-7話 『姉の超能力バナナジュース』

「あたしってば、超能力者になったのよ」


 姉である真奥まおくさくらの突然のカミングアウト。

 それを聞いた弟、真奥輝実てるみは、大量のバナナの皮を剥く手を止め、


「凄いですね姉さん。それはそれとしてバナナの皮剥きを手伝ってください」


 と答えた。


「それは卑猥な誘い文句? それとも健全に料理のお手伝いしろって意味?」

「後者です」

「ならばお断り! っていうかテルちゃん、あたしの超能力って台詞信じてないでしょ!」

「はぁ……まあ、そうですね」


 テルミはそう言ってバナナの皮剥き作業を再開。

 桜は不満げに、テルミの頬を両手の平で押さえ、ぐりぐりといじった。


「もー! テルちゃんには、お姉様を尊敬する気持ちが足りなーい! もっと尊んで敬って! 愛して! チューして!」

「学業や武術については、姉さんの事をとても尊敬していますよ」


 

 真奥家の子供達は、幼き頃より祖父と母に武術を叩きこまれた。

 祖父いわく、平安時代の弓馬をルーツにした流派。

 剣、弓、薙刀。徒手も有り。馬術も学ぶため、たまに牧場へも行く。


 それら全ての武芸項目において、桜はまだ九九も覚えていないような幼少時から、大人顔負けの才を発揮していた。

 同世代には敵無し。剣道、柔道、空手、ついでにそろばん。多くの大会を総嘗め。

 ただし肌に傷が付いたり、柔道耳に変形するのを嫌い、軽い練習でもヘッドギアやサポーターを付けた上で、受け身や組み技の練習は拒否していた。

 小学生に上がるよりも前から、美容に対しての意識が高かったのだ。

 そんな制限された練習方法を取っているにも関わらず、他の追従を許さぬ実力を示している。


 桜の武芸歴の中で、特に注目を集めたのが馬術だ。

 小学生の時、規定ギリギリの最少年齢で、乗馬障害物競走ジュニア大会に出場。

 大金を払って馬術を学んで来たはずの中学生高校生達をぶっちぎり、圧倒的な差で優勝した。


 その時にテレビで報道された事が、桜の女王様ごっこ生活のきっかけとなった。

 乗馬と言う、庶民にとってはなんとなく上流階級の趣味というイメージがある競技での実績。

 しかもテレビ局員が調べると、馬術どころか剣道柔道空手弓道、様々な武芸で実績のある娘だった。あと、そろばん。

 それに加えて、生来持つ高貴なオーラ。そして非の打ち所がないルックス。小さい頃から発育も良い。

 話題性充分。あっという間にファンがどんどん集まった。


 そしていつ頃からか、桜は自分が武術家である事を隠し、代わりに馬術や華道、純粋な運動神経、学力等を周りにアピールするようになった。

 本来の威勢良い性格も隠し、一人称も『あたし』から『わたくし』に変更。

 家の外では、ファンたちが望む「クールで、尊大で、畏れ多いお嬢様」というキャラクターを演じる事にしたのだ。

 周りの期待に応えようとして……などと言ういじらしい心根では無く、完全に自分自身が楽しむためなのだが。



 そんな姉に比べ、テルミの武術成績はまあまあと言った所。

 いや、同年代の中では非常に優秀ではあるのだが、姉の輝かしい戦果に比べると、どうしても見劣りしていた。

 妹の莉羅りらに至っては元々あまり武術をやる気が無い。兄と一緒に遊ぶような感覚でやっている。引っ込み思案で試合にも出ていない。


 しかしテルミは、姉の優秀さに対し、特にコンプレックスを抱いているわけではない。

 武術に優れ、その上で学業も疎かにしていない桜。

 才能の上に努力を重ねる姉を、誇りに思っている。



 だがそれはそれとして、信用はしていないのだ。

 


 話を、真奥姉弟の会話に戻す。


「超能力と言うと……以前、鍵が掛かっているはずの僕の寝室に侵入した、あの能力ですか?」


 その時は、寝ているテルミの服を脱がし、全身に落書きをした。

 そんな姉だから、弟から信用されていない。

 桜は対外的な性格と、家族に対しての性格が、百八十度違っているのだ。


「鍵開けは超能力じゃなくて技術ピッキング! 超能力ってのはね、まあ良いからこれを見なさい」


 桜は、近くに落ちていた雑誌を左手で拾い上げ、テルミの前に突き出した。


「はい見ました。ファッション誌ですね。こんな所に散らかさず、自分の部屋に片付けてくださいと何度も言って……」

「とりゃー」


 桜はテルミの言葉を無視し、気の抜けた掛け声と共に、右手人差し指で雑誌を突いた。


 次の瞬間、雑誌が木っ端微塵に破裂した。紙片が室内を舞う。

 そして粉々になった各残骸が、一斉に燃え上がった。

 更に一瞬で消火し、次は凍り付いた。

 オマケにバチバチと電気火花を散らし始めた。


 部屋中の壁に、焦げ目や霜がついた。


「……何の科学実験ですか」

「超能力だってば!」


 その後も、桜による超能力ショーが続いた。

 小指一本でコンクリートブロックを粉々にする。

 念動力でダンベルを浮かす。

 目からビームを出して障子を破る。

 数メートル先に現れたゴキブリを、触らずに粉砕する。


「ゴキブリのシミが壁に……もう良いです姉さん」


 これ以上被害が出る前に、テルミも納得せざる得なかった。


「なるほど。姉さんは本当に超能力に目覚めたようですね」

「でっしょー! でっしょー!? あたし凄くない? 褒めて褒めて」


 無邪気に笑う桜。

 テルミはその笑顔を見ながら少し考えた後、ステンレス・トレーに大量に入っている、皮を剥いたバナナを指差した。

 先程の雑誌爆発の紙片燃えカスが一欠片付着していたので、指で摘まんで取り除く。


「では姉さん。その超能力で、このバナナを砕いて豆乳と混ぜ、ジュースにしてください」

「……ええ? な、なんでよ」

「お爺さんから頼まれているんです。練習後の栄養補給ドリンク製作を、門下生全員分。ああ、ついでに莉羅のおやつ代わりでもあります。量が多くてミキサーでは大変なのです」


 桜は、テルミの切り替えの速さに唖然とした。

 この弟は、自分の超能力にあまり驚いていないようだ。何故だ。

 もっと驚くと思ってたのに。


 最悪の場合、怖がられ、逃げられる事も覚悟していた。

 それでも自分一人で抱えるには重い秘密。弟にだけは打ち明けようと思った。

 出来るだけ軽い雰囲気で話しかけたが、実は内心不安で一杯だった。


「せっかくの超能力。何か役に立てましょうよ」


 テルミは桜の手を握り、人懐っこく笑った。

 その顔を見て、桜はハッと気付いた。


 ああ、そっか。この子は、私の不安を察した上でこう言っているんだ。

 僕は姉さんを怖がる事なんてしない……それを言葉でなく態度で示し、安心させようとしている。

 まったく、お母さんみたいな弟だ。


「……分かったわよ。お礼はテルちゃんの添い寝だかんね」



 だが添い寝はしなかった。

 なぜなら、バナナが部屋中に爆発四散したからだ。


 テルミと桜は、バナナジュースでべとべとになった顔を合わせる。


「……姉さん、出力調整は」

「ごめんね。あんまり出来ないみたい」

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