第13話  聖女誘拐劇

漁村イサリを出発し、一行は真北へ向かって進んだ。

順路を示す街道は深い森を貫き、小川に架かる橋を挟み、次なる町へと続いている。

今回のイベントは、その橋近くの小川で起こる。

公式シナリオでは聖女が拐われ、リーディスが窮地を救い、悪を成敗するのだが。

果たして今回の物語やいかに。

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一路北へと進むリーディスたちだが、道中は大変な困難が予想される。

何せ唯一のアタッカーにして戦闘の要であるミーナの行動パターンが変更されて、怯えるという形で不能になるのである。

もはや冒険の継続は不可能に思われた。



「ミーナ。エルイーザが工夫したって言ってたが、心当たりあるか?」


「すみません。私にもサッパリで」


「どうしたもんかな。まともに戦えりゃいいけど」


「僕たちに拒否権はありません。ユーザーさんの気の向くまま動くしかありません」


「そりゃそうだがよ……」



移動中に小声で囁き合う。

可能であれば敵が現れる前に事態を確認しておきたいが、それは叶わなかった。

間の悪いことに新たな魔物が襲来したのだ。


【鎧の魔獣が2体現れた!】


鎧の魔獣とは、鋼鉄の鎧に身を固めた大虎である。

極めて重厚な守りに加え、鋭い爪と牙がリーディスたちを窮地に追いやることだろう。

ユーザーはというと、これまでのプレイングと変わらず全員攻撃を選ぶ。

ミーナに起きている異変に気づきもしなければ、当然の判断といえる。

そして、彼女のターンになると、それは起きてしまう。


【ミーナの攻撃。だが敵に怯えている】


腰が引いた状態で、ナイフを振り回しながら叫んだ。



「キャァアッ! こないでください!」



もちろんダメージなどない。

攻撃失敗である。

味方に悪さしないだけマシであるが、この様子では戦闘どころではない。

そしてリーディスとマリウスも素手で戦うが、案の定傷一つ負わせることができなかった。


【鎧の魔獣の攻撃】


2体とも標的をミーナに定め、凶爪が小さな体に襲いかかる。

華奢な体は間もなく無惨に引き裂かれるであろう。

と、思われたが。



「来ないでって言ったじゃないですか……」



恐怖で硬直した彼女の体が、突然滑らかに動きだす。

まるで風に揺れる柳の枝のよう。

そのしなやかさは見事強烈な攻撃をかわし、さらに腕にまとわりつき……。


ーーゴキリッ!

ーーグキャッ!

ーードォン!


2匹の大虎は利き手を壊され、さらにハンマーパンチを見舞われてしまう。

頑強を強みとした魔物も、原型を留める事すら叶わずに地べたに這いつくばった。

一指たりとて動かない、即死だ。


これがエルイーザの言う工夫であり、『カウンター技能の付与』であった。

攻撃を受けた際に無条件で発動する。

カウンターの一言で片付けるには強力すぎるが、ミーナは大陸南部最強のキャラクターなので、凶悪な破壊力となってしまっている。

更にこの工夫は大きな変化をもたらす。


【戦闘終了。リーディスはレベル4になった】

【マリウスはレベル5になった】


味方が生存可能となったのだ。

そのおかげでレベルも上がる。

これにて、ミーナの一人舞台も終わりを告げたのだった。



「はぁ……。ようやくレベルアップかよ」


「まだまだ弱いですが、これは大きな進歩です」



2人もやっとの成長に顔色を良くした。

今後の戦闘にも期待が持てるからだ。

実際その予感は的中し、おこぼれに預かるようにして戦後報酬を積み上げていく。

その結果、何度かの戦闘を繰り返した頃にはどちらもレベルが二桁代に突入したのだった。

それからも旅は順調に進み、次のイベント地点まで進むことができた。


【イベント 小川の騒乱】


一行が橋の手前までやってくると、リリアが提案した。



「ここには綺麗な水があるわね。ちょっと水浴びしていかない?」


「ほう。リリアも万にひとつは良いことを言うのですね」


「うるさいわね。ミーナちゃんだって入りたいでしょう?」


「ええ、少し休憩をもらえると嬉しいです」



女性陣は満場一致で賛成。

急ぐ理由もないので、男性陣はそれを採用。

男女のグループに別れ、3人は茂みの奥へと去っていく。

すると、システムメッセージがユーザーに問いかけた。


【水浴びをのぞきますか?】

【→いく いかない】


驚異的なスピードでボタンは押された。

タァンッというキータッチ音すら聞こえてきそうである。

この選択によってコッソリ絶景を望み、美しい曲線や柔肌が拝めるかと思いきや。



「ダメですよ勇者さん。そんな真似して恥ずかしくないんですか?」



マリウスによって阻止された。

さっきの選択肢はいわゆる釣り、無駄コマンドである。

どちらを選んでも結果は同じなのだ。

これにはユーザーも怒り心頭らしく、カメラワークをメチャクチャに動かし、画面を散々に揺らすのだった。


そして暗転。

場面は女性陣の方へと切り替わる。

人気のない小川の側で、みんなが装備を解いていた。

武器はもちろん、背負った荷を下ろし、装飾品なども外している最中である。

いくつかの世間話を挟みながら。



「それにしてもミーナちゃんは強いよね。大聖女っていうのは凄いんだね」


「はぁ。私ばかり目立ってしまって、どうも居づらいです」


「でも変ですね。聖女なのに武闘派です。魔法は使えないんですか?」


「言われてみればそうね。簡単な火魔法とか回復とか出来ないの?」


「試したことはないんですが、ダメ……だと思います」



場面に不適切な会話が為されているが、恐らく問題ない。

ユーザーの意識は『いつ脱ぐのか』という1点に集中しているからだ。

一度マリウスによって『お預け』を食らっているので、なおさらに柔肌へ向かう情熱は燃え上がっているのだ。


髪飾り、ヘッドトレスなどが外され、ミーナの指がブラウスのボタンへと伸びる。

生唾を飲み込むようにして見守られるが、お楽しみはここまでである。



ーーガサガサッ!



突然森の茂みが揺れ、何人もの男たちが飛び出してきた。

連中は無防備なミーナたちへ一直線に駆ける。

目的は聖女誘拐だ。

よってメリィの脇を素通りし、邪魔な位置取りのリリアを蹴飛ばし、ミーナを取り囲み始めた。



「あなたたちは何ですか……ムグッ!」


「これが噂に聞く聖女様かよ。ヨダレがとまんねぇな」


「おい、さっさとズラかるぞ!」



ミーナは布で口許をあてがわれると、即座に膝を折った。

そこに何人もの男が群がり、彼女を連れ去ろうとしたのだ。

この仲間の危機を、ただ黙ってみているリリアたちではない。

腰を落とし力をため、各々が得意魔法を唱えた。



「ミーナちゃんを離しなさい、ファイア・アロー!」


「乙女の敵は一人として逃がしません。アイスウォール!」



すると、数えきれない数の炎の矢が飛来し、不届きものたちの体を貫いていく。

想定外の反撃に怯え、その場から逃げようとするが、氷の壁に阻まれて身動きが取れない。

こうして、白昼堂々の誘拐騒ぎは未然に防がれた。


……となるハズであった。


だが現実はというと。



「エッホ、エッホ」



なんの障害もなく、順調に男たちがミーナを運んでいく。

そこには悪事を貫く炎も、捕らえる氷もなかった。

魔法が一切発動しなかったのである。

驚愕するリリアたちに全く構うことなく、ミーナは山の方へと連れ去られていった。



「嘘でしょ! 魔法に失敗したことなんてなかったのに!」


「リリア。これはマズイです。とにかく相談を」


「そうね。早いところ戻りましょ!」



血相を変えて二人が走る。

茂みを掻き分け、木々の間を抜け、懸命に走る。

そしてようやく仲間の所へたどり着いた頃には、息も絶え絶えという有り様だった。

体中にできた擦り傷や汚れ具合を見て、リーディスたちは異常を察する。



「リリアどうした! 何か起きたのか!?」


「ま、魔法が。うまくでなくって……」


「ええと、メリィさん。教えてください。何か事件ですか? ミーナさんはどうしたのですか?」


「わたし、聖女なのに……拐われなかった……です」


「うん……うん?」



余りにも断片的な情報に、リーディスもマリウスも状況が掴めない。

そのために初動捜査は遅れ、後々に大きな悲劇を生み出してしまう事になるのだが、今は誰も知らなかった。


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