第27話 神龍のめざめ
濁り酒にニシンの干物。
女神への供物を片手に聖女の神殿へと向かう。
清酒がどうのと要望が多々あったが、ユーザーは丁寧に応じるつもりが無いらしい。
カバヤで最低限の手土産を買うと、真っ直ぐ神殿へと戻ってきた。
「久しぶり、っつうか初めてか。2週目はまだ聖女神殿に入ってないもんな」
「ルイーズ姉さんは元気かなぁ」
「大丈夫ですよ。きっと今ごろ休暇を貪(むさぼ)ってるはずですので。大好きなペットたちとゴロゴロですよ」
大陸中部の山あいにポツリとそびえる聖女の神殿。
勇者装備を揃えてから訪れると、侵入不可であった最奥のエリアに入る事が出来るのだ。
聖女の神殿の最深部。
そこには女神エルイーザの本体が眠っており、直接のやりとりが出来てしまうのだ。
何と言う恐怖……いや、光栄な事だろうか。
ちなみにその本体は、これまで現れた精神体とは比較にならない戦力を持っているのだが、不要な情報だと言える。
リーディスたちの心境は省みられることなく、サクサクと目的地へと進む。
そして、とうとう神殿内へとたどり着いてしまった。
女神(きょうふ)の奉られる地へと。
中の造りは他の神殿と同様、大理石の柱や壁。
窓は無く、ランプの灯りに頼っている。
唯一の違いは足元に張り巡らされた水路だろう。
噴水からコンコンと湧き出る水が、辺りを清らかさで彩っていた。
短い橋をいくつか渡り、奥で待つ老人の元へ歩く。
彼は大神官であり、神殿の最高責任者だ。
そこへ近づくと、しわがれた両腕が天を仰ぎ、仰々しく勇者一行を出迎えたのだ。
【イベント:神龍のめざめ を開始します】
「よくぞ戻られた。勇者の血を引く若者よ。辛く、そして長き旅の末、そなたたちは女神エルイーザと対面する資格を得た」
戻ってない。
今回は初対面なのだ。
だが、そんな言葉はもはや野暮であろう。
裏手の重々しい扉が開き、大神官によって促された。
リーディスたちはそのまま次の部屋へと向かう。
短い回廊を抜けた先は白一色の世界であった。
そびえる柱や植えられた草花の影で、ようやく立体感を視認できるほどに、白くまばゆい。
清純さを彷彿とさせる花々に囲まれるようにして、エルイーザが座っていた。
両手を組みあわせ、祈り続けている。
その姿には憂いのようなものを感じさせる。
「愛しき大地の子よ。よくぞ来てくださいました。あなたたちが訪れる日を、心待ちにしておりましたよ」
エルイーザが両手を広げて、リーディスたちに微笑む。
それはもちろん『私の胸に飛び込んで来なさい』という意味でない。
手土産の催促である。
「女神エルイーザ。約束の品を持ってきた」
「はい。これは、はい……」
彼女の眉間が一瞬だけ濁ったが、それに気づけた者はほとんど居ない。
再び清らかな笑顔を取り戻すと、酒を恭しく掲げ、少し強い口調で告げた。
「勇者リーディスよ。あなたには神龍を委ねます。かのものを使役したならば、邪神城に入る事ができましょう」
「わかった。じゃは早速そいつを……」
「お待ちなさい。龍の所有者となるためには、ある儀式が必要です」
「儀式……だって?」
リーディスは怯んで仰け反りそうになるが、何とか踏み留まった。
今のところ女神はギリギリ清純かつ清廉なキャラなのである……たぶん。
その人物を相手に説明の時点で恐れを見せては、整合性が取れなくなる……かもしれないのだ。
「ではリーディス。私の前に」
「お、おう」
「遠いです。もう少し近くに」
「……わかった」
エルイーザはリーディスを至近距離までおびき寄せると、先ほどの酒を取り出した。
栓を外し、片手持ちで勢い良く呷る。
そして。
ーーブシャァア!
口に含んだ酒を、リーディスの顔めがけて吹き出した。
二度三度とその行為が繰り返すと、ようやく収まった。
濁った酒と唾液の混合液で頭からビショビショに濡らしたが、今回はこの程度で済むのだろうか。
「なんだ。痛い目に遇わないで……」
「てぇい!」
「ゴフゥ!」
女神渾身の右フックが突き刺さる。
宙で二回転半の回転を強制されたリーディスは、頭から地面に倒れ込んだ。
「さすがは勇者の子孫。これしきでは死に至りませんね。合格です」
「お、おい……。オレを殴る意味はあったのか?」
「ありませんよ。これは、その、余興です。盛り上がりを重視したかったので」
「鬼か……ゴフッ」
勇者気絶。
加害者はそれに気遣うでもなく、イベントの強行を選んだ。
「さぁ、神龍よ。目覚めの時は来ました。今こそ、勇者の足となり、邪悪なるものを滅ぼすのです!」
両手を天井に向かって伸ばし、大音声で唱えた。
辺りの白い花びらが一斉に舞い上がる。
すると……。
「はい、ごめんなさいねー。後ろ通るわよー」
「キュオォン」
後ろの回廊から徒歩で神龍が現れた。
来客の多さから、かなり窮屈そうである。
マリウスたちは身を寄せあい、神龍たちに道を譲った。
龍の背中には三聖女の一人であるルイーズが乗っていた。
「エルイーザ様。神龍をお連れしました」
「ありがとうルイーズ。その労に報いるため、あなたにも加護を……」
「いえ、私には過分な褒美です。辞退させていただきます」
「チッ」
誰のものかは分からない舌打ちが響いたが、本筋とは無関係なので追求される事は無い。
「では大地の子達よ、ご武運を。てやぁッ!」
掛け声がするなり、天井がスウッと消えた。
龍の行く手を阻む屋根はもはや無く、上方には抜けるような青空が広がっている。
マリウスたちはリーディスを抱え、即座に神龍に乗って飛び去った。
ウカウカしていると、気まぐれな女神に何をされるか分からないが故に。
そのまま天空へと飛び去っていく。
もちろんゲーム画面として写し出すための『カメラ』も神龍を中心に据える為に随行していった。
ユーザーの目を気にする必要の無くなったエルイーザは、濁り酒をグイッと呷り、干物の頭をガジリと噛んだ。
そして目線は神龍の背に向けたまま、小さく呟いた。
「あの野郎は大丈夫なのか。さっき見た限りじゃ、おかしな動きはしなかったがよぉ……」
その独り言は極めて小さく、隣にいるルイーズですら聞き取ることが出来なかった。
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