第19話  暗く輝くソガキス

カバヤの街で突如捕らえられたリーディスたち。

領主に無実を訴えるが、彼は一切聞く耳を持とうとしない。

あれから牢屋へと閉じ込められ、古(いにしえ)の刑が執行されるのを待つばかりとなっていた。

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ーーガァン、ガァン!


金属音が石造りの空間に鳴り響く。

ここは地下牢獄である。

空気はよどみ、湿気が肌にまとわり付くように立ちこめ、灯りは数ヵ所に設置されたランプのみだ。

薄暗く、そして重苦しい。

更にはいずこからか腐臭すら漂っており、一行は快適さからは程遠い環境下にあった。


こんな所で囚われの身分となったなら、一刻も早く抜け出したくなる事だろう。

怒りからか、それとも不快感からかは不明だが、リーディスは延々と鉄格子を蹴りつけていた。



「ふざけんなオラ! 出せっつうのコラァ!」


「勇者さん、暴れないでください。ただでさえ狭いんですから」



牢屋の広さは3人用である。

そもそものストーリーから考えれば十分なスペースであるが、現在は5人の大所帯(イレギュラー)だ。

身を屈めて大人しくする分には問題ないが、熱血漢による怒りの演技が場を乱す。



「ふざけんな、出てこいよ嘘つき野郎!」


「狭くて仕方ないですねぇこうなってしまっては身を寄せ合って耐え忍ぶしかないですよぉ」


「メリィ! 勇者さまから離れなさいよぉ……ッ!」


「何ですかリリア。あなた用のコケならそこに生えてますよ」


「人を唐突にマニア扱いすんな、つうか早く離れなさいっつうの!」



ここぞとばかりにメリィがリーディスの背中にへばり付く。

それを引き剥がそうとリリアが踏ん張るが、まるで溶接でもされたかのように離れなかった。

さながら脱衣不可の呪いのアイテムだ。


一方マリウスは牢の隅に背中を預けつつ思案に暮れていた。

参謀役に似つかわしく脱獄を企てているようにも見えるが、全く別の事に意識は向けられている。

もちろんイベントが気がかりなのである。

本来なら耳にもおぞましい刑罰が公言されるところ、猫の圧倒的な可愛さにより雰囲気が台無しにされてしまったのだから、頭が痛む思いだ。


ーーどう取り繕うつもりでしょうか。ソーヤさんには考えがあるようですが……。


苛立ちがひとしきり溜まると、マリウスは少し身動ぎした。

その時彼の腿がミーナの足に触れてしまう。

「すみません」と小さく謝る。

しかしよくよく見てみると、マリウス自身は隅に追いやられているのに対し、ミーナはいくらかスペースにゆとりを残していた。


ーーもう少しそちらに動いてもらえれば楽なのですが。


指摘すべきかどうか迷っていると、ミーナは頬を桃色に染め、マリウスに告げるのだった。



「えへへ、ごめんなさい。牢屋って狭いから、こんなに密着しちゃって……」



最強ヒロインの乙女フレーズが炸裂。

そう、彼女は無策に座りこんでいるのではない。

この状況にかこつけてマリウスと体に寄り添おうと目論んでいるのだ。

それを見抜いたマリウスは考える事をやめた。

恐らく何をしても無駄だろうと悟ってしまったからだ。


ハッキリ言って、一行は場を活かす事が全くできていない。

本来なら窮地に追い込まれて、陰鬱さと絶望を感じさせるシーンであるはずが、現状の空気はそこからかけ離れすぎている。

例えるならダブルデート、あるいは修学旅行中のカップルだろうか。

鉄格子さえ目に入らなければ恋愛イベントの一種にしか見えず、もはや小手先でどうにかなる段階ではなかった。

従って、マリウスは策を弄するのをやめ、些細な雑談をミーナと繰り返す事にしたのだ。

ため息交じりの対話に、彼の心労が伺えるようである。


そんな騒ぎが続く中で、何者かの足音が辺りに響き渡った。

リーディス一行以外に収容者の居ない牢獄では、その音は嫌でも目立つ。

足取りは妙に遅く、どこか勿体振るようにも感じられる。

やがて収監されている牢の前で止まった。

鉄格子の向こう、勝ち誇った顔を覗かせたのはソガキスである。



「ザマァないな、貧民のゴミどもが!」



彼は顔を醜く歪ませて言い放った。

こうしてわざわざやって来たのは所謂テコ入れ、先のシーンでの失態を挽回する為である。

肝心な局面で猫が邪魔した事で、そこそこホンワカしてしまった分を、どうにか軌道修正させる必要が生じたからだ。

その重要性は全員が理解しているため、阿吽の呼吸で流れに乗る。



「あなたは……。こんな真似をして恥ずかしくないのですか! 女性(わたし)に乱暴しようとし、不利になれば逃げ、あまつさえ父親に泣きつくだなんて!」


「アッハッハ! いい鳴き声だ。もっと喚け、もっともっと愉しませろ」


「なんていう外道なの。魂が下衆そのものじゃないの!」


「我が一族は国一番の名門だ。すなわち、私に逆らう事は王に逆らうも同然。ならば死罪、死罪、死罪だ! どうだ悔しいか。それも明日になれば終わりだ。貴様らは骸になるのだからな!」


「……これは言うだけ無駄ですね。この手のタイプは、忠告や苦言が聞こえない耳をしてます」



どんな言葉もソガキスは頬を歪ませて受け流した。

薄ら笑いを酷薄に浮かべる仕草は父親に良く似ている。

歴戦の戦士としての凄みに欠ける分、単なる外道にしか見えないが。



「明日には全員を処刑してやるからな。楽しみにしてろ」


「オレたちを死なせてみろ、邪神を倒せるヤツが居なくなるぞ!」



リーディスの言う通り、収監されているメンバーが世界最後の希望なのである。

配下の魔物を撃退するくらいなら、勇者の力に頼る事なく成し遂げられるが、邪神だけは別格だ。

特別な加護が無ければ、悪の元凶に打ち勝つ事はできない。



「心配はいらんよ。勇者伝説とやらは、この私が引き継いでやろう。そもそも貴様のような出自の怪しい男よりも、私のような高貴な人間にこそ相応しいと思わないか?」


「バカを言わないで。そんな理屈が通るハズないでしょ!?」


「いい加減目を醒ましなさい。本当に世界が滅びてしまいますよ!」


「もし仮に邪神が倒せなかったとして、それがどうしたと言うのだ。カバヤを見ろ。魔物を圧倒する精兵に、最新鋭の兵器が揃っている。片田舎などは魔物に滅ぼされるやもしれんが、この街だけは永遠に落ちる事はない! つまり、貴様らを殺したとて、我々は痛くもかゆくも無いのだ!」


「この男、どうかしてるわ……」


「ハッハッハ、悔しいか! 私には全てを実現させる力があるんだ! だったら行使するだろ! これが神に選ばれし特権階級の力だ!」



不快な哄笑が響く。

余りにも自分勝手な振る舞い、己の願望と世界平和を天秤にかける傲慢さ。

そんな無法は勇者の血が許さない。

リーディスの拳が硬く握られる。



「一発殴らせろオラァ!」


「アーッハッハ……ゲフウッ」



鉄格子の目は粗い。

そのためリーディスの拳はソガキスの頬まで易々届き、見事にクリーンヒットした。

殴られた側は想定しない出来事に吹き飛び、受け身すら取れずに壁に激突。

辺りに白い小石のようなものが散らばる。

ソガキスの歯が折れたせいだ。



「あっ、やべぇ」


「今のは殴れちゃダメじゃない? チクショウーとか言って悔しがる場面でしょ」


「すまん、つい手が出た。あんまりにもこう……ムカついたからさ」



あまりの激痛に気絶しかけたソガキスだが、目を涙で滲ませつつも意識を保つ事に成功した。

とれ高は十分。

後は高笑いのひとつでも上げながら立ち去れば完了である。



「そ、その、ケホッ。その元気もいつまで持つかな! アヒタが楽ひみだなゲッホゲッホ」



不明瞭に嘲笑い、そして口の端から血を滴らせながら去っていった。


処刑前のやり取りは以上。

それからは特に来訪者もなく、そのまま一夜を過ごした。



翌朝。

街の広場に人だかりができていたのは、珍しくも公開処刑が執り行われるからである。

辺りには好奇心と不安をない交(ま)ぜにしたような会話が華を咲かせていた。

処刑されるのは強盗らしい、いや勇者の偽物が出た、いやいや途方もない変態だぞと好き勝手な噂話が囁かれた。

そんな有象無象な声も、ソーヤ親子の登場で鳴りを潜める。



「諸君、これより大罪人の処刑を執り行う! あまりの残虐さに封じられた『フミャォーーアッ』の刑だ!」


「フッフッフ。お前らの、悪運も、こ、これまでだ」


「倅(せがれ)よ。今は無理して喋らなくとも良い」


「は、はい」



ソガキスの頬が少し腫れている。

手当てが施されはしたが、全快とまではいかなかったのだ。

喋り言葉に多少の難が残っている。

それはさておき、住民たちからは悲鳴が起きた。

刑の趣旨を聞くなり誰も彼もが恐怖におののいたのだ。



「まさか、あの処罰を執行するだなんて!」


「女神様。どうか憐れな罪人にお慈悲を」



祈るような、許しを乞うような声が聞こえ出す。

もちろんソーヤが手心を加えるはずもなく、躊躇せず配下に命を下した。



「衛兵、罪人を処刑台へ!」



そのソーヤの顔は、若干やつれていた。

寝る間も惜しんで刑罰について考え込んだからである。


兵士によってリーディスたちが引き立てられていく。

群衆の中央はポッカリと空白地帯ができており、そこには丸太が5本立てられていた。

全員が次々と縛り付けられる。


彼らの背後には数台の幌馬車が止まっており、荷台には檻が乗せられていた。

布で覆い隠されている為に中身までは確認が出来ないが、空(から)でないことは何物かの気配で分かる。



「閣下、準備整いました!」


「よし。では放て」


「ハハッ!」



合図によって一斉に檻の錠が外された。

すると中からは、窮屈さに耐えかねた獣たちが雪崩のように飛び出してきた。

数えるのも困難な程の頭数である。

それらは迷うこと無く、手当たり次第に罪人へと押し寄せたのだ。



「どうかね、罪人諸君。文字通り手も足も出まい」


「ミーヤゥ」


「まぁ、出ないな」



リーディスが呆れ顔で答える。



「耐えがたかろう。あまりの苦痛に、衝動に」


「ミャウー、ミャゥー」


「はぁ。これが何だと言うのです?」



マリウスが合点のいかない顔で問う。

ソーヤは気後れした様子もなく、手のひらを勢いよく突きだし、注目を存分に集めるようにして叫んだ。



「これぞ忌まわしき処刑フミャォーーアッ! 罪人の両手足を拘束し、そこへ愛くるしい子猫を大量に放つ。どうだ、愛でたいだろう。構いたいだろう。それらは何一つ出来ぬがなぁ!」


「ミーヤゥ。ミーヤォゥ」


「えっと、これはふざけてるの? それとも真面目なヤツ?」


「リリアさん。一応乗ってあげた方が……」


「あぁ、そうね。卑怯もの! なんて恐ろしい事を考えるのよ!」


「ハッハッハ。苦しみ悶えろ! そしてそのまま果てるが良いわ!」



集められた子猫たちは皆、生後三ヶ月くらいの一番良い時期の子たちだ。

元気に暴れまわる程に元気であり、好奇心も旺盛で果てが無い。

そんな天使たちが今、広場に数えきれないほどに溢れている。

猫好きであれば、正気を失わんほどに狂喜乱舞しかねない光景であろう。



「これ、どうすりゃいい?」



呆れるリーディスだが、彼の足には何匹もの子達が歯を立てている。

噛みたい年頃なのだ。



「どうやって乗っかれば良いのでしょうか」



リアクションに困るマリウス。

彼の体には多数の子か張り付き、頭上を目指して登っている最中だ。



「これは真面目なヤツなんでしょうか。それとも、真面目にふざけようとしてますか?」



ミーナは小柄なので、早くも天辺を制覇されてしまった。

甘い香りでもするのか、ヘッドトレスがひっきりなしに匂いをかがれる。



「一応、ダメージのあるヤツも居るわ。隣見てよ」



リリアが促した先にはメリィが居る。

彼女は口端からヨダレを垂らし、瞳孔は全開、半狂乱の表情となっていた。

どうにかして縛めを解こうと、身をよじって両手足を動かすが、非力な少女に縄から抜け出すという芸当が出来るハズもない。



「アァッアッアー! かんわぃぃい触りたい撫でたい抱っこしたいぃい!」


「あーぁ。やっぱりね。メリィは猫となると目がないもんね」


「腹毛モフモフ頬毛モフモフ! アゴ毛モフモフにアシ毛モフモフ! アシモフモフゥッ!」



うっかり『モ』と『毛』が混同しそうになる程の錯乱ぶりだ。

おそらくゲーム画面向こう側のユーザーは面食らった事だろう。

もちろん、そんな気遣いをする余裕などメリィにはない。

考えている事はただ1つ。

いかにして子猫と存分に戯れるか、についてのみであった。



「ハッハッハ、辛いか苦しいか! そのまま衰弱死してしまえ!」


「死因それかよ」


「ただ単に縛って晒し者にしたとしても、同じ結果になりますよね」


「無理矢理に猫をこじつけたわね。まぁ他にやりよう無さそうだけど」



大声による力押しで、ソーヤは眼下を『残虐な刑』と言い張った。

反論したい気持ちは山々だが、リーディスたちは追求の言葉を飲み込む事にした。

設定上、世にもおぞましき刑に苦しめられる一行。

彼らは一人として助け出される事もなく、イベントはクライマックスへ向けて動きだす。


地鳴り。

そして悲鳴。

慌て出す群衆を掻き分けて現れたのは、城門警備の兵士だった。



「閣下、一大事です! 魔物の大群がこの街へ向かって進軍中!」


「なんだと! 至急兵どもを集めよ!」


「ハハッ!」



これより防衛戦が始まる。

魔物の侵入を許したカバヤは半壊、ソーヤ親子も勇者乗っ取りを企んだ挙句に命を落とす運命が待っている。

それが打ち合わせ時に確認した内容であり、ソガキスの罪を相殺するためのイベントの結末である。


そんな恐ろしい未来を見据えても、彼の演技は全く曇らない。

囚われとなったリーディスたちはその後ろ姿を、ただ見送る事しか出来なかった。

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