第32話  唯一の武器

リーディスはしばらくの間、目の前の光景を受け入れられなかった。

空から突如降ってきた剣。

そして、突然吹き飛ばされていったマリウス。


何の説明も無いままに起きたのだから、理解できる方がおかしい。

リーディスが特別察しが悪いのではなく、みなが呆然自失となり、目を大きく剥くばかりである。

そんな中でも、やはり最初に動き出したのはエルイーザだ。


地面に突き刺さっている剣に手が伸びる。

鏡のように美しい刀身。

無駄な装飾のない真っ白な柄。

存在意義の全てを刃に注いだような印象を受ける代物だ。


エルイーザは剣を引き抜き、柄に埋め込まれていた小さな紙を手に取る。

どこか和らいだ様な目線を滑らせ、微笑む。

そして、その紙を胸元にしまいつつ、彼女は高らかに叫んだ。



「オヤジがやってくれたぞ! これでバグもイチコロだ!」


「おいマジかよ!」


「本当に? 私たち助かるの!?」



堰(せき)を切ったかのように歓声が巻き起こる。

だが、その迂闊さをエルイーザは怒鳴りつけた。

浮かれるには余りにも気が早すぎるからだ。



「このビチ糞どもが。喜ぶのが早すぎんだろ。まだケンカは終わってねぇんだよ!」


「でも、でもでも、解決できそうなんですよね? マリウス様が元に戻るんですよね?」


「まぁな。コイツを野郎のケツにぶっ刺してやりゃあ元通りだ。レベルやら肩書きやらも一緒にな」



その剣に宿る力とは。データの初期化である。

対象物に触れなければ効果を発揮しないが、それが唯一無二の対抗策だ。



「初期化……ですか」


「そう。振り出しに戻るってやつだ」


「それはもしかして、記憶もか?」


「知らねぇよ。記憶はどこに保存されてるか分かっていない、理屈すら謎っつうモンだ。保証だってしようがねぇ」



それ聞いて、全員がミーナを見る。

彼女は強い眼差しのまま、小さく頷いた。



「大丈夫です。あの姿のままで居られるくらいなら、記憶を無くされた方が良いです」


「全部忘れちまうかもしれないぞ? もしかすると2週目以前の記憶までも」


「構いません。思い出は、生きてさえいれば何度でも作れますから」



それを聞いたエルイーザは、勢い良く剣を地面に突き刺した。



「よし。じゃあ聞くけどよ、誰がやるんだ?」


「誰がって?」


「頭沸いてんのかボケ。誰がこの剣を使うんだって話だよ」


「それをかざせば、ビャーッてなってドカーンてならないの?」


「何言ってんだ賑やかし女。直接ブッ叩くしかねぇの。失敗したら反撃されて死ぬ役を今決めてんの。オッケー?」


「それって、危ない役目よね?」


「安全かもしれねぇな。あの野郎が置物のようにジッとして、一切の反撃をせずに斬られてくれたらな」



エルイーザの言葉に、周りのムードは一気にトーンダウンする。

助かる見込みがあるのなら、極力生き長らえたいと思うのが人情だ。

特に戦闘向きでない人格のものは尚更だった。



「早く決めろ、ヤツが戻って来るぞ」


「リリア。ヒーローになるチャンスです。逃す手はありませんよ」


「なんでアタシよ。剣なんか使ったこともないってば。アンタこそどうなのよ!」


「私は無理です。フォークより重いものは持てないんで」


「ちなみに、この剣は誰にでも装備できるからな。華奢な嬢ちゃんでも使えるぞ」



使用者制限を設けなかったのは創造主の計らいだが、それはありがた迷惑でもあった。

装備不可を理由に断ることができないからだ。

モゾモゾと何名かが後退するなか、一人だけ前に出た。

世界の大事を任せるには、余りにも小さな体が。



「私がやります」



ミーナが剣を取ろうとするが……。

彼女の細腕が、その背後から伸ばされた手に掴まれた。



「待て。ワシがやる」


「ソーヤさん……」


「息子の贖罪(しょくざい)の件もある、ワシにやらせてくれ」


「私が適任なんです。たぶん、あの攻撃もカウンターで対処できますから」


「とは言っても、婦女子を真っ先に危険に晒すなど騎士の名折れ。ワシを先に……」



そんな問答が繰り返されるなか、さらに別の腕が伸び、剣を手にした。



「やっぱりこういうのは勇者の役目だよな」


「良いのかよオイ。ヤツの攻撃を掠りでもしたらオダブツ。だからお前みたいな力技タイプじゃなくて、ミーナやソーヤのような技巧派向きだぞ」


「良いんだよ。さっきは格好悪いところみせちまったしな。もしオレが死んだら頼んだぞ、ソーヤのおっさん」


「むぅ……。よかろう。ではお主が成功すべく、全力で支えよう」


「そうよね。サポートならアタシにも任せて!」



全員の視線が勇者に集まる。

この場に居る者たちの気持ちが固まった瞬間でもある。



「よし、やるぞ!」


「おう!」


「あー、賑やかし2名。お前らにも加護をやる。歯を食いしばれ」


「えっ。どうしてそうなるの!?」


「加護がありゃあテメェらだって魔法使えんだよ。まさか口先だけの参加なんて考えてねぇよなぁ?」


「エルイーザ様、おっしゃる通りです。私のような美少女に応援されたらアラ奇跡。普段の百万倍もの力が……」


「ゴチャゴチャうるせぇオラァァ!」


「きゃぁああッ!」



ーーパシンッ!

ーーパシィンッ!



景気の良い音が、ほぼ無人となった街中に木霊した。



「あとは……ルイーズ、出てこい!」


「はい女神様」


「テメェは魔法戦に加わらんで良いぞ、神龍を操って空から牽制しろ」


「承知しました」


「でもアレだ。念のためテメェにも加護(ビンタ)を……」


「それでは失礼します」



ルイーズは三聖女の中で最も要領の良い女だ。

それは決戦直前という極限状態でも遺憾無く発揮された。



「ソーヤ、邪魔な兵士を退かせろ。弓の上手ぇヤツだけ連れまわせ」


「承知した」


「ソガキス、街の外でうろついているヤツラにお使いしてこい」


「了解ッス!」


「リーディス、テメェは物陰に潜んでろ。隙を見つけて斬りかかれ」


「わかった、任せとけ!」


「他の連中はアタシの後ろに隠れてろ、危ねぇからな。んで賑やかしどもは魔法を撃てるだけ撃て」


「……女神様の近くだって、危ないじゃない」


「鉄だ、鉄の味ですよこれ……」



顔を腫らした二人の言葉を最後に、一同が散っていく。

だがリーディスだけは中々動かない。

見咎めてギロリと睨むエルイーザ。

だがその凶悪な視線は、微笑とともに受け流された。



「ありがとうな、エルイーザ」


「あんだよ。作戦の話か? だったら気にすんなよ、トロトロやってる暇はねぇし」


「違う。オレの目を覚ましてくれた事だ。勇者の肩書きを名乗り続けたせいで、ちょっとおかしくなってた。ありがとう」



殊勝な言葉にエルイーザは目を丸くする。

そして口の端で笑いつつ、芯の通った声をかけた。



「礼を言うのは早ェって言っただろ。キッチリ片付けて、本当の勇者になってこい!」


「おうよ、やってやらぁ!」



その言葉を残してリーディスが路地裏に消えた。

そうなると、辺りは静けさを取り戻し、緊張感が増していった。



「クェェエ!」



神龍が空で吠える。

マリウスの姿を捕捉した合図だ。



「しくじるなよ。みんなで世界を守るんだよ」



返事の無い囁きが、街に溢れ、消えた。

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