第35話  最後の妙案

あれから世界はどうにか平和を取り戻し、混乱も落ち着きを見せ始めた。

カバヤの住民も王都を後にし、馬車に揺られつつ元の暮らしへと戻ろうとする。

街そのものは壊滅的な打撃を受けてしまったが、恐らく問題ない。

きっと創造主とその家来たちが、昼飯の時間を投げ捨ててでも対処してくれる事だろう。


そうして静けさを取り戻した始まりの平原。

普段はテーブルに主要メンバーが集まるが、今は誰一人として座ってはいない。

その代わり、これまでに見たこともない行列が出来ていた。



「ごめんなさい!」


ーーコツン。


「すいませんでした!」


ーーコツン。


行列の趣旨は謝罪。

並ぶ者たちは皆、頭を地面と水平になるまで下げた。

その頭めがけ、軽く拳骨が落とされる。

ただそれだけをする人で長蛇の列が出来上がっていたのだ。



「ごめんなさい、マリウスさん!」


「あのですね。みなさん。そろそろ止めにしませんか?」



これが後に言う『マリウスごめん行列』である。

参加者は心の底から謝意を示し、拳を頂戴する。

ただそれだけの事である。



「お願いひっぱたいて、力一杯殴って良いから!」


「えぇ……?」


「リリアだけじゃなく、メリィにもドぎついのを!」


「あぅあぅ……」


ーーコツ、コツン。


創造主の剣によって斬られたマリウスはほとんどの情報を初期化されていた。

つまり、座標位置も初期値となり、王都の謁見の間に戻されたのだ。

主要メンバーは誰もおらず一人ぼっち。

仕方なしに始まりの平原へとやってきたところ、意気消沈したリーディスたちと出くわしたのだ。


その時の周りの喜び様はお祭り騒ぎであった。

大勢の手が彼をもみくちゃにし、涙も河が出来そうなほどに流された。

そして話はそこで終わらない。

全員がマリウスに「殴れ殴れ」と詰め掛けたのだから大変だ。

事態に収拾をつけるため、このような行列が生み出されたという訳だ。


皆の胸には少なからず自責の念がある。

マリウスに頼りきってしまったこと、彼の優しさに甘えて負担をかけ続けたことを。

それらがあの『バグ化』の遠因になっていたらと思うと、謝らずにはいられないのである。



「ところでミーナさん。そろそろ離れませんか?」


「だってぇ、マリウズざまがぁぁーマリウズざまがぁぁーー!」



ミーナはというと、マリウスの姿を見つけるなり、戦闘機から射出されたミサイルの如くマリウスへと飛翔した。

勢いそのままに彼の腰に抱きつき、延々と泣き続けた。

涙と鼻水によってマリウスの服が散々に汚れるが、この時のミーナには細部にまで気が回らない。



「ええと、ともかく落ち着きませんか?」


「暗いって言うからぁぁー、寒いって言うからァァーー!」


「うーん。騒動について覚えてないんですけど、きっとそういう意味で言ったんじゃないと思いますよ」



そうしている間にも『客』は回されていく。

必死の謝罪。

返される小さな罰。

着実にこなされる事で列は短くなる。

そして……。



「ふぅ。やっと最後の人ですか。長かったなぁ」


「おうお疲れ。アタシで終わりだよ。さぁ殴んな」


「これは罰ゲームですか? それとも手の込んだ粛清なんですかね」



エルイーザと向き合ったマリウスが顔をしかめる。

世界最大の暴力装置が、彼女自身を殴れと言うのだ。

例えば猛獣の檻に手を突っ込む、地雷原で運動会、寝起きのヒグマの膝抱っこ。

それらよりも遥かに危険で、無謀で、それでいて無価値なのが『エルイーザを殴る事』であった。



「あんだよ。アタシだってちっとは責任感じてんだ。落とし前つけなきゃ気が済まねぇ」


「嫌ですよ。貴方を殴るなんて阿呆しかやりません。そもそも僕は殴りたいなんて一言も言ってませんし」


「そうかそうか。男ならブチ込んでスッキリする方が良いってな。任せろ。いくらでも、何発でも相手してやる。好きなだけアタシの中に……」



男気溢れる動作でエルイーザが服を脱ぎかけるが、ミサイルキックによって遮られる。

誰の手による妨害か、言うまでもあるまい。



「危ねぇなチクビ頭。邪魔すんな潰すぞ」


「やってみろですよ。マリウス様に毒牙をかける人は私が……」


「おぅ、どうするつもりなんだ? アァ?」


「ブッ殺してやります!」


「やってみろやクソガキがぁ!」


「うっせぇです、死にやがれ色ボケ女ですよ!」



場面は急変、湿っぽい空気が突然戦場のものへと切り替わった。

エルイーザの暴虐な豪腕と、ミーナの鋭敏な殺意が交錯する。

これは青年マリウスの奪い合いとも言えるが『景品』である本人は苦笑いを浮かべるしかなかった。


そんな彼の肩を叩く男が一人。



「どうよマリウス。ミーナは本当に成長したよな。エルイーザとタメ張ってるぞ」


「リーディスさん。これは成長ではありません。毒されたと言うんですよ」



二人が同じような苦笑いを交換しあった。

ちなみにエルイーザ・ミーナ大戦は引き分けに終わった。

互いの拳がほぼ同時に相手の頬に突き刺さり、どちらも気絶したからだ。


しばらくして。

ようやく一連の騒ぎが落ち着いて、腰を落ち着ける事が出来た。

テーブルには人数分のアッサムティ。

もちろんゲーム内に『アッサム』という地名や人名はないが、指摘するだけ野暮である。

美味しければそれで良いのだ。



「ところでマリウス。あの時の事は覚えてんのか?」


「いいえ、ほとんど忘れてますよ。どうかしましたか?」


「いやさ、バグ化するってどんな気分なのかなって、少し気になったんだ。勿論話したくなきゃ聞かねぇが」


「うーん。申し訳ないですけど、本当に記憶が無いんですよ。邪神城を壊した辺りまでは何とか……」



マリウスが申し訳なさそうにうつ向いた。

それは記憶もそうだが、破壊についてもだ。

邪神の居城は彼の言う通り、完全な廃墟と化していた。

少し気まずくなって一同が紅茶に手を伸ばす。

そこへ、エルイーザが口を挟んだ。



「つうかさ、こんなノンビリ話してていいのかよ?」


「何がだよ。復興についてか? それなら創造主とやらが……」


「違ぇって。ユーザーが戻ってきたらどうすんのって。まだクリアしてねぇだろ」


「あっ!」


「ラスダン無くなっちまったよな」


「あぁっ!」


「リーディス。テメェの勇者装備は一個も残ってねぇな」


「ああぁっ!」



誰もがマリウスの初期化で安心しきっていたし、当初の目標をスッカリ忘れていたのだ。

二週目の物語はまだ終わってはいない。

つまりはクソゲーという汚名を返上できていない。

最後の邪神戦をクリアし、エンディングまでたどり着いて、ようやく区切りがつくのだ。



「どうしよう、ほんとどうしよう!」


「マジで続行しなきゃダメか? 取り返しつかない状況なんだが!?」


「勇者装備、ミーナさんの武器が消滅。なぜか邪神城も壊滅。流石にこれは取り繕いようが無いと思いますよ」



ユーザーが最後に見た場面は、邪神城突入直後である。

そこで大停電を迎えたため、今までゲームは起動されずに済んだ。

だがいずれは再開されるだろう。

最終画面と現状が余りにもかけ離れており、状況再現は不可。

邪神城も勇者装備もデータそのものが消滅したので、リーディスたちには打つ手が無いのだ。



「でもさぁ、結構長いこと起動してないじゃない。もしかすると、ユーザーさんにバレる前に創造主様が間に合ってさ、全部解決ーって事に……」


「あぁ、このタイミングで……」


「どうしましょう。本当に大ピンチですよ」



再起動が始まった。

もう対処どころか、話し合う時間すら許されない。

こうなれば開き直って荒野を見せるしかない……そう思われたのだが。



「皆さん聞いてください、私に妙案がありますよ!」



ミーナが叫んだ。

そして手短に説明される。



「おい、本当にそれでいくのか?」


「折角の意見ですが、それはあんまりかと……」


「良いんです。これが一番まとまってますから、オチてますから!」



リーディスとマリウスは難色を示すが、もはや議論を重ねる贅沢など許されていない。

全員が指定された位置に戻りつつ、そして半ば自棄(やけ)を起こしながらユーザーの操作を待つばかりとなった。

                    

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