第33話  男はゴチャゴチャ言わずに物理攻撃

かつてはマリウスだった者が、カバヤの上空に現れた。

その身は相変わらずおぞましい。

創造主の遺した突風だが、直撃したにも関わらず擦り傷ひとつ付ける事さえ出来なかった。

作戦にダメージ分は計算していない。

だが、皆は小さく落胆してしまう。



「ククク。逃げなかったかァァ。偉いぞォォ」



彼の嘲笑は酷くカンに障る。

まるで身体を締め上げる蛇のような、粘性を帯びているかのような響きがある。


それからゆっくりと突き出される右手。

そこに禍々しい色味をした、黒い光が集約されていく。

そして、存分に力が充ちた頃、それを打ち出そうとしたのだが……。



「神龍よ、今です!」


「クェェッ!」


「なんだとォォ!?」



上空の雲の隙間から、ルイーズを乗せた神龍が突撃した。

巨大な龍が繰り出す蹴りがマリウスの腹を打つ。


合成獣の強靭な体とは言えど、完全なる不意打ちだ。

まともな防御反応も事なく、真っ逆さまに墜落し、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。



「クェェェ!」



さらに神龍は追撃をした。

落下地点に龍の高圧ブレスが吹きつけられる。

輝く粒子の散りばめられた、邪神の結界すら破壊する威力だ。

マリウスの体を守るように張り巡らされた、黒い炎にも効果が期待されたが。



「フフ、フフフ。効かないなァァ」



見えない壁に阻まれるようにして、ブレスは防がれてしまう。

ここからはマリウスの反撃だ。

両手を組み合わせ、蛇の口のように象(かたど)り、神龍の方へと向けられた。

掌中に一際黒い光が宿り、放たれた。


押し返すようにして、神龍のブレスを吐き掛けるが、マリウスの方が遥かに上手だった。

みるみる黒い光線に飲まれていく。

これ以上の継戦は危険と判断され、その攻撃を避けると、ルイーズは距離を取るように命じた。

神龍が後方へと下がっていく。

その逃げ帰るような姿は、地上部隊も驚きを隠せない。



「チクショウ。龍の攻撃すら屁でもねぇってのか」


「蹴ってもブレスでもダメって……マリウスさん、本当のバケモノじゃない」


「者共、怯んだら負けだ。カバヤの意地にかけて、散々に矢を射かけよ!」


「メリィ、アタシらもやるわよ!」


「あぁ、神様。どうか私の命だけでも助けてください……」



カバヤ弓兵による一斉射撃、そして魔法による氷の槍がマリウスを襲う。

先ほどの攻防戦と違って体の側面目掛けての攻撃だ。

無敵に相当する防御力も、正面よりは薄いと思われたのだが。



「ウガァァッ!」



大型獣のような足が地面を穿(うが)つ。

それによりマリウスの体全体が濃い炎に包まれ、矢も槍も防いでしまった。

二本の氷槍は蒸発し、数多の矢は目前で勢いを失い、地に落ちて燃えた。



「ムムッ。何という防御法。死角なしか……」


「どうしようエルイーザさん! 全然効いてないよぉ!」


「黙ってろボケ! 今は探りの真っ最中だぞオゥ」


「探りってなによぅ……」


「矢は消えてねぇ。燃えただけだ。攻撃の光線と、体を覆ってる炎は、色は同じでも役割は全然違ぇようだな……」


「あぁーーッ! マリウスさんが! マリウスさんがぁッ!」


「黙ってろってのが……」



マリウスはその間に両手を天に掲げ、力を込め出した。

ゾクリと寒気を覚え、エルイーザは空を見上げる。

そこで見たものは、空一面の黒い光。

数えきれない程の光球が生み出され、宇宙にただずむ惑星のごとく浮かび上がっていたのだ。



「なんだよ。あの数はヤベェ……」


「フフ、フフフ。消えろォォ!」


「テメェら逃げろ! 屋根のある方へ急げッ!」



エルイーザが叫ぶと、リーディスたちは蜘蛛の子を散らすように退避した。

ルイーズも神龍を動かし、更なる上空へと向かう。


すぐに空から光球が落とされた。

それは不可算のおびただしい数で、さながら流星群のようである。

カバヤが一瞬のうちに蹂躙された。

建物の壁、屋根に街路樹や石畳など、あらゆる物質が忽然と姿を消したのだ。


後に残されたのは、ツギハギのように残る、不格好な人工物だけである。



「フゥ、フゥ。どうにか助かった……のかな」



とある家の壁に隠れつつ、リリアが呟いた。

自身の身体中を確認するが、おかしな様子は無い。

手足に頭、服装や小物に至るまで、何一つ消失はしなかった。

そこでようやく安堵の息が漏れる。



「はぁーー。死ぬかと思った」


「オウ賑やかし。無事だったか」


「エルイーザさんも無事だった……って! どうしたのその格好!?」



エルイーザの姿は産まれたてそのものだった。

一矢纏わぬ完璧な全裸である。

胸も尻も完全にフルオープン。

それを一切恥じらわないあたりが、とても彼女らしい。


あられもない姿であるが、この場には女性しかいない。

もし仮に別の視点があったとしても、雑草の葉やら家具の一部やらで、絶妙に彼女の秘部か隠される事だろう。



「あの攻撃は、身につけてた布で防いでやったんだよ。あれは何でも消しちまうが、その代わり一つの光線に対して、一つのアイテムしか消せねぇんだ」


「うん、それは分かったからさ、何か服を着たら?」


「それから、ヤツの体を覆ってる炎は別性能だ。かなりの火力だが、光線ほど凶悪じゃねぇな。全削除(オールデリート)の機能を持ってねぇし」


「ねぇってば」



エルイーザは独り言にも似た考察を述べつつ、壁の隙間から通りを窺った。

視線の先にはマリウスが立っていた。

大通りのど真ん中である。

狭い視野から見るに、他には誰もいない。

仲間者たちは皆、逃げおおせたのか。

或いは……。


脂汗が額に滲(にじ)む。

安否が気がかりだが、目の前の脅威と向き合う事が最優先だ。

隠れていることを察知される前に、作戦の練り直しを迫られるが。



「マリウス。万能の力を手に入れてよ、どんな気分よ?」



酷くお気楽な声に、エルイーザは耳を疑った。

彼は作戦の要。

自軍にとって唯一にして最大の武器。

不意討ちを狙って隠れさせたはずの、あの男。


それは勇者だった。

リーディスは剣を片手に持ち、マリウスの前に姿を現したのだ。

これにはエルイーザもあきれ果ててしまった。



「あんのバカ。テメェの役割解ってんのか!?」


「シーッ! 静かにしないと気づかれちゃうよ!」



リーディスは散策中のような気軽さであった。

抜き身の剣が無ければ、戦闘中とは思えないほどに。


マリウスは呼び掛けに答えない。

言葉を返す代わりに手のひらを向けただけだ。

致命の黒い光。

リーディスへ向けて一直線に発射されたのだが。



「オラァァア!」



剣が合わせられる。

すると刀身が煌めき、攻撃を見事に防いだ。

水が壁にぶつかるようにして、黒い光が周囲に飛び散るが、刀身を介することで全消去の効力は失われていた。

押し合い、膠着。

しばらくすると、マリウスは攻撃の手を緩め、中断した。



「さすがは神様の武器だな。ヘップションなんちゃらの剣とは段違いだぞ」


「リーディス……リーディスゥゥ!!」



唯一人間味を残していた顔の部分が、大きく歪む。

そして憤怒の表情から、また更に醜く変貌していく。

金色の体毛が顔を覆い、犬歯は鋭く伸び、両目は吊り上って眼の形を大きく変えた。



「お前はァァ、お前は簡単に殺さないィィ!」


「おう、やっとオレの名前を呼んだな。初めてだろ」


「殺す、殺す、殺してやるゥゥ!!」


「一応幼馴染って間柄なんだが、結構嫌われてみてぇだな。へこむよなぁ」


「あぁぁアアァァアアア!」


「無理もねえ……のか? 散々嫌な想いさせたみたいだからな。あとできっちり謝るわ」


「死ねェェッ!」


「お前を正気に戻した後でな!」



マリウスが巨大な鎌を宙に呼び出した。

その柄を両手に持ち、リーディスに向かって駆けていく。

魔法職であった過去などもはや意味を成さない。

極限にまで強化された身体能力を駆使し、眼前の敵を屈服しようと目論んだ。


迎え撃つ勇者も剣を両手で握る。

ギュムっと鳴る音が、リーディスを励ますように響く。

そして、一呼吸おいてから駆け始めた。


ぶつかる刃。

飛び散る火花。

互いの意地が、想いが、真正面から衝突した。

体ははせ違い、再び助走を付けて斬りつけ合う。


押し合いは互角。

強烈な一撃が交わる度に、その余波は暴風を巻き起こし、辺り一帯に吹き付けた。

街路樹は不自然なまでに傾き、屋根の無い家壁がボロボロと崩れていく。


決着は容易にはつかなかった。

技量、力、気迫が伯仲しているからだ。

一時すら気を抜くことの出来ない真剣勝負は、こうして幕を開けたのだった。


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