姉(←大魔王)、妹(←超魔王)、長男(←オカン)

くまのき

序章 大魔王、超魔王、

0話(前) 『オカンと魔王(オカン編)』

 テルミは、オカンみたいな少年だ。


 真奥まおく輝実てるみ。高校一年生。

 制服の着こなしはピッタリと校則通り。


 特技は家庭料理。掃除も大好き。

 仕事で留守がちな両親に代わり、家事を受け持っている。

 何事にもマメな性格。面倒見も良い。鞄には常に絆創膏と喉飴が入っている。

 とにかく親切……いや、おせっかい。


 誰もなりたがらなかったクラス清掃委員を自主的に引き受けた上に、分担された清掃範囲だけでは飽き足らず『清掃部』なるものまで立ち上げた。

 その名の通り、学校中を綺麗にする倶楽部である。放課後にちまちまと掃除をやっている。

 たまに手伝ってくれる友人達はいるが、部員はテルミたった一人。

 本来なら部員不足で部として認められないのだが、内容があまりにも生真面目なため特別に許可された。


 今もその部活動により、ジャージ姿で校内を徘徊。もとい、掃除して回っている。

 雨上がりでぬかるむ地面。草むしりもやりやすそうだ。

 今日の清掃ローテは校舎裏。人目につかぬ場所こそ綺麗にしておきたい。主婦の鏡である。


 放課後の校舎裏は、人気ひとけが全く無い場所……のはずが、今日は珍しく他の生徒がいた。


 そしてそこで、テルミのオカンぢからを発揮するイベントが起きたのだった。



「先輩達。やめてください」



 テルミは、集まっている男子生徒三人にそう言い放った。


 初対面だが、ブレザーのネクタイで先輩だと分かる。

 テルミは一年生。青のネクタイ。

 それに対し不良生徒三人は緑ネクタイ。二年生の証だ。


 この先輩男子達は、一人の女性生徒を囲んで「俺たちに付き合えよ」と、王道不良行動の真っ最中だった。

 ただ交際を迫るだけならともかく、一人はズボンを脱ごうとまでしている。

 畏れ多くも教育の場である学校敷地内で、一体何を考えているのか。

 女生徒は俯き震えている。


 こんな状況を看過できないオカン。つい「やめてください」と口を出してしまった。

 すると襲われていた女生徒が顔を上げ、


「テルミくん……? た、助けて……!」


 と救助を求めてくる。

 そこで初めて女生徒の顔を確認出来た。偶然にもクラスメイト。

 数える程の会話しか交わした事が無いが、ますます放っておくことは出来ない。


 それにテルミの意図としては、クラスメイトを助けたいという思いだけでは無い。

 もちろん女生徒を助けるのが第一目的ではあるが……


「先輩達の行為は恐喝や暴行にあたります。未成年とは言え逮捕される。当然高校も退学、良くても停学。すると進学や就職が困難となり、難儀な人生を送る事になってしまいます。育ててくれた親御さんの気持ちを思うと……いやそれだけでなく、先輩達自身の今後をしっかりと考えて下さい」


 睨みつけられても全く臆する事無く、淡々と諭すような口調で言う。


 これは不良生徒を馬鹿にして皮肉を言っているわけでは無い。

 心底、先輩達の心配をしているのだ。

 出来れば改心して欲しい、という考え。

 まるで聖母のような心持ち。


「な、何言ってんだ、この一年は?」


 二年生達も、突然の論理立てられた説教に面食らった。

 しかしその内一人が我に返り、お得意の喧嘩モードに突入。

 拳をグーにして振り上げ、「オオラァッ!」と叫び、テルミの顔面めがけて大振りの一撃を放ったが、


「きちんと話を聞きなさい」


 テルミは拳を難なく避けて、カウンターで平手打ちビンタを一発お見舞いした。

 バチンという音と共に、不良生徒が「痛てえ!」と短く叫ぶ。

 先程「聖母のような心持ち」と述べたが、ビンタが飛び出す辺り、やはり聖母よりもオカンである。



 テルミには三つの秘密がある。

 その一つ目。

 武術家系であるため、華奢きゃしゃな見た目に反してゴリゴリの武闘派である事。

 別にテルミとしては隠す必要は無いのだが、同じ高校に通う二つ上の姉に、


「あたしの絢爛華麗けんらんかれいなイメージに反するー! 言いふらしたら背骨折って貞操も奪うからね!」


 と釘を刺されているのだ。

 姉の方が強いので逆らえない。そもそも言いふらすつもりも無い。

 ただしテルミも姉も、様々な武道大会で優秀な成績を残しているため、同世代で剣道や柔道等を学んでいる者達には有名なのだが。

 それでも一応、テルミ自身の口からは言わないように心掛けている。


 という事で武術少年であるテルミは、運動不足の不良相手に負ける事は無いのだった。



 しかし不良も意地があるので、ビンタくらいでは食い下がらない。


「てめえコラガキ何すんだ」


 と懲りずに立ち向かって来る。

 なので再度ビンタをかます。ばちんと良い音。


「痛てえっ!」

「まだ話は終わっていません」

「なんなんだよテメエは!」


 残り二人の不良も掛かってきた。

 一人は体を掴もうとタックル。しかしテルミは左手で相手の額を押さえ、突進を無理矢理制止した。そして右手でビンタ。

 もう一人……先程女生徒の前でパンツを降ろし恥部を見せつけようとしていた生徒は、地面の石を拾い投げつけた。

 これもテルミはヒョイと避け、投げた先輩に向かってつかつかと近づき、


「危ないじゃないですか。目に当たったら大変です。軽薄な行動は慎んでください」


 と言って、やっぱりビンタ。

 更におまけでもう一度ビンタ。


 不良達は攻撃が当たらない事、執拗にビンタされ続ける事、そして、


「落ち着いて話を聞いてください先輩。僕はただ『悪い事はやめましょう』と言いたいだけです。飴あげますので」


 一学年下の後輩に説教され続ける事に、恐怖を感じ始めた。


「ふ、ふざけんなよ。お前はカーチャンかっつうの!」


 そう。カーチャンなのだ。


 しかし不良として、後輩男子に説教されるのはやはり面白くない。

 先程投石した先輩が、あろう事か、ポケットに隠し持っていた小さな折り畳みナイフを取り出した。

 刃先は人差し指程度。手入れもしていないので指の油まみれ。脅し用のアイテムと言った所。

 しかしテルミはそれを見て、



 眉をひそめてしまった。



「あ。しまった」


 テルミは小さく呟いた。

 しまった、とはこの状況を後悔したという訳では無い。

 ナイフを見て、一瞬だが身の危険を感じてしまった事。


 どうしてそんな事が「しまった」になるのか。

 それはテルミの秘密その三に起因するのだが、順序が悪いので理由説明は保留。

 ともかく結果だけを言うと、テルミがナイフを見た直後、何故か唐突に先輩達が怯え始めてしまったのだ。


「……な、なんだ……えう……ひぃ……」


 手足がガクガク震え、腰も引けている。

 一人は崩れ落ち、地面に尻もちを付いてしまった。

 まるでひぐまやライオンと対峙したかのような目で、テルミを見て恐怖している。

 特にナイフを取り出した先輩は、みっともなく「うわああ」と叫んで、一人だけ逃げ出してしまった。


「?」


 それを見ていた女生徒の頭には、ただただ疑問符が浮かぶばかり。

 当然だ。テルミは怖がらせるような事など何もやっていない。

 睨み一つしなかったのだから。

 傍からは、不良三人組が突然勝手に発狂しただけに見える。


莉羅りら。やめなさい」


 とテルミが言った。

 その小さな呟きは、残った不良生徒にも女生徒にも聞こえなかったのだが、


「……わかった……にーちゃん……」


 テルミの頭の中に少女の声が響いた。

 次の瞬間、不良二人の震えが止まる。

 一人は体が自由になったと分かるやいなや、


「お、覚えてろよお!」


 とありふれた捨て台詞を吐きつつ、慌てて逃走。

 もう一人は、地べたに尻もちを付いたままだ。どうやら腰が抜けて立ち上がれないらしい。


「大丈夫ですか」


 テルミは先輩を起こそうと手を差し伸べた。

 しかし不良先輩は、謎の恐怖感が抜けきっていなかった。

 テルミの手を攻撃と勘違いしてしまい、


「あ……ああ……」


 地面に尻を引きずらせながら後ずさりした。

 そして手が滑り転び、ぬかるんだ地面に転がる。

 全身に泥がつく。目には涙が浮かんでいた。


 絡まれていた女生徒は、呆れて小馬鹿にした目で不良生徒を見る。

 先程まで調子に乗っていた不良の無様な恰好。

 ざまあねえなと思ってしまうのが人情だ。


 しかしテルミの心は、そんな人情とは遠い所にあった。

 むしろ醜態を見る程に、「お世話したい」という欲求がむくむくと膨れ上がり……


「顔、汚れてますよ」


 そう言って自分のハンカチを取り出し、先輩の頬を拭いてあげた。


「……え?」


 虚を突かれて唖然となる不良生徒。


 テルミは汚くなったハンカチを畳むと、次にジャージを脱いだ。

 急に露出に目覚めてパンツを見せたわけでは無い。

 清掃活動後にすぐ帰宅するため、制服の上に直接ジャージを履いていたのだ。


「服も泥だらけです。これをどうぞ」


 脱いだジャージを先輩に手渡す。

 先輩は気まずい顔をしながら後ろを向き、ジャージに着替えた。


「サイズが合うか心配ですが」

「お、おう……」

「良かった。ちょっと小さいけど、ちゃんと着れましたね」


 テルミはニッコリ微笑んだ。

 怖がらせた後に優しくするジゴロなテクニック。

 狙ったわけでは無いのだが、結果的にはそうなってしまった。


 不良先輩は、どこか女性的なテルミの笑顔を見て、何故だかキュンと赤面する。

 ついでに女生徒も赤面する。



 とかく、真奥輝実は母性に溢れていた。




 ◇




 一方、校舎裏から逃げ出した不良生徒二人は、これまた人気ひとけの無い体育館裏で落ち合った。

 テメー先に逃げやがって等と小突き合ったり、逃げ遅れたもう一人を一応心配したりした後に、


「にしてもー、あの一年ムカツクなあ。正義のヒーローかっての」

「テルミとか呼ばれてたけどよ」

「どこのクラスか突き止めてさ、数集めてボコんべ?」


 喉元過ぎればなんとやら。

 さっきはまるで敵わなかった事を早くも忘れ、復讐計画で盛り上がっていた。

 とりあえずファミレスにでも行って、不良仲間を呼び出そう。

 と言う事で一旦下校。


 などと話が纏まった所で、


「お待ちになって」


 と、ヤンキー談義にそぐわない、涼しい声が割り込んで来た。

 不良二人が振り向くと、そこには一人の女生徒。


 黒く長い、絹のように滑らかな髪が風になびいている。

 先程の説教男子と同じくピッタリ校則通りに制服を着ているだけなのだが、何故だか流行最先端の着こなしに見える。

 厚地のブレザーを着ていても分かる豊満な胸。すらりと細いウエスト。

 その上に掛かっている赤いスカーフ。赤は三年生の学年色だ。


「……真奥まおくさくら……?」


 不良二人が驚く顔を見て、真奥桜と呼ばれた女生徒は口元に笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る