第21話  酒の席で仕事の話をしてはいけない

「お疲れさまっしたーーぁ!」

「お疲れぇーーッ!」



始まりの平原に歓声が響き渡る。

もちろん今はオフ。

集まった者たち全員がコップ片手に騒ぎ始める。

達成感も相まってか麦酒、あるいはブドウジュースの飲みっぷりも、見ていて小気味良い程だった。



「ッかぁーー! 酒うめぇマジうめぇッス!」


「倅よ、存分に味わえ。良い仕事の後には良い酒に限る」


「上首尾の褒美じゃ。とびきり上等な麦酒じゃぞ」


「ウッス、ガンガン飲むッス!」



並べられた料理も豪勢だ。

大皿には巨大なローストビーフ、小分けされたトロトロチーズ鍋、トマトベースのピリ辛パスタに旬野菜のサラダなどなどが、色鮮やかにテーブルを賑わせている。

方々で奏でられる舌鼓が、盛況ぶりに華を添えた。



「しっかし猫にはやられたな。まさかあのタイミングで邪魔してくるなんて、冷や汗ものだったぞ」


「ソーヤおじさんの顔すごかったよね! 一瞬だけ『あぁっ』て表情してんの!」


「無理もありませんよ。丁寧に積み重ねた積み木を、最上段で崩されたようなものですから」


「いやはや、綱渡りをしていた気分であったが、どうにか最後まで演じることが出来た。これも皆の協力があってこそだ」



ソーヤが杯を呷(あお)った。

豊かな口ひげの毛先が白く染まる。

一気に喉に流し込んだのは麦酒ではなく、山羊乳であったからだ。

彼は見た目に似合わず完璧な下戸なのだ。



「しかし良く思い付いたよな、敵による洗脳説なんて。そのおかげでちゃんとオチを付けられたと思う」


「悪徳親子として死ぬべきであったが、意図せず生き残ってしまった。イベントが崩壊する事も覚悟したが、辛うじてまとめる事が出来てホッとしている」


「最後は勢いでピュリオスさんに押し付けちゃいましたね。勝手にやっちゃいましたけど、大丈夫なんですかね?」



メリィの懸念に反応したのか、酔客がフラりとやってきた。

顔を真っ赤にしたピュリオスである。



「皆さん酷いですねーぇ。アタシに何の相談もなく擦(なす)りつけちゃうんですからぁ。風評被害ってヤツでしょうかねーぇ?」


「お前がそれを言うのかよ。大聖女を持ち出してくれたお陰で、オレたちは大変な目にあったんだぞ」


「そうよそうよ。おかげで私は賑やかし扱いよ?」


「私はクソガキなんて中傷を受けています。訴訟も視野に入れてますから」


「あなたたちは良いわよねぇ……。私なんて、出番すら無いのだけど」


「あっ……」



ルイーズのため息は深かった。

これにはリリアやメリィも口をつぐむしかなかった。

何せ長女の出番を消し飛ばしたのは、他ならぬ彼女たちであるのだから。


だが、ルイーズはそれほど腹を立てていなかった。

なので下の姉妹へチクリと釘を刺しただけで、別の話題に切り替えた。



「ところでピュリオスさん、あなたは中々話し合いに来なかったわね。釣りをやっていたんですって?」


「そうですそうです、アタシの趣味でしてねーぇ。お陰さまで超絶希少なものを釣れましたよーぉ」



喜色満面の彼の片手には、皿に盛られたサシミがある。

今回は生魚なんて参加者には供出されていない。

釣りの成果を特別に調理してもらったためだ。



「魚を生で食ってんのか。よく平気だな」


「おかしいですかぁ? 創造主さまの世界では人気プランなんですがねーぇ」


「ピュリオスさん。ちなみにそれは何て魚なの?」


「ケージという、とても貴重なお魚さんなのですぅ」


「美味しいの? 一口ちょうだい!」


「ハイ嫌ですぅ」



艶々に輝く切り身を5枚重ねで口へと運んでいく。

その豪快な食べっぷりにより、瞬く間に皿は空になってしまった。

リリアの行き場の無い手のひらが虚空を掴む。



「ところでぇ、次のイベントのお話はどうなってますーぅ?」


「次のはたしか『賢者覚醒』だよな。マリウスのやつ」


「そうですね。僕用のものがあります」


「たしか、次の街に女神の祠(ほこら)があるんだよな。そこで祈りの儀式をやると、マリウスが女神の祝福を受けて、賢者の力に目覚める流れだったっけ」



次に目指すのは大陸北東部にあるデントという名の街で、女神信仰が篤いエリアだ。

そのため、街の内外にいくつもの祠が設置されている。

その内の1つで祈りを捧げる事でマリウスは加護を受け、眠っていた力に目覚めるのである。


ちなみにイベントシーンについて。

日暮れの薄暗い祠にてロウソクを何本も照らし、儚くも美しき多重奏の旋律のもと、荘厳な光景の中で執り行われる。

何かと批判の多い本作において、珍しく槍玉に挙げられていない名シーンである。

よって改編の必要は無い……のだが。



「やるんですね、覚醒イベント。改変はしないんですか?」


「好評だからな。つうか、ミーナは何をむくれてるんだ」


「別にぃ。いつも通りですよ」



このイベントでは女神が初めて降臨し、マリウスと対面する。

見目麗しき姿の女性(エルイーザ)が、慈しみを持って抱き締め、頬にキスをするという展開がミーナは気に食わないのだ。



「評判が良いから、あんまり修正したくは無いのだけれど。でも、ミーナちゃんは嫌なのよね?」


「別に嫌とは言ってないですよ。ただ、1回やってますし。違うパターンがあっても良いかなとは思います」


「できれば、元のままでやりたいがなぁ……」



編集モードでのアドリブは両刃の剣だ。

下手に動けば様々な設定が変更され、クリティカルな影響(ダメージ)を及ぼしてしまう事は、これまでの騒動が燦然(さんぜん)と物語っている。

不要なトラブルを回避するためにも、改編不要であるのなら原作ベースで進めたいというのが、演者たちの本音であった。


不満を口に漏らすミーナは、テーブルに顎を乗せ虚ろな表情になる。

控えめな意見とは裏腹に、内心では猛反発していることは明らかだ。

そんな彼女を気遣ってか、モチうさぎが彼女の頭に飛び乗った。

そしてモチモチと転がり、比類なき癒しを与えようとするが、ホンワカしたのは周囲の人間ばかり。

当の本人はやはり、憂鬱そうな顔のままであった。


そんな心理的な分水嶺(ぶんすいれい)を無神経に掻き乱す輩が現れた。

エルイーザに、付き人と化したソガキスであった。



「何だ何だクソ野郎共。酒の席で辛気くせぇ顔すんじゃねぇよ」


「チーッス、みんな飲んでますかー!」


「また面倒臭いヤツらが……」


「オラオラ、性犯罪者さまのお成りだよ。とっとと席空けな」


「そうそう性犯罪者がってオォ〜〜イ! ほんと勘弁してくださいッスよぉー!」



彼らの手には何杯目かも判らない麦酒が注がれている。

エルイーザの赤ら顔はお馴染みのものだが、ソガキスの酔い方は見るものを不安にさせる。

酒の作法を知らない大学生を彷彿(ほうふつ)とさせるからであろう。



「そんでよぉ、何を揉めてんの。アタシの初登場シーンに不満でもあるわけ? 殺すよ?」


「不満っていうかさ、マリウスさんのほっぺにチュッてやるでしょ? あれがちょっと問題みたいで……」


「リリアさん。誤解してるようですけど、私は別にダメだなんて言ってませんから。ただ、違うパターンがあると嬉しいという話です」


「はぁー。それっくらいの事でガタガタ騒ぐかねぇ。清純なお嬢ちゃんは面倒くせぇなぁ。アンタは伊達に乳首色の頭してねぇよ」


「別に騒いでないですぅ、言いがかりですぅ」


「まぁいいさ。嫌だったら別バージョンでやりゃいいし」


「あるんですか? それ、聞かせてください!」



ミーナが目を爛々と輝かせて立ち上がった。

その勢いによって、頭上のモチうさぎがモチリとテーブルに落ちた。

落下ダメージなし。

本当にモチモチしやがって。



「いいか良く聞けよ? まずは儀式の雰囲気だが……」


「おい、いきなりヤバくないか?」


「んで、アタシがここで現れて……」


「姉御。その後はこうして、こうとかどうッス?」


「おぉー、いいじゃん。その案乗った!」


「待て待て待て。過激すぎんだろ!」


「ヌッフッフ。では魔物の襲撃も最後に加えましてねーぇ」


「ピュリオスてめぇ! 話をややこしくすんじゃねえよ!」


「おしおし。良さげ良さげ。ありきたりなイベントがクソ面白く大変身したじゃねえか!」



この大がかりかつ破天荒な変更に、リーディスたちは青ざめた。

それは先刻まで不満を訴えていたミーナでさえも同様だった。



「おいエルイーザ。さすがにこれはダメだろ。シナリオはオモチャじゃねえぞ!」


「あんだと? ソーヤのジジイだって手前勝手にいじくったろうが! これはアタシのイベントだ。だから自由気ままにやらせて貰うからな!」


「姉御かっけぇー、一生ついて行くッス!」


「ヌッフッフ。これはこれは、楽しくなってきましたねーぇ?」



酔っぱらいたちによって、イベントが大きく変容した。

これが仮に素面(しらふ)であったとしても、エルイーザとピュリオスの2名が揃ってしまえば、大抵は惨事となるのだが。

それからも皆がエルイーザを説得しようとしたが、タイムアップ。

ゲームの再起動によって、交渉は敢えなく中断となってしまった。


酒の勢いで物事を決めてはいけない事を、リーディスたちはこの瞬間に学んだのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る