第26話 最後の勇者イベント
大陸北西部にそびえる山脈の麓。
そこには洞窟があり、その最深部には勇者の剣がある。
邪神城を除けばここが最終ダンジョンであり、仕掛けも陰湿というか悪辣というか、とかく評判が悪い。
リーディスたちは進行上やむ無く、一歩ずつ歩を進めていく。
「ここが最後の洞窟か。気を引き締めないとな」
「どんな罠があるか分かりません。十分に注意してください」
ちなみに洞窟内であるが、坑道のように複雑に入り込んだ構造をしている。
ある程度進むと三方への別れ道にぶつかり、どれか一つを選ぶことになる。
しばらく進むと行き止まりで、その壁にはボタンが一つ埋め込まれている。
どの道を選ぼうともここまでは同じ。
そして選んだ道が失敗ルートであれば、トラップ魔法が発動して入り口まで戻される。
ちなみに正解ルートであったなら、その壁がせり下がり、奥へ進むことが可能となる。
この3択の『くじびき』をトータルで5回繰り返さなくてはならない。
全てノーヒント。
完全なる運試しだ。
更に言うと、失敗ルートではどの段階でボタンが押されても、洞窟の入り口に戻されてしまう。
つまり、最後の3択であっても失敗すれば、全てやり直しとなるのだ。
これぞクソゲーの真骨頂、理不尽ダンジョンである。
尺稼ぎのためだけに用意された悪意の極地といえよう。
【壁のボタンを押しますか?】
【→押す 押さない】
リーディスたちは迷うことなく、最初のボタンまでたどり着いた。
ちなみに今回は失敗時の罠について大きく変えている。
入り口に戻すのではなく、逃走不可の強制戦闘となるのだ。
裏に控えるのは火竜、ドクロ騎兵、ウィザードキングにメフィースト。
誰も彼もが最上クラスの精鋭である。
大聖女を主軸とした部隊とはいえども、苦戦を強いられる程の陣容で、その出番を今か今かと待ち受けているのだが。
【奥へ続く道が開いた】
第一層目は一発成功。
リーディスたちは第二層へと歩を進め、トラップ要員の魔物たちもこっそりと移動する。
しばらく進むと、先程と同じく別れ道。
そして迷うことなく奥へと進み……。
【壁のボタンを押しますか?】
【→押す 押さない】
【奥へ続く道が開いた】
またもや成功。
舞台は第三層へと移される。
「なんだか、いやに順調だな……」
「2週目だから、正解ルートを覚えているのでは?」
「何の目星も無い攻略法をか? 流石に無理だろ」
「んじゃあー、物凄く運が良いとか?」
「うーん。あるいは攻略サイトを見た、とかかな」
第三層、四層、五層とすべて一発成功。
運の良さと片付けるには無理がある。
リーディスたちは一度も襲撃されることなく、最深部へとたどり着いた。
つまり、せっかく用意した罠が無駄になったという事だ。
出番の無かった魔物たちは、少しションポリし、各々の住み処へと帰っていった。
洞窟の最深部にはこれまでのように台座があり、その上には一振りの剣が安置されていた。
陽射しもランプもない空間にも関わらず、十分視認できるほどに明るい。
自ら発光して輝く台座のおかげであった。
「あそこに剣があるな。ミーナ頼んだぞ」
「わかりました!」
台座に向かって皆が歩き出した、その時。
一筋の雷が行く手を阻んだ。
「ヌッフッフ。あなた方にその剣は渡せませんねーぇ」
「出やがったなピュリオス!」
邪神軍がここでも立ちはだかった。
今回のお供は力自慢の巨獣ではなく、隣に控えるのは妖艶な女性が一人だけである。
豊満な肉体を薄い体毛のみで覆い、体の捻り具合や仕草で局部を上手く隠している。
そのあられもない姿を恥ずかしがる事もなく、むしろ妖しい笑みを浮かべ、男たちを誘う。
夢魔サキュバスである。
「さぁさぁ、今度こそ引導を渡してさしあげましょうー!」
「それはこっちの台詞だ。行くぞッ!」
【魔人ピュリオス、夢魔サキュバスがあらわれた】
【リーディス 戦う】
【ユリウス 魔法】
【ミーナ 戦う】
先手を取ったのはサキュバスだ。
彼女の特殊攻撃が放たれる。
【サキュバスの攻撃。誘惑の風】
甘い果実に似た濃厚な薫りが、狭い室内に充満した。
これは精神攻撃の一種であり、特に異性相手に絶大な効果を及ぼす。
まともに受けてしまったリーディスたちは【魅了状態】となり、行動不能となってしまう。
ちなみに描写としては、サキュバスが出てくるアレ系の夢を見るといった具合だ。
「さぁ、あなたたちの精気を吸い付くしてあげるわ!」
「クソッ。なんだ、この匂いは……」
「うぅ。意識が、遠く……」
リーディスとマリウスが継戦不能となる。
ミーナは魔法が不得手であるが、女性であることが幸いし、精神攻撃を受けても被害はなかった。
次に行動したのはリリアたちだ。
例によって応援に終始する。
「フレッフレッ勇者様。ガンバレガンバレ勇者様ぁ!」
このタイミングでその応援はどうだろうか。
その勇者は現在、絶賛淫夢の真っ最中だ。
下手に頑張ろうものなら精気を無駄遣いし、より窮地に立たされるのではないか。
次はピュリオス。
上級魔法での攻撃だ。
「食らいなさい、ファイアトルネード!」
「あぁッ!」
魔法耐性の無いミーナは、その攻撃をまともに受けてしまう。
炎が身を焦がし、強烈な熱風によって壁に叩きつけられた。
そのダメージは小さくなく、立て続けに食らえば危険なほどであった。
次に行動したのはマリウス。
彼はなんとか精神の呪縛から抜け出そうとするが。
「ウググ……ッ!」
「フフフ。さぁ、どんな事をして欲しいかしら? 何だってお望みの通りよ」
「うぅ……」
夢の中で弄ばれるばかりだ。
ちなみに、どんな事が起きているのか、詳しく描写される事はない。
それを説明してしまえば、全年齢対象ゲームでは無くなってしまうからだ。
さて、1ターン目最後に行動するのはミーナだ。
彼女に与えられた行動は【戦う】である。
例によって怯えるだけだろうと思われたが、今回ばかりは違った。
大斧をナイフの如く軽々と片手持ちし、一気に跳躍。
サキュバスの前に降り立ち、勢いを止める事なく、渾身の横薙ぎが放たれた。
「いきますよ、えいっ!」
可愛らしい掛け声に反して重たい打撃音が響く。
攻撃がクリーンヒットしたサキュバスは、ゴムボールのように地面を転がっていく。
そして、ミーナは攻撃の手を緩めない。
リリアたちの応援のおかげで、二回攻撃が発動したのだ。
今度こそ怯えて動けない……とはならず。
斧を地面から頭上に振り上げ、そのまま重力を味方にして振り下ろされる。
それはサキュバスの胴体を真っ二つに両断し、確実な死を与えた。
致命傷を受けて断末魔をあげ、その体は黒い霧に飲み込まれて消えた。
ちなみにミーナは不正など働いていない。
超低確率の「攻撃」を、乙女の執念のみで引き続けたのだ。
まともに攻撃出来る確率は3%だ。
二回続けて攻撃出来る確率は0.03×0.03なので0.0009、つまりは0.09%となる。
これを気迫だけで成功させたのだから、彼女の想いというのは余程のものと言えた。
「うおっ。急に魔法が解けたぞ!」
「ふぅ。まさかあんな簡単にやられるだなんて……」
サキュバスが離脱したので、リーディスたち2名も自由の身となる。
目覚めた彼らが目にしたのは、大斧片手に息を乱すミーナであった。
「マリウス様。なにか変なこと、されませんでした?」
「い、いえ。何分(なにぶん)すぐに解放されましたので」
「そう、ですか。良かった……」
息を切らし、小汗を拭いながら、少女が年相応の笑顔を見せた。
足元に鎮座する血濡れの大斧が無ければ、とても可愛らしく見えたろう。
この一連の流れをどう評価するかは、人によりけりである。
純粋で直向きと取るか、愛が重たくて恐ろしいと取るかは。
「マリウス。お前の嫁はおっかねぇな。絶対に浮気なんかするなよ?」
「勇者さん。僕は別に、交際を申し込んだりはしてませんよ」
「今さらそれは無いだろ。ミーナの顔見て同じことが言えるか?」
「本当にどうしたもんですかね」
若干空気がホンワカとしてしまったが、実はまだ戦闘中である。
しかもまだ第1ターンが終了したばかりで、サキュバスを見事撃退はしたが、ピュリオスは健在という状況。
よって茶番もそこそこに、次のターンが始まろうとする……。
はずだったが。
「いやはや、まさか夢魔まで瞬殺ですかーぁ。これは出直す必要がありますねーぇ」
「おい。また逃げるのか!」
「勝ちが確定でない戦など、ワタクシの戦いではありませんのでーぇ」
不利を悟ったピュリオスが消えた。
戦闘終了である。
邪魔するものが無くなったので、最後の勇者装備の封印を解くことにした。
ミーナが台座に赴き、フランクな詠唱、柏手二回。
そして、勇者の剣が手に入った。
全ての装備を揃ったのである。
「よし。これで邪神と戦えるな!」
「でもリーディス様。これからどうすれば良いんです?」
「そうだな。本拠地に乗り込む方法を知らねぇな……」
次の目的地について話し合っていると、徐に光が舞い降りた。
その光の筋を降りてきたのはエルイーザである。
彼女はいつものように高次元な演技にて、リーディスたちに道を示した。
「大地の子たちよ。エルイーザです。無事3つの装備を揃えられたようですね」
「女神エルイーザ。教えてくれ、邪神と戦うにはどうしたら良い?」
「聖女の神殿までいらしてください。そこであなた方に新たな力を授けましょう」
「聖女の神殿だな。わかった!」
「それから、心身を清める為に清酒を用意してください。辛口で、スキッとした喉ごしで、鼻の抜けが良いものを」
「儀式用だよな? 嗜好品としてじゃないよな?」
「ではお待ちしております。くれぐれもお酒を忘れないように」
「無視すんな!」
とうとう演技も綻びだしたエルイーザだが、彼女は気にしていない。
勇者たちも『まぁあれが素に近いし』と思ったのか、咎める様子もない。
何はともあれ聖女の神殿だ。
一行は来た道を引き返して、大陸中部へと向かうのであった。
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