0話(中) 『オカンと魔王(魔王編)』

 真奥まおくさくらは校内一、いやこの町で一番の有名人だ。


 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。オマケにお嬢様ライクな雰囲気。

 完璧超人な生徒会長だ。


 その凛とした物腰に一目惚れする生徒は多い。

 ファンクラブまで発足されている。会員は男女問わず、学校も問わず、年齢さえも問わず大量。

 女子で構成された親衛隊を引き連れ、校内を我が物顔で歩いている。



「いつもの取り巻きはどうしたんだよ、センパイ」


 初対面だが馴れ馴れしく話しかける不良生徒二人。

 そのいやらしい目線はまず桜の顔に向けられ、次に胸に向けられ、胸に留まり、胸、胸、ちょっと足、やっぱり胸。

 桜はその視線に気付きながらも、笑みを絶やさない。


「そんな事はどうでもよろしくてよ。それよりわたくし、あなた達が先程話してた事に興味がございますの」


 桜は、気品溢れる口調で返事をした。

 この喋り方をすると弟や妹は変な顔をするのだが、学校ではこんなキャラで通している。


「話してた事って……テルミって一年坊をシメる話ぃ?」

「意外~。センパイそういう事に興味あるんだ?」


 不良二人組は桜に近づき、一人が肩に手を触れた。

 桜は一瞬顔をしかめたが、その手を払い退けることもせず、すぐに笑顔を作り直す。


「ええ。そのテルミという一年生。どういうお方なのかしら?」

「ジャージ姿でホウキ持って、校舎裏をうろついてるようなヤツだよ」


 不良生徒の返事を聞き、桜は口を押えて小さく笑った。


「ふふっ、やはりそうなのですね。そのテルミという子は、わたくしの……」

「桜センパイの~?」


 不良は更に左手を伸ばし、桜の体を触ろうとした。

 しかし桜はその腕を掴み、



の弟なんだよ、クソ低能ヤンキーども」



 不良男子の左手が、枯れ木のようにポッキリと折れた。

 骨が折れたのでは無い、腕が折れたのだ。

 丁度、肘から真っ二つ。

 切断面から血管や骨が飛び出て、血が噴き出す。


「あ、え……? お、俺の腕……え……いだあああああっ!」

「うっさい。黙りなさい」


 桜は続いて不良の右腕を掴む。と同時に肩から腕を引き抜く。

 いとも容易く人体を破壊している。

 しかもこれでも、かなり手加減しているのだ。


「ひ、ひぃ……」

「テメーはちょっとそこで待ってなさい」


 逃げ出そうとしたもう一人の不良に、桜は人差し指を向けた。

 指先から冷気が走る。

 不良生徒の足に直撃し、両ふとももの下から地面にかけて凍り付き、その場から動けなくなった。



 テルミが抱える秘密。その二つ目。

 二つ上の姉である真奥桜は、前世が異世界の大魔王である。

 その大魔王の魔力を、そのまんま受け継いでいるのだ。


 正確には前世では無いらしいのだが、便宜的に今はそう述べておく。



「テルちゃんはあたしの弟であり、あたしの下僕でもあり、あたしのオモチャでもあり」


 桜は更に不良生徒の左足を軽く蹴る。片足が吹き飛び無くなった。

 若干遅れて血しぶき。

 残された胴体は、バランスの崩れただるま落としのように転がり倒れた。


「あたしの旦那でもあり、あたしのママでもあるのよ!」


 滅茶苦茶言っているが、要は「自分の所有物なんで手を出すな」という意味だ。


「……弟であることしか……合ってない……」

「無粋なツッコミはダメよ、莉羅りらちゃん」


 桜の頭の中に、少女の声が響いた。


「でも、ねーちゃん……懲らしめるにしても、ちょっと過激すぎ……」


 莉羅と呼ばれた声だけの少女は、諫めるように言う。


「人類の刑罰史にかんがみても……罪と罰のバランスが、取れていない……理不尽……もし、にーちゃんにバレたら、怒られる……よ? オヤツ抜き」

「テルちゃんには秘密にしといてね、莉羅ちゃん!」


 脳内ボイスの少女にそう言った後、桜は不良少年二人の顔を交互に睨みつけた。


「あんた達とりあえず一回殺すから。自分が死ぬ瞬間の痛みと苦しみと恐怖と後悔を、しっかり体に覚え込ませといてね」

「はひ……こ、殺……え? じょ、冗談だよなセンパイ……?」

「あたしはいつでも本気で突っ走ってる、純情熱血乙女なの」 


 桜は右腕を横に薙ぎ払った。

 バチンとゴムが切れるような軽い音と共に、不良少年の首が飛ぶ。


「あ、ああああああ!?」


 その斬首刑を見て、足が氷漬けになっていた少年は、恐怖で様々な体液を分泌した。黄色い液体と氷が反応し、もうもうと湯気が立つ。

 先程テルミ相手に味わった正体不明の恐怖感とは、まるで質が違う。

 今回のは正真正銘、命の危機から来る恐怖。


「莉羅ちゃん。テルちゃんにナイフ刺そうとしたのはどっち?」

「あっち……まだ生きてて……凍ってる、方……だよ……」


 桜は莉羅の声を聞き、凍ったまま発狂寸前の不良生徒に顔を向けた。


「ふーん。あっちのお漏らしマンね」


 桜は千切った首を持ったまま、氷漬けの少年の元へ歩き出した。


「あああ……た、助け……」

「キミさあ。三体一でもナイフに頼っちゃったり、一人だけすぐに逃げようとしたり」


 そこまで言って、桜はふざけて、口調をお嬢様風に戻した。


「わたくしのように儚げで、か弱き美少女相手におビビり遊ばしたり。無法者気取りのクセに根性ありませんことね。おほほほ」


 そう言って、仲間の生首を少年の眼前に押し付けた。


「あなたも、そうお思いですわよね?」


 桜がそう問うと、とっくに死んでいるはずの生首が急に目を開き、


「ソウダネ!」


 口を動かし、喋った。


「え、ああ……しゃ、喋っ……!?」

「コイツは臆病者で、卑怯者で、何の取り柄も無い、ションベンタレ野郎だヨ!」

「あははは。ですって。言われてますわよキミ……あれ?」


 不良少年は、泡を吹いて気絶していた。


「あっちゃー、やり過ぎたなあ。気絶してるのを殺してもつまんないし……まあいっか」

「ねーちゃん……性格、悪いね……自信過剰だし……同性に嫌われるタイプ……」


 ちなみに生首が目と口を動かしたのは、桜の念動力で操ったからである。

 喋ったのは、単に桜が裏声で喋っただけ。


「ところで莉羅ちゃんの報告では、あたしのテルちゃんに無礼を働いたのは三人いたって話だけど。ここには二人しかいないわよ」

「もう一人は……にーちゃんがお世話して、懐柔……」


 莉羅の一言だけで経緯いきさつを理解した桜は、「あら、そうなの」と頷いた。

 どうせまた弟がオカンぢからを発揮して、不良とも仲良くなってしまったのだろう。


 桜は気を取り直し、哀れな男子生徒二人を見下ろす。


「さあ莉羅ちゃん、こいつら生き返らせるわよ。『真奥姉弟に手を出したら怖い』って恐怖心だけを残したまま、前後の記憶は消しておいてね」

「……恐怖心を植え付けるだけなら、脅したり、殺したり……する必要、無かった……のに」

「必要無いとしても、やりたい事をやるってのが人生には大事なのよ」


 などと言いつつ、桜は腕を組み胸を張った。


「その思考……大魔王の力に……溺れてる、ね……ぶくぶくー……危険な兆候……」


 莉羅は責めるようにそう言ったが、桜はあまり気にしていない様子だ。


「だって暴れたかったんだもんっ。武術家系のサガって奴ね」

「別に……りらも、にーちゃんも……そんなさが持ってない……よ」


 その台詞の途中で、先程までは脳内に届いていた声が、急に直接耳から聞こえるようになった。


 桜が振り向くと、そこには小さな女の子。

 高校の敷地内では異質な、ピンクのランドセルを背負っている。


 手先の器用な兄がカットしたミディアムヘア。

 兄は「美容院に行きなさい」と言うのだが、「にーちゃんが……良い」と頼んでいつも切って貰っている。

 その髪に、姉が更にウェーブを掛けてあげている。これは莉羅が望んだのではなく、姉の遊び心だが。


 そんな、年齢のわりにちょっと大人びた髪型をしている少女こそ、テルミや桜の脳内に聞こえていた姿無き声の主。

 真奥まおく莉羅りら。小学六年生だ。


「じゃあ蘇生お願いね莉羅ちゃん」

「……あいすくりーむ……買う? 三百円の、高いヤツ……」

「分かった分かった、買ってあげるわよ。薬局で買えば二百円ちょっとよ」

「……おっけー……ねーちゃんの魔力、借りるね……」


 蘇生。

 真奥莉羅は、散った命に再び生を吹き込むすべを知っていた。



 テルミが抱える秘密。その三つ目。

 四つ下の妹である真奥莉羅は、前世が亜空間の超魔王である。

 その超魔王的知識を、そのまんま受け継いでいるのだ。

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