0話(後) 『オカンと魔王(ファミリー編)』

 場所は戻って校舎裏。


 テルミは、自分の姉が残虐非道な制裁を行っているとは露知らず、当初の目的であった清掃活動を遂行した。

 助けた女子クラスメイトと不良先輩も、一緒になって掃除をしてくれた。


「ヤンキーは喧嘩した後に仲良くなるって、本当だったんだ……」


 と女生徒は思ったが、口にはしなかった。



「二人とも、手伝ってくれてありがとうございます」


 そうテルミが礼を言うと、男女二人は照れたように礼を返す。

 するとそこに、まるで掃除が終わるタイミングを見計らっていたかのように、


輝実てるみ。ご苦労様」


 と、透き通るような美声がした。


 十人近くに及ぶ女子集団が近づいて来る。

 先頭にはテルミの姉である、真奥まおく桜。

 続く女生徒達は、桜の取り巻き。もとい自称親衛隊達である。


 桜は体育館裏で大暴れした後、親衛隊と合流し、テルミの元へやって来たのだ。


「こんな所を掃除していましたの? 探しましたわ」


 探したというのは嘘だ。

 莉羅に聞いて、テルミが校舎裏にいる事は知っていた。

 ただ親衛隊達の手前、適当な事を言っただけ。


 それに、掃除の手伝いはしたくないので、本当に終わるタイミングを見計らっていたのだ。


「そろそろ帰宅致しますわよ」

「分かりました姉さん」


 姉さんという言葉に、不良先輩が目を丸くした。

 突然校内の有名人が現れただけでも驚いたのに、ついさっき自分と喧嘩した(一方的に負けた)男が、その弟だったのだ。


 女子クラスメイトはテルミと桜が姉弟だと言う事は知っていたが、それでも初めて間近で見る学校のアイドルに、目を奪われている。


 そんな二人に再度の礼と別れを言い、テルミは女子集団の輪に入った。

 途中、用具倉庫に掃除道具を片付け、校門へと向かう。



「輝実さま、あのお二人はお友達ですか?」

「クラスメイトと一つ上の先輩です。掃除を手伝ってくれました」

「輝実さま、以前頂いたお菓子……シナモンなんとかドーナツ? のレシピを、私にも教えて欲しいんですけど」

「良いですよ。では作り方をメモして、明日持ってきます」


 徒歩での下校中。

 姉の取り巻きである女生徒達は、ほとんどがテルミより上級生であるのだが、敬語で話し掛けてくる。

 テルミはその一つ一つに丁寧に返答する。


 別にモテているわけでは無い。

 もしモテているのなら、掃除を手伝ってくれていたはずだ。


 女生徒達も本当は桜と会話したいのだが、桜が纏っている畏れ多いオーラのせいで、どうにも話しかける事が出来ない。

 なので代用として、顔つきが似ている弟に話しかける。


 いや、細かく言うと確かにテルミに多少の好意を持っている者もいるのだが、その気持ちも桜本人の前では吹き飛んでしまうのだ。


 しかしそうなると必然的に桜は、大勢に囲まれながらも、ただ一人黙って歩いているだけになる。

 せっかく大勢の友達がいるのに、それでは寂しくないのか? と、テルミは姉に聞いた事があるが、


「いいえ。全然。まったく。ちっとも寂しくないわ。むしろそれがめっっっちゃ快感!」


 女王様ごっこを心底楽しんでいるらしい。

 そもそもテルミも、女王様ごっこに付き合って集団下校する必要は無いのだが、


「親衛隊っつっても、あの子らは普通の女子だから喧嘩なんて出来ないわ。宇宙一可愛いあたしは暴漢痴漢に襲われる可能性が高いの。その暴漢が筋骨隆々プロレスラーみたいな男だったら一大事よ。だからテルちゃんがその手で、愛するお姉様あたしを守りなさい」


 という姉の命令に従って、律儀に毎日女子に囲まれているのだ。

 とは言え桜は、プロレスラーどころか象に襲われたとしても、返り討ちにするだけの力があるのだが。



 お金持ちお嬢様風のオーラを出している桜。

 下校時は『リムジンでのお出迎え』と言いたい所だが、そこは徒歩で下校である。

 理由は簡単。真奥家は資産家でも何でも無いからだ。

 そもそも学校にしても、そこまで良い家柄の者が入学するような高校では無い。


 だが真奥桜親衛隊にも、真奥桜ファンクラブにも、その事に言及する者はいない。

 そもそも本当にお嬢様かどうかは関係ないのだ。

 真奥桜の持つ美貌、能力、雰囲気に惹かれているのだから。

 特に男子は胸に。



「では桜さま、テルミさま。ごきげんよう」


 などと言って、親衛隊員達は各々の帰路につくため途中で別れる。

 自宅までついて来るのはやめなさい、と女王様に釘を刺されているのだ。

 ある者は直接家路へ。ある者は駅やバス停へ。ある者は家に帰らず学習塾へ。


 そうやってどんどん解散し、途中で真奥姉弟の二人だけになる。

 それから更に数分歩くと、周りに知り合いは誰もいなくなった。


 すると、


「テルちゃ~ん! お腹空いたーん鯛焼き買ってーん! おんぶしてーん! 抱っこでも良いよ~ん」


 桜はそれまでの冷静で荘厳な態度を一変し、急に緩い口調となり、弟に甘え始めたのだった。


「鯛焼きはダメです姉さん。帰ったらすぐ夕飯の支度をするので」

「ママのケチ~」

「ママでなく弟です。お爺さんが門下生の方から沢山のさやえんどうを頂いたので、今日は炒め物、おひたし、天ぷら。えんどうまめフルコース」


 その時、急にテルミの肩が重くなった。


「えんどうまめフルコース……略して……えんこー……」

「その略語はやめなさい、莉羅りら


 いつの間にか妹の莉羅が現れ、テルミの背中にしがみついていた。


「にーちゃん……おんぶ、して……」

「もう乗っているじゃないですか」


 テルミはそう言いながら立ち止まり、少し背中を曲げ妹を背負い直した。


「あー、莉羅ちゃんずるーい! あたしもテルちゃんの背中におっぱい当ててむにむにするー!」

「下品ですよ姉さん」

「おっぱい……りらには、あんまり無い……けど……にーちゃん、柔らかい?」


 柔らかくは無かった。


「下品ですよ莉羅」


 叱り、再び歩きだした。

 真奥家の姉弟妹が揃い、三人で家へと向かう。


「莉羅。今日はありがとう」


 と、テルミは背負っている莉羅の重さを感じながら礼を言った。

 不良生徒がナイフを取り出した後、急に怯えだした件についてだ。

 あの時、遠くにいた莉羅がテレパシーでテルミの緊張を感じ取(るまでもなく、実はずっと兄を見ていた)り、千里眼により一瞬で状況把握(するまでもなく、ずっと見ていた)し、催眠術により不良生徒の感情を操ったのだ。

 これは莉羅の前世、超魔王の力だ。


「ふぇっへへへ……どうもどうも……あれ……でも、怒られると、思ってた……のに」


 莉羅は礼に照れながらも、首をかしげる。

 この生真面目な兄は、催眠術で人を操作する事に、良い顔をしないのだ。


「そうですね。使った事自体は後できちんと叱ります」

「しょっく……」

「でも一応、ナイフから助けてくれようとしたのは事実ですので……やっぱり、叱らないでおきます」


 テルミはそう言って笑った。


 桜は隣で弟の笑顔を見ながら、自分も弟から「能力で人を傷つけるのはやめろ」と言われていたのに、隠れて使いまくってる事を内心反省した。

 だがすぐに「でもやっぱり、どうせまた使っちゃうんだろうな、あたし」と自己分析し、「まあいっか」と開き直った。

 そして自分も弟妹の会話に参加しようと、とぼけた口調で言う。


「えー、ナイフぅ? 何それ怖ぁい。そんな事あったのテルちゃん?」


 本当は知っているどころか、当人に隠れて報復までやっているのだが。


「ねーちゃん……白々しい……」

「シャラップ、莉羅ちゃん。うりゃー!」


 桜は莉羅の口を右手で封じ、ついでに左手でテルミごと抱きしめた。

 大魔王の力を使うと死んでしまうので、普通の女の子の力で。


「なんです姉さん突然」

「ねえテルちゃん。さやえんどうも良いけど、お肉食べたいよー」

「りらは……イカと大根を、煮たヤツ……」


 姉妹の要望を聞き、テルミは頭の中で献立を立て直した。

 さやえんどうは今日中に食べきってしまわないといけない、というわけでは無い。

 豚肉とイカは冷凍庫にある。

 大根も、半分に切ってラップに包んだものが冷蔵庫に入っている。


「そうですね、では天ぷらと炒め物をやめて、おひたしだけにして。それに二人のリクエストを追加して……そうだ、ついでにサラダも」

「トマト……ヤダ……」

「好き嫌いは駄目ですよ」


 献立が決まった所で、三人とも急にお腹が空いてきた。

 大魔王と超魔王の力があっても、現世では人間なので腹は減るのだ。

 桜とテルミは家路への足を早める。

 莉羅はテルミの背中にしがみ付く。


「かんとりーろーど……てーくみーほーっ……」

「あらあら唄っちゃってゴキゲンね莉羅ちゃん。ここは田舎道カントリーロードってより、都会の薄汚れた住宅街裏道だけどね」


 そんなこんなで姉弟妹きょうだいは、今日も仲良く歩いている。

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