは綺麗に土が見えているのだが、少し離れると雑草三昧。

 緑の芝生の所々にドーナツ型の茶色模様を描いたような状態。


 祖父と桜はあまり土いじりが好きでなく、手伝ってくれない。

 父と母は仕事で不在がち。

 妹の莉羅は、兄が一緒の時だけは手伝ってくれるのだが、自発的にやろうとはしない。


 たった三日もあれば、雑草が畑を覆ってしまう今の時期。

 まだ高校生であるテルミ一人では、どうしても処理が追い付かないのだ。


「特にこのタンポポが問題です。引き抜いても、中途半端に根を残すとすぐに再生します」

「へー。すぐに再生しちゃうなんて、まるでエロDVDを見つけた男子中学生みたいね」

「再生の意味が違いますが……とにかく、収穫まで五日から十日程度ありますが、その間タンポポが復活しないように太い根を引いておきたいんです」


 そう言ってテルミはタンポポの黄色い花に触れた。

 たいして広い畑では無い。両手で数え切れる程度のタンポポ達。


「この花は可愛い外見に反してとても強く、根っこまで引き抜くのが大変です……でも、姉さんの超能力なら簡単に処理出来るのではと思いまして」


 昨日のバナナ事件後、桜が一体どんな能力を身に着けたのか、姉弟二人で試してみた。

 大きく分けると、五つの能力があるらしい。


 手を触れずに物を動かしたり、ひねったり、圧力をかけて潰したりする。

 火の気が無い場所に炎を付ける。

 一瞬で物を凍らせる。

 電気を発生させる。

 とてつもない怪力になれる。


 ちなみに目からビームは、電気発生能力を、それっぽい演出にしてみたもの。 

 テレポートやテレパシー、透視、予知などは無いようだ。

 どうにも攻撃的な超能力ばかり。


「あたしのシャープな美しさを体現したせいね」


 と桜は言ったが、テルミは適当に受け流した。


 ともかく、これらの超能力の中で、特に怪力能力が日常生活で役立ちそうだという結論に至った。

 手を触れずに物を動かせる能力は、バナナ大爆発の件から分かるように、いまいちコントロールが難しい。

 だが怪力能力なら自分の手足を使うので、細かい動作調整をかける事が出来る……かもしれない。


「という事で姉さん、お願いします。出来ればタンポポ以外の草を引く手伝いも」

「オッケーオッケー。草取りのバイト料は、テルちゃんがショッピングの荷物持ち、もといデートしてくれる事で手を打つわね」

「これは家の仕事なので、バイト料は出ません」


 桜は「ちぇっ」と呟きながら、軍手をはめた指先でタンポポの根元付近を摘まんだ。


「さあタンポポちゃん、畑の栄養満点な堆肥を求めてここまで来たのに気の毒だけど、わた毛みたいにフワッと抜いてあげるわよ!」


 そう言って、腕に力と気合いを入れて、一気に引き抜いた。


 次の瞬間、巨大な地鳴り。


 一帯の地盤が剥がれ、玉葱畑が宙を浮く。

 土と玉葱が、雨あられのようにテルミと桜の頭上へ降り注ぐ。

 二人は全身泥まみれになった。


「……姉さん、出力調整……」

「ごめんね。やっぱり出来ないみたい。テヘッ」




 ◇




「外に、たまねぎ、干してた……収穫する時は、りらも手伝うって……言ってたのに……」


 夕食中、テルミの隣に座っている莉羅りらがぼそりと呟いた。

 畳の上。四角い食卓を、姉弟妹と祖父の四人で正座して囲んでいる。


「事情があり、急遽今日取り入れました。姉さんが手伝ってくれたんですよ」


 予定より少々早く、地盤ごと収穫された玉葱達。

 一部は今日の食卓に上がっている。薄くスライスしたサラダ。肉じゃがの具。野菜炒めの具。

 残りは保存のため、庭に干している。


「へえー……ねーちゃんが、手伝い……? 珍しい事も、あるもんだ……ね。頭でも打った……?」

「珍しくなんてないわよ! いつもテルちゃんのお手伝いしてるもの」


 それは勿論嘘なのだが。


「あたしとテルちゃんは、ずっと夫婦二人三脚なの」

「夫婦じゃなくて……姉弟……だもん……」


 ぼそぼそと喋る莉羅。


 何事も要領よくこなす姉や、人付き合いが得意な兄とは対照的に、消極的で内向的な性格。

 この妹の事を、テルミはいつも気に掛けている。


 学校では上手くやっているのだろうか。

 友達を作れているだろうか。

 勉強で分からない所を、きちんと先生に聞く事が出来ているだろうか。

 外で転んで怪我していないだろうか。


 などと、常に心配している。

 テルミが人並み外れたおせっかいになったのは、この妹の存在も大きな理由の一つだろう。


「姉弟ってのは実質夫婦みたいなものなのよ」

「違います」

「……絶対、違う……もん……」


 姉に対する弟妹の総突っ込み。

 莉羅は姉に対抗するかのように、上半身を捻りながら、テルミの肩に顔をぴったりとくっ付けた。


「莉羅、食事の時には姿勢を正しなさい」

「ぶー……」


 兄の真っ当な説教に、不満気に従う莉羅。

 そんな妹の対面では、武術師範である寡黙な祖父が、苦手な玉葱を渋い顔でもそもそと食べている。


 真奥家の食卓は、いつもこんな感じだった。

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