第36話(終) いつでも傍に

場面は邪神城上空。

神龍の背に乗ってのゲーム再開となった。

プレイ中断時点より少しだけ遡った形である。


遠い空で濃紫の結界が行く手を阻む。

これは急ごしらえのものであり、邪神とピュリオスに用意させたのだが、あくまで外見だけのハリボテだ。

その内側に邪神城などなく、広がるのは何の変哲も無い原っぱである。



「よし、ルイーズ。頼むぞ」


「ええ、任せてちょうだいー」



本来ならメンバーに居ないはずのルイーズも連れていた。

神龍を最も巧みに操れるのが彼女であるからだ。

リーディスの言葉の後に、ルイーズは祈る仕草をした。

途端に神龍がけたたましく叫び、大地が、空が怯えたように震える。



「ギャォオオンッ!」



まさしく世界を揺るがすような咆哮(ほうこう)。

そして吐き出された強烈な高圧ブレス。

本来なら結界を打ち破るだけのものであるが、今回は更なる威力を発揮し、息が先の地面にまで届いた。



「おっと、さすがは神龍の息。結界なんかものともしねぇな!」


「こ、これは。もしや、邪神城も壊せたんじゃないですかねー?」


「おいおい。バカを言うなって。いくら神龍でも……おんやぁーー?」


「凄いです、見てください! 跡形もないですよ」


「マジかよ。やるじゃねぇかルイーズ」


「ウフフ。この子も出番だとあって張り切ったみたいね」



結界の霧が晴れると、ありふれた原野が視界に広がった。

『破壊したとしても、ガレキくらい残る』といったツッコミは最早無粋。

神龍の息とは何かこう、凄いんである。

雑なご都合主義が修正されることもなく、物語は加速して進んでいく。


龍が地面に降り立つと数人の魔族が出迎えた。

だが、その様子は普段とは大きく異なる。

膝をついて両手を上げ、まるで許しを乞うかのような居ずまいであったのだ。



「わぁー、降参します。私たちはもう戦えませーん!」


「みなさん、どうか許してくださぁーい。アタクシたちはもう戦えまっせぇーん!」


「お前ら、もう悪さはしないか?」


「しませーん。もう迷惑はかけませーん!」


「だってよ、王さま。どうする?」


「うむ……そうじゃのう」



実はルイーズだけでなく、王様までメンバーに加えていたのだ。

将棋で言えば、王将による突入作戦と言っていい無謀な策であるが、これもミーナの立案によるものである。



「よかろう。許す!」


「ありがとうございます! 手下の魔物たちにも伝えますー!」



和平は成った。

これで争う理由は無くなったのだ。

固く握手を交わす王様と邪神。

その姿はまさに平和の象徴だった。


それから、ミーナはカメラ目線になる。

そして曇りひとつ無い、慈愛の象徴のような微笑みを浮かべる。



「これでみんな仲良し。だから、めでたしめでたし。ですよね?」



ニコリ。

あらゆる花よりも美しい、一輪の華が咲く。

ミーナは自分の武器を良く心得ている。

きっとこの笑顔を見たユーザーも『まぁいいか』と思ったことだろう。


画面を少女の微笑みで占めている間、その後ろはだいぶ賑やかになった。

これまでゲームに出演したメンバーが勢揃いしたためだ。


握手を交わす邪神と国王。

その左にはピュリオス、右にソーヤとソガキス。

空で微笑むエルイーザ。

その手前には顔だけ出した神龍。

龍の首に座るルイーズ、リリア、メリィ。

そして最前列にミーナ、リーディス、マリウスと並ぶ。


まるで集合写真だ。

それから画面は一枚絵に切り替わり、セピア色に染まり、画面の下には一文が表示される。


【thank you for playing! ぜひレビューをお願いします!】


そして、エンドロールへと移行する。

意図せずクソゲーと呼ばれ、四苦八苦しながらの汚名返上劇は、これにて終わりを告げたのである。



ーーーーーーーー

ーーーー



「お疲れ様ッしたぁーーッ!」


「お疲れ様でーーすッ!」



無事にエンドロールを終えたあと、全員が始まりの平原へと集まった。

だが今回は宴を始めるといった有頂天な様子はない。

テーブルに着き、祈るようにして両手を組み、じっと結果を待つ。

そのようにして待つことしばし。

ルイーズたち三聖女が息を切らしつつ現れた。



「みなさん、お待たせしましたぁー」


「お疲れ。どうだった?」


「バッチリよ。評価にコメントに全部調べてきたわ」


「前回はこれ、全部マリウスさんに任せてたんですね……。今はホントあり得ないと思います」



集計作業に臨んだ彼女たちだったが、あまりの煩雑さに疲れを見せていた。

それでも三等分の仕事である。

前回のマリウスは一人で全てを任され、宴の裏で黙々と対応してくれたのだ。



「ほんとごめんなさい。自分でやってみて、その苦労が嫌と言うほど分かったの」


「ルイーズさん。過ぎた事は結構ですから、結果を教えてもらえますか?」



あわや『マリウス行列』の第二弾が起こりかけたが、それを先んじて制した。



「わかりました。では、まず評価点から」


「2週目部分を考慮してリリース初期の分は除外、新しめのデータを集計したわ」


「それで、その平均点は……」



ゴクリ。

方々で喉が鳴る。

今回の大騒動はユーザーたちにどのような印象を与えたのか。

まさに緊張の一瞬である。

リリアの口が静かに、どこか勿体振るように開く。



「平均点4.8! ほぼ最高よ!」


「ぃよっしゃぁあーーッ!」


「ほとんど星5つ! たまに4.5があったけど、それでも凄い事なのです!」



全体を通しての平均は3.2と今一つだが、それは一周目で大荒れした点まで含んでの事だ。

彼らのアイディアや頑張りが、最高点の嵐をもってして応えられたと言える。



「次にコメントです。2週目ヤバイ、シナリオ訳分からんがクソ笑える、本当に面白い制作者スゲェなど」


「良かったぁ。一時は本当にどうなる事かと……!」



重ねて言うが、このゲームは他の製品とは連動していない。

なので2週目が仕様通りのケース、より複雑怪奇なケース、破天荒に破綻したシナリオであるケースなど、繰り広げた物語はそれぞれ違っているのだ。



「他にも攻略サイトで動きがありまして、凄い話題になってますよ」


「へぇ、どんな風に?」


「2週目の話がユーザー同士で噛み合わないんです。だからマルチシナリオ説、フリーシナリオ説、そもそもユーザー全員が嘘をついている説など、都市伝説みたいな扱いなんですよ」


「そうだろうな。あの物語は唯一無二。オレたちだけで作った話だからな」


「それで検討されてるのが、3週目4週目もやってみりゃ良いと……」


「えっ……」



全員が言葉を飲んだ。

またアレをやれと。

2週目の焼き増しで許されるのか、あるいは全く違うストーリィを生み出さなくてはならないのか。

高評価を維持し続けるにはどうすればいいか。

皆が戦慄する中で、妙に元気な連中もいた。



「よっしゃ。じゃあアタシが一肌脱ごうか。半裸の男どもを下僕に大陸を練り歩く、エルイーザ様のイケメン道中記だ!」


「待ってください。今度は学園ものにしましょうよ。恋と友情が涙を誘う青春ものに! マリウス様を主人公に、そしてワタ、ワタシがヒロインに!」


「ミステリィなんかどうかしら? 閉鎖された島で殺人事件が起きて、伝説の碑文に寄せたトリックが。それを名探偵ルイーズがサクッと解決するっていう……」


「みなさん落ち着いてください! これファンタジー! 全年齢対象のファンタジーRPGですから!」



途端にまとまりを無くし、自分勝手に盛り上がり始めるメンバーたち。

やれ正装はブーメランパンツだの、やれ幼馴染みとの三角関係だの、犯人は邪神だのと全速力で方向性がばらけていく。

そして見計らったかのように、ゲームが再起動されてしまう。

3週目の開始である。



「ちょっと、また始まっちゃったんだけど!?」


「もうですか? 少しは考える時間を……」


「よしよし、野郎共は全部脱げ。アタシとネットリ濃厚な旅すんぞ」


「ダメですって! 早いところブレザーを用意して……」


「死体役はどうしましょう? まずは水死体をお願いしたいかしらねぇ」


「みなさん! ともかく初期位置についてください!」



渋るメンバーを眺めていると、マリウスは微かな頭痛を覚えた。

3週目も苦労しそうであると。

きっと前回と大差ない事になりそうだと。


さて、それからの物語はどのようになったのか。

それはこの段階では知ることが出来ないが、心配は要らないだろう。

一つの大きな目標を達成した彼らは、固く強い絆で結ばれているのだ。


困難なこと、辛く苦しいこと、想定外のトラブルが起きることもある。

それでも大丈夫。

誰かが窮地に追い込まれても、頼れる仲間たちが傍に大勢居るのだから。



ー完ー



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