第20話 もえるカバヤ
街に攻め寄せた魔物の軍は、竜ネズミの集団だった。
それは本来のネズミに比べて10倍以上の体格を誇る。
体毛は無く、ハ虫類のような滑らかな皮膚は、剣や槍の刃の殺傷力を殺す働きを持つ。
そして強靭な牙は、鉄製の鎧をものともしない威力がある。
一匹でも手強い相手だが、この獣たちは単独行動を好まない。
敵を迎え撃つのは無敗を誇るカバヤ騎士団だが、彼らの表情に余裕は無い。
「平原に敵、数はおよそ20! 密集形態で迫っております!」
「門閉じよ。民は屋内へ避難だ、急げ!」
ソーヤが次々と指示を出す。
それにより複数の兵士が、両開き式の門を滑車を回すことで閉め始める。
だが街を守る門は大きく頼りがいがあるが、仕組みも同様に大きいために、なかなか閉門に至らない。
猛然と迫る竜ネズミたち。
城壁に控える射手たちは、全員が矢をつがえ、攻撃の合図を今か今かと待ち受けている。
ーータイミングは問題ない。急かすとしたら今か。
ソーヤが敵との距離を目測しつつ檄を飛ばす。
「馬鹿者、侵入されるぞ。閉門急げ!」
怒声の裏で、衛兵のイベントデータを操作した。
すると門の動きに若干のランダム性が生じ、焦りという感情を演出する事が出来た。
「閣下、目前に敵……」
「矢を放て。連中を針ネズミにしてやれ!」
次々と放たれた矢の半数は的中した。
だが、敵の外皮は弓矢程度ではものともしない。
先頭の一匹が閉じかけた門扉に突撃し、顔を、そして前足を隙間に差し込んだ。
城兵は内側より扉を押さえるが、竜ネズミの筋力は凄まじい。
更には後続のネズミが、勢いをのせて体当たりを仕掛けてくる。
その度に守備兵が吹き飛ばされそうになる。
このままでは突破を許すのも時間の問題と言えた。
「槍突け! 皮ではない、口の中を狙え!」
応援にかけつけた守備兵が、扉の隙間より槍を突きだした。
それには先頭の竜ネズミも堪らず、奇声とともにのけ反った。
急ぎ門が閉じられ、閂(かんぬき)が嵌め込まれる。
これでひとまずは突破される心配は消えた。
ちなみに『そもそもプログラム上、魔物は街に侵入できないんじゃ?』という疑問を差し挟むことは無粋である。
それはあくまで管理側の目線であり、手に汗を握るユーザーは知る由も無いのだから。
「油を落とせ!」
「者共、油の投下だ!」
重量感のあるタルが、テコの要領で次々と飛ばされていく。
それは集団中央付近にまで届き、地面に激突して大破。
足元が油で濡れる。
もちろんそれ自体が弱点ではなく、あくまでも布石であった。
「火矢を放て」
命令と共に炎を宿した矢が昼間の空を覆う。
地面に落下した矢から火が燃え移り、辺りは火焔の海となる。
これには巨獣もたまらず、あるものは焼け死に、あるものは錯乱して原野を迷走し始めた。
「フフフ、ネズミごときに負ける道理はない。このまま焼き殺してくれよう」
「父上、父上!」
ソーヤが声のする方へ振り向くと、そこにはソガキスがいた。
腕を拘束されたミーナを連れている。
「ソガキスよ。一体どうしたというのだ?」
「父上、勇者のほこらへ立ち入る許可をお与えください。この女の力があれば、勇者の鎧の封印を解くことができます!」
「封印? それを解いてどうしようというのだ」
「私がそれを活用し、残りの魔物を討伐いたします。そうすることで、名実ともに勇者の称号を手にすることが出来ましょう」
「ふむ。確かに。実際に身に付けて手柄を立てれば、都の連中も納得しよう。だが……」
ソーヤは城壁の上より外に目をやった。
ほこらは城からそれほど離れていない。
そのため、間に割って入るようにして暴れまわる竜ネズミが邪魔であった。
移動中に攻撃を受けるリスクが大きく、ソーヤは迷いをみせた。
もちろん演技であり、ソガキスもそれを知っている。
親子の壮絶なる死を、その死に場所については打ち合わせ済みなのだから。
ソーヤは吟味するかのような素振りを見せてから、強い声で言った。
「よかろう。兵の半数を率いて出撃する。西門より、魔物どもを迂回して進むぞ」
「ありがとうございます。聖女の小娘は私が連れて参ります」
「離してください! ヘップションウス様の武具は、選ばれた方で無くては身に付ける事ができません!」
折角の演技も、名前が台無しにする。
固有名詞を出さなければ良いだけであるが、真剣なミーナはその事に気づけなかった。
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場面は変わって処刑場。
先程とは一変して、群衆は全員が建物内に避難しているので、リーディスを筆頭に4人だけが取り残されていた。
ミーナはこの時は既に連れ去られた後だ。
なので、彼らがすべき演技は、脱出と仲間への気遣いに終始した。
「おい、離せチクショウ! ミーナをどうする気だーーッ!」
「誰か、縄をほどいてください! 仲間が連れ去られてしまったのです!」
「ミョァ~~ン」
「お願いだから私たちを自由にして! ミーナちゃんがッ!」
「ミュアン、ニュアァン~~ヌ」
恐ろしきは禁じられたフミャォーーアの刑。
いかなる緊迫した演技も究極的なまでにホンワカさせてしまうのだから。
リーディスたちはめげずに声を張り上げるが、子猫たちの愛くるしい鳴き声は彼らの努力の一歩先を行く。
ちなみにメリィは己の猫愛に負け、絶賛気絶中である。
ちなみに本イベントにおいて、我らが勇者一行の出番はこれきりだ。
ここを写す意味は全く無い。
製品版のイベントの名残であった。
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場面は再び転換し、ソーヤ親子へと切り替わった。
騎乗の一団が平野を疾走している。
先頭がソーヤ、続いてソガキスと彼の膝に置かれたミーナ、それに数十の配下が付き従った。
目的地は街道を進み、森を抜けた先にある。
進路は全て整備された道であるので、騎乗のままで行く事が可能。
懸念された竜ネズミによる攻撃も無く、一行は安全圏へと到達する事ができた。
……と思われたが。
部隊が森へと進んだ時に、それは起きた。
「グワァァーー!」
「りゅ、竜ネズミだと!? こんな所にも潜んでいた……ギィヤァァアーーッ!」
真正面から別の群れが押し寄せてきたのだ。
突然現れた魔物たちに、ソーヤは対処出来なかった。
巨体による体当たりをまともに食らい、馬とも離ればなれにされて、空高く跳ね上げられた。
その体は太い木の枝に絡まって止まったが、彼は完全に気を失い、その身は無惨に晒される事となった。
「ち、チクショウ! こんな所で死んでたまるか! オレは勇者になるんだ!」
ソガキスは幸運にも魔物の突撃をかわし、抜け出る事ができた。
だが、配下は別。
残り全ては雪崩に飲まれるようにして、竜ネズミの突撃によって壊滅してしまった。
「なんてこと……。味方の兵士さんがあんなにも……」
「余計な口を叩くな! オレが勇者装備さえ手に入れれば皆殺しにできるんだ!」
苦境に追いやられた人間は、不思議と大逆転
を狙いがちである。
もちろん、往々にして失敗するのが世の常だ。
ミーナを抱えたソガキスは、しぶとくも勇者のほこらへとたどり着いた。
石造りの建物は寂れており、所々から雑草や苔が生えている。
中を警戒しながら進んでいく。
少ないながらも、魔物の姿が見えたからだ。
やがて台座の間に到着する。
部屋の中央には純白の台座がもうけられており、その上に鎮座するのは目当ての『勇者の鎧』であった。
「あったぞ! この鎧さえあれば……」
「あぁ!? 危ないッ!」
「え……?」
台座の陰から三ツ又の槍が飛んできた。
その不意打ちの一撃は迷うこと無く、ソガキスの胸目掛けて繰り出された。
「グハァアーーッ!」
刃が鎧を粉砕する光景は、芸術的なカメラワークにより写し出された。
上から1カメ!
右から2カメ!
左後方から3カメ!
そして最後に真正面から4カメ!
最後のシーンは集中線と効果音付きだ。
ーーズギャァアン!
そして全てがスローモーションとなる。
ソガキスは胸から血を滴らせつつ、ゆっくりと体を泳がせ、そして倒れていった。
魔物はそこで手を緩めない。
とどめを刺そうと、追撃の刺突が繰り出された。
これが、劣悪な悪党の最期。
ボスですらない、平凡な魔物による攻撃での死亡。
犬死ともいうべき展開に、ソガキスは満足していた。
意図通りのシーンを演出できたからだ。
ーーさぁ、後は串刺しになれば終わり……痛いだろうけど、やりきってみせるッス!
苦痛に苛まれつつも、彼は役目を全うすべく、その場に横たわった。
槍が迫る。
覚悟を決める。
……だが、とうとうその瞬間は訪れなかった。
「そこまでです。これ以上好きにはさせません!」
間にミーナが割って入り、途端にスローな世界は元来の時を取り戻す。
鋭い穂先は少女へと迫るが、絶妙な位置調整により、縛しめの縄を切った。
その瞬間、ミーナは身を大きく翻し、攻撃をさけつつ敵の腕を取った。
あとは通常通りの展開となった。
痛烈なカウンターを受け、魚人は膝を屈して倒れた。
戦闘終了である。
「ど、どうして……」
薄れ行く意識の中、ソガキスは問いかけた。
悪役として壮絶に死ぬことが、イベントのクライマックスである。
それについてはミーナも了承済みだ。
このままでは散々悪態をつき続けたのも、勇者乗っ取りを企んだことも、あらゆる布石が水の泡となる。
なぜ土壇場で邪魔をしたのか。
その答えは、彼女の頬を伝う涙と共に明かされた。
「簡単に死んで、終わりになんかしないでください! 必死になって頑張って、たくさん償って、自分の命を全うしてください!」
ソガキスは内心で呟いた。
そりゃないッスよ……と。
それから、意識は深い闇へと落ちていった。
イベントのオチとともに。
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場面は最後の転換を迎える。
あれからミーナが獅子奮迅の働きを見せ、城外の敵は一掃。
ソーヤ親子も救出された。
懸命の治療が効を奏し、一命をとりとめる所か、致命傷にならずに済んだのだ。
もちろん、リーディスたちも速やかに解放された。
イベントの締めは謁見の間。
そこには包帯こそ着けてはいるが、健在なソーヤ親子が出迎えた。
尺も残り僅か。
もはや軌道修正は絶望視されていたが、ここで値千金とも言えるアドリブが光輝いた。
「誠に申し訳ない。あの時のワシはどうかしておった。あわよくば倅を勇者にしようなどと、正気とはほど遠かった」
「何だか……人が変わりすぎじゃないか。あの時の狂気はどこへいったんだよ?」
「うむ。そなたの申す通り、変わったと見て良い。どうやら『洗脳』が解けたようだからな」
「洗脳……?」
唐突な言葉に一同はいぶかしむ。
それもそのはず、本来なら生粋の悪人として、罪深きソーヤ親子は死ぬはずだったのだ。
それが中途半端に生き残ってしまい、話の軸がブレてしまった。
そこで一計を案じる。
このアドリブに対して、真っ先に反応できたのはマリウスであった。
「もしかして……それは邪神の配下によるものではありませんか?」
「うむ。いくらか曖昧な記憶であるが、道化師のような男が現れて……。それ以降は断片的にしか覚えておらず、夢でも見ていたような気分だ」
「それは、参謀のピュリオスですね、卑劣な真似を」
「おのれピュリオス! この落とし前は必ずつけるからな!」
全部邪神が悪い。
何もかんも邪神たちのせい。
一同が着地したのは、そんな結論であった。
ソーヤは話が伝わったことに安堵し、最後のシーンへと誘導した。
「そなたたちには多大な迷惑をかけた。非礼には到底釣り合わぬだろうが、受け取ってはくれぬか」
【勇者の鎧を手に入れた】
【聖騎士の大斧を手に入れた】
見慣れない装備である聖騎士シリーズだが、これは相当な性能かつ高値である。
珍しい光属性を持つ武器であり、実態の無い霊体にすら攻撃可能だ。
もちろん生身の魔物にも十分な威力を発揮する。
終盤でも立派な戦力となる武器を無償で入手できたことは、相当に大きかった。
「さて、オレたちは行くかな」
「もう行くのか。せめて数日くらいは歓待させてもらいたいが」
「いいよ。長居するとツレが危ないんだ」
「毛モフモフ毛モフ毛フ」
「そうか。ならば引き留めはせん。そなたたちに女神のご加護があらんことを」
こうして一行は街を出た。
リーディスの体に勇者の鎧、ミーナの背中には大斧を新たに身に付けて。
そして最後にシステムメッセージが表示され、この大掛かりなイベントは幕を閉じた。
【イベント:勇者の称号 を終了します】
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