第28話  変わり果てた友

神龍が悠然と空を行く。

青白2色の斑な体毛がなんとも美しく、凛々しい顔も頼もしい。

上空に邪神軍の姿はない。

この場面だけを切り取ったなら、平和な遊覧飛行のようにすら見えた。



「うぅ……」



そんな安全な空の旅の中、マリウスだけが顔を青ざめさせた。

両手で腹を抱えながら踞(うずくま)っている。



「マリウスさん、大丈夫?」


「もしかして……船酔いとかするタイプですかね?」


「いえ。乗り物は強い方なんですが、酔ったのでしょうか、少し吐き気が……」


「我慢できるか? もうじき邪神城なんだが」


「問題有りません。到着まで保ちます」



視界一杯に青空が広がっていたが、にわかに暗雲が立ち込め始める。

邪神の領域へと侵入したのだ。

辺りは暗闇に染まったかのようであり、黒い雲が太陽を覆い隠した。

遠くの空には幾筋もの稲光が走り、空の旅を一挙に不安なものへと塗り替えてしまう。



「そろそろだな。戦闘準備をしておけ!」



雲と肩を並べるような高山の頂きに邪神城はあった。

周囲には紫色の霧らしきものがかかっている。

これは雷撃の結界であり、侵入者には例外無く必殺の稲妻が落ちる仕組みが施されているのだ。

その防衛システムに向かって、ルイーズの指示のもとで神龍が吠えた。



「そろそろ良いわ。お願いね」


「クェェエ!」



龍の口から輝く粒子が、息に乗せて吐き出される。

すると城をグルリと囲んでいた結界の一部に穴が空き、侵入路ができた。

正確に穴を通過すると、城の屋上へと降り立った。



「よし。とりあえずは突入出来たな」


「勇者様。敵よ!」



そこには既に数えきれない程の魔物が集まっていた。

空からの襲撃は事前に察知されていたからだ。



「たくさん居るじゃねぇか。全部相手にする必要は無い、突破するぞ!」


「リーディス様、マリウス様がッ!」


「お、おい。どうしたんだよ。しっかりしろ!」


「うぅ、ウガァ。ゥガァアア!」



その苦しみ様は尋常ではない。

白目を剥き、喉をかきむしり、舌が口の端から飛び出している。

更には黒い霧が彼の全身を覆っていた。

それはまるで置き火のようにうっすらと、だが確実にマリウスの体を覆い尽くしているのだ。


もちろん、こんなイベントは無いし、誰かのアドリブでも無かった。

突発的な事故か何か、としか考えられない。

魔物はその様子を慮(かえりみ)ることもなく、ゆっくりとこちらに向かってくる。

間もなく戦闘状態になるだろう。


だがその時、マリウスは演技どころではなかった。

更には、回りで慌てふためく仲間たちの声も、一切耳に入らない。

彼の頭の中では謎の声が去来し、その精神を凄まじい速度で蝕んでいったのだ。

純水が汚泥に交わって濁っていくように。


ーー何でオレがシナリオまで書かなくちゃいけないんだよ。

ーーふざけてる。世の中勝手なヤツばかりだ。誰一人マトモなヤツが居ない。

ーーどいつもこいつもオレに押し付けやがって。何が反響だ、何がセールスだ。

ーー何やっても日陰者は日向に出られない。雑用ばっか回される脇役のクソ下らねぇ人生。こんな事なら生まれてきたくなかった。


非建設的な罵詈雑言。

ドロリと粘性のある不平不満。

マリウスにとって聞きなれない、更には縁の無い世界の話であるが、妙な共感を覚えてしまった。

何となく自分の事を言われているようで。


そう思ったが最後。

謎の声と、マリウスが漠然と抱えていた不満が、ピタリと重なってしまった。


ーーこんなゲームがあるから苦しいんだ。だったらこのクソみてぇな世界……。



「消してやる……」


「マリウス様? 今なんて言いました?」


「消し、消し、消し消し消しケシケシケシ。消してやる……」


「ええっ!? マリウスさん、どうしちゃったの?」



喉をかきむしる仕草が止まり、その身がゆっくりと起き上がる。

その体は黒さを増した霧に覆われ、魔物たちよりも遥かに禍々しい存在に見えた。

調子を持ち直したとは到底思えない。

異様な狂気を孕んだ姿に、誰も言葉を投げ掛けることが出来なかった。



「リーディス様。マリウス様の様子が、あまりにもおかしいです!」


「クソッ。ともかく突破だ。どこか身を隠せそうな所まで切り抜けるぞ!」


「わかりました!」



リーディスは物語の続行を選んだ。

というよりも、魔物に囲まれているなかで小休止など不可能である。

もちろん編集モードで改編してしまえば問題ないが、今はユーザーの目があるのだ。

整合性を取るには突破するしかなかった。



【火竜、キングスケルトン、マージナイトが

現れた】

【リーディス 戦う】

【マリ ウ   スするリ タぅあう又たけてたけてたけてたけて】

【ミーナ 戦う】


リーディスは勇者の剣を振るい、火竜に斬りかかった。


【リーディスは火竜に大ダメージを与えた】


リーディスの行動が終わると、マリウスは口許をグニャリと歪ませつつ、人差し指を突き出した。

ほとばしる漆黒の光線。

それはキングスケルトンに直撃し、命を奪った。

……が、様子がおかしい。


普段通りであれば魔物は倒されれば、黒や灰色の煙に包まれて消える。

だが、目の前の光景はどうか。

キングスケルトンは、ガラスの破裂音を響かせつつ、粉々になってしまった。

後に残ったのもガラス片のように無色透明であり、それは風に吹かれてどこかへと消えてしまった。



「……え?」



思わず全員がマリウスを見る。

彼は正気を無くしたように笑うばかりで、仲間の不審顔に応じる様子はない。

そしてキングスケルトンが消え去ると、テキストメッセージが画面に表示された。

だが、やはりそれも異様。

もはや常軌を逸した内容であった。



【マリウスススススススケルトン消えてしまったキングスケルトンは消えてしまったキングスケルトンは消えてしまったキングスケルトンったったったたた

った

たうけたうけたうけたすけうたうけ

たたたたたすけけけけけけけけけ

=くふさしgdpi?〓〓

つくかひふへやさふやちかや



意味の通らない文字の羅列。

文字送りしても終わらないテキスト。

それは何度ボタンを押しても、終わりは見えなかった。



ーーーーーーーー

ーーーー



場面は変わって。

2週目の変容ぶりを、寝る間も惜しんで熱中する男が居た。

このゲームの所有者、ユーザーである。

彼はちょっとした食事と仮眠以外、すべての時間を費やしてプレイしていた。



「うはっ。マジかよ。これリアルのバグ? それとも演出か?」



どこまでも続く不規則な文字を、ひたすらに目で追いかけていく。

通常であれば故障やメーカーの不備を考えるが、今回に限っては別の感想を抱いた。

ユーザーはすっかり2週目の虜となっており、次の展開にはどんな衝撃が待ち受けているか、どう予想を裏切ってくれるかと胸を踊らせているのだ。

寝る間すら惜しんでのプレイ。

この明からさまなバグも、プログラマーによる仕掛けであって欲しいと願っていた。



「こんなもんまで設計に盛り込んでたとしたら、制作者ヤベェよな。マジで頭おかしい」



ひたすらボタンを連打していく。

その先に更なる驚きがあると信じて。

だが、そんな彼に不運が訪れる。


ーーバツン!


不吉な音が部屋中に響いた。

ゲーム画面は消え、液晶は何も映さなくなった。

異変はこれだけに留まらない。

室内の電化製品はもとより、街灯に隣の家やその先々に至るまで、あらゆる明かりが消えてしまったのだ。



「もしかして停電か!? このタイミングでかよ、ざっけんな!」



ユーザーはやり場の無い怒りを枕にぶつけたが、こればかりは仕方がない。

一連の騒ぎが手早く終息されるのを祈るばかりだ。


そしてこれは、リーディスたちには得難い幸運であった。

誰の目を気にすること無く、ゲーム内の異変に立ち向かえるのだから。

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