第18話  禁じられた刑罰

ミーナの救出に無事成功した一行の次なる目的地はカバヤの街となった。

今回は過去最大級の改編が見込まれており、アドリブ枠が相当に広くなると予想される。

果たしてソーヤ親子は演じきることが出来るのだろうか。

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【イベント:勇者の称号 を開始します。】


「お前たち、止まれ!」


「おとなしくしろ、抵抗するな!」



カバヤの街に入るなり、突然衛兵によって取り押さえられた。

事情を知らない体(てい)の一行は、ひとまず慌てたフリをする。



「おい、何をするんだ。放せ」


「痛いってば。のし掛からないでよ!」



リーディスたちを屈強なる兵が組伏せてゆく。

さらに彼らを数十人の武装兵がグルリと囲んだ。

兵の練度は中々に高い。

あっという間に、アリの這い出る隙間も無いほどの布陣が完成してしまうのだった。



「飛んで火に入る夏の虫……とは、まさにこの事」



ーーズシャリ。


取り囲む陣が割れる。

すると、重厚感のある音が迫り、周囲を威圧するようにして男が現れた。


齢は50前後の壮健な男。

燃えるような朱色に染まった、短く反り立つ髪。

頬には大小の誉れ傷。

鍛え抜かれた体は頼もしく、上等な半身鎧が小さなものに見える。

生まれつきの長身も相まってか、さながら巨人のような印象を、見るものに与えるのであった。


彼こそが前線の街を支配する、カバヤ領主ソーヤ。

歴戦の戦士の鋭い眼光が、ギロリとリーディスたちを射抜く。

これまで数々の戦闘をこなしたメンバーでさえ、寒気を覚えるほどの力があり、掴みとしては悪くない演技であった。



「ソガキス。襲いかかった不届き者とは、こやつらで間違いないか?」



大きな体に隠れて目立たなかったが、その後ろにはソガキスが控えていた。

彼は下問されるなり、静かに、そして流暢な口調で答えた。

貴族の子弟に相応しい気品ある態度で。



「父上。間違いなく賊の者共です。魂に刻み込んだ顔を、決して忘れたりはしません」



ソガキスは前回の登場時に比べ、今は別人の様に身なりを整えている。

白金色の長髪を後ろに撫で付け、後れ毛の一切無い清潔感のある髪型。

整えられた眉は理知的であり、引き結んだ唇は厳格な父を真似るかのようだ。

さらに鎧まで父とお揃いだが、息子の方はずっと華奢な為に、若干着なれていない様な印象を受ける。

だが、少なくとも野盗山賊の類いには見えない程度には、服装と立ち振舞いを取り繕っていた。



「そうかそうか。凶悪な犯罪者を手早く捕縛できたのは、女神の幸運に授かったと言えよう。儂自らが鍛えた兵を、易々と打ち倒すような連中を野放しには出来ぬ」


「精鋭を率いての訓練中であったにも関わらず、無闇に被害を出してしまいました。己の非力さを恥じ入るばかりです」


「構わぬ。武装を解いた休息中での事だ。次から油断をせねば良い」


「おい、お前らは一体何の話をしてるんだ。オレたちは王様の命令でやってきた勇者だぞ!」


「ハッハッハ。訛(なま)りが酷くて聞き取れん。誰か分かるものは居るか?」



ソーヤの言葉に衛兵が一斉に嘲(わら)いだす。

これは1週目に無かった『仕掛け』である。

今回の為にソーヤ親子が、全てのモブキャラたちがこの場面で笑うよう個別設定をしたのだ。

細やかな仕事からは彼らの真剣さが窺える。

その想いはリーディスたちの胸を打ち、迫真の演技によって報いられる事となる。



「ふざけるなッ! オレたちにこんな事してタダで済むと思うなよ!」


「領主様、どうか国王陛下に使者を送ってください。僕たちへの無用な疑いも晴れるはずです!」


「貴様らは勇者の名を騙るが、あまりにも不恰好。醜悪なまでに貧相。本物かどうかは極めて疑わしい。更にこちらは10名もの騎士団員が瀕死の重症を負わされた。これは果たして正しき者の為すことか?」


「それは私がやったんです! 廃屋に連れ去られて、酷いことをされそうになったから!」


「そうよそうよ。ミーナちゃんは悪くないわ!」


「ともかく、早く離してください。美少女の虐待は死刑なんですよ」


「ソガキス。この戯れ言についてどう思う?」


「言いがかりも甚だしい。犯罪者は保身が第一。誇りすら持たずに生きる者の言である、としか感じません」



それをお前が言うのか、という声が聞こえてきそうであるが、ソガキスは役目を立派に演じている。

ソーヤは『我が意を得たり』とでも言いたげに、厳つい顔を大きく歪めた。



「これ以上の議論は無用。ともかく牢屋に」


「ハハッ!」



ここまでは実に順調。

リーディスは困惑する演技の最中も、内心ほくそ笑んでいた。


ーー中々やるじゃん。これは良イベントになるかも。


だがその時リーディスは、メリィがあられも無い方を向いていることに気づく。

明らかにソーヤ親子とは違う場所を見ていたのだ。



「おいメリィ。話に集中しろ」


「すみません、向こうの猫ちゃんたちが今にも喧嘩しそうで……」


「そんなもんは後にしとけよ。次のオフに遊んでて良いから」



メリィを小声で叱った。

今は真剣勝負の真っ最中だ。

些細なキッカケで失敗でもしようものなら大事である。



「父上。この者たちは処刑するのでしょうか」


「もちろん。だが、普通に殺したのでは面白くない」



ニヤリ。

獰猛な笑みが浮かぶ。

その迫力は凄まじく、演技と分かっていても寒気を感じるほどであった。



「そうだ……アレが良い。残虐の余りに歴史の闇へと葬られた処刑法がある。それを再び、実現させようではないか!」


「そ、それは一体、どのようなものでしょうか……」



ソーヤはすぐには答えない。

溜めを作っているのか、頬の傷跡を指先で擦るばかりだ。

彼の両目はますます覇気を強めていき、最後には狂気をはらんだように大きく歪んだ。

台詞無しに他を圧倒する姿は、まさに怪演そのものの名演技。

誰かが緊張のあまりに、ゴクリと唾を飲む。

時は来た。

満を持して、ソーヤの口が酷薄に動く。



「あまりにも残虐がゆえに封じられし、処刑法。その名も【フミャォーーアッ】だ。一切の慈悲無くこの者たちを【フシャーフニャーア】することだろう」



猫だ。

唐突な猫の喧嘩だ。

よりもにもってこのタイミングで、猫の争う声に邪魔されてしまったのだ。


だが落ち込むのはまだ早い。

これはソーヤ本人の台詞ではなく、無関係の音声が遮っただけである。

モブキャラたちがこの横やりを無視して、意図通りの動きをする可能性は残されている。



「承知しました。急ぎ『フミャォーーアッ』の準備を致します」



失敗だ。

あまりにも結果は無慈悲であった。

名称の改編は、無関係な雑音でも有効らしい。

これまで積み上げた緊張感は完全に霧散し、一気にコメディへと舵が切られてしまった。


リーディスは意味深な目配せをソーヤへと送る。

『大丈夫か?』と問いかけたつもりだった。

すると、彼は小さく頷いた。

『心配するな』と言うかのように。



「よし、連れていけ」


「さぁ立つんだ!」


「嫌です、放してください! フシャーフニャーアだなんてあんまりです!」



メリィが迫真の演技で抵抗を試みるが、これは嫌味であった。

あんまりなのは彼女の言葉であろう。

敢えて失態を大声で叫んでいるあたり、傷口に塩を塗る行為そのものと言えた。


牢屋へと連れ去られていくリーディスたちを横目に、ソガキスが問いかけた。



「父上、まことに宜しいのですか? そのような大袈裟な刑でなくとも……」



暗に『別の刑罰に切り替えよう』と提案したつもりであった。

斬首などに切り替えればシリアス展開も続行可能である。

その言葉にソーヤは首を横に振る。



「これで良い。儂に任せよ」


「……父上の御心のままに」



刑は変更なく、強行される事となった。

だが言うは易し、行うは難し。

これよりソーヤは『フミャォーーアッ』という『ほんわかネーム』になぞらえつつ、残虐な刑を考え出さねばならない。


今の判断がどのように転ぶのか。

ソガキスは不安な胸の内をおくびに出さず、ただジッと父の横顔を見ていた。

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