第12話  ステータス開示

※注意。

今回はいつもに増して汚い内容となります。

食事中の人はブラウザバックを推奨します。

以下、ほんぺん。

_______

___



ゲームの電源オフ。

そして何度目かの打ち合わせ。

前回に引き続き、いやそれ以上に場の空気は重い。

今回はリリアとメリィまでが沈み込んでいる。

回数を重ねるごとに笑顔が減っていく様は、なんとも言えぬ既視感(きしかん)を呼び覚ますようである。



「なんでよ、どうして私たちは失敗したの?」


「ありえないありえない絶対間違ってるこんなの許さないマジで焼き払うぞクソ虫どもが」



例によって、青空のもとに大きなテーブルと椅子が並ぶ。

だがメインキャストたちには、季節の風や草花の香りなどを味わうゆとりがない。

実際、リリアは机につっぷしているし、メリィは爪を忙しなく噛みながら、とめどなく呪いにも似た愚痴を垂れ流していた。

そして、他のメンバーも余裕がない。

物語の帳尻合わせについて、必死に思考を巡らせているせいだ。



「あのぅ、皆さん。大丈夫ですか? 私も何かフォローした方が……」



ラスボスの邪神が肩をすくめて、かつ周りを刺激しないように、静かに提案した。

最後まで出番のない彼だが、居たたまれなくて仕方がない。

その気遣いに対して反応は鈍く、短くない空白が挟まれた。



「いや、止めておこう。これ以上誰かが動くと収集がつかなくなる」


「……もう手遅れな気もしますけどね」


「なんだよマリウス。他人事みてぇに!」



マリウスの何気ない呟きが、リーディスの神経を逆撫でした。

そして、今までの鬱屈した不満や閉塞感が、とうとう爆発してしまう。

初めに怒声をあげたのはリーディスだが、マリウスとて一歩も退く素振りを見せなかった。

むしろ向けられた分よりも、大きな怒りによって応じた。



「だからあの時に止めたじゃないですか! 製品モードに戻そうと何度も言ったじゃないですか! それを一顧だにしなかったのは貴方でしょう!?」


「だったらどうすべきだったんだよ! 編集モード止めたとしてよ、クソゲーって言われ続けんのを黙って見てろっつうのかよ!」


「物語が破綻するよりはずっとマシです! 何ですかこのエッジの効きすぎたストーリィは! 支離滅裂さに拍車がかかってるじゃないですか!」



主役格の2人が衝突した。

互いに胸ぐらを掴みあい、正に一触即発の様相となる。

周囲にこのケンカを止められる程の人物は……見当たらない。


邪神とミーナは揃ってオロオロと慌て、仲裁とは程遠い動きをする。

諌める声も消極的すぎて、雑音にすらならない。

リリアは呆然と空を眺め、メリィは爪を噛みながらうわ言を続ける。

ルイーズも2人の聖女を慰めるのに必死で、事態に気づくことに遅れを取ってしまう。


このままではチームに亀裂が入って分裂し、演技どころでは無くなってしまうかもしれない。

そんな不安が一同によぎったとき、耳をつんざくような怒声が、辺りに鳴り響いた。



「うっせぇんだよガキども! ギャーギャー騒いでんじゃねぇ!」



誇張無しに大地が震える。

唐突な異変に全員が声の主を探すと、怒り顔の女性が1人立っている事に気づく。

極めて美しく、若々しい女性だった。


絹のように滑らかで、美しく艶のある緑色の長い髪。

それを乱雑にかきあげ、ワシワシと頭皮を掻きむしる。

絵にかいたような二重まぶたにボリュームのある睫毛。

良く通った鼻筋、頬はほんのり朱がさし、薄い唇は桜のように華やかな桃色。


だがその口の端からは、酢漬けの蛸足がチロチロと出入りしていて、さながら蛇の舌のようである。


体つきは扇情的。

冗談のように大きく育った乳房、それと逆行するようにくびれた腰、そして突き出た尻肉。

その悩ましい体を覆うのは、中が透けて見えそうな程に薄地な布切れ二枚のみ。

胸回りと腰周りを、最低限度の働きにて隠している。


彼女はその芸術品のような肉体美を持ちつつも、気だるげに立ち、空いた手でボリボリと脇腹を乱雑に掻く。


さらには足元には酒樽が置かれていた。

頬が赤いのは酔っているせいらしい。



「誰かと思えばエルイーザかよ」


「誰かと思えば、じゃねえよ。テメェらがうっせぇから酔いが覚めちまっただろが」



現れたのはエルイーザ、女神役の人物だ。

彼女は周りに挨拶ひとつせずにドカッと椅子に座り、さらに足をテーブルの上に投げ出した。

際どい服装なので、その動きで秘部が見えそうになるが、それを盗み見ようとする者は居ない。

誰だって命は惜しい。


もう一度言うが、彼女は女神役のエルイーザである。

清らか、かつ聡明であり、万物を愛する慈悲深い神……という設定の神だ。



「オメェらよ。このブッ壊れシナリオをどうすんの。テメェの尻も満足に拭けねぇクソ塗れのゴミどもが」


「うるせぇ。後から出てきた奴が偉そうな事言うなよ」


「ぜーんぶ見てたからな。お前らの雑なプラン立てから、さっきの乳繰りあいまでよぉ」


「乳繰りあいって言うな!」


「情けねぇもんだよ。ちっと失敗したからってピーピー騒ぎやがって。一回決めて動いたんなら腹くくれや! 毒を食らわば皿までって言うだろうが!」



口は悪いが正論だった。

編集モードによる改編シナリオは不可逆そのもの。

一度演じてしまったストーリィを無かったことには出来ない。

なので、2週目の出来事が従来より大きく歪んで逸脱しようとも、最後まで走りきらなければならないのだ。

その重たい事実を前にして、リーディスはもちろん、一同が口をつぐんだ。

一方エルイーザは気にした様子も無く、マイペースに話を続けた。



「おう、そこのヒス女。ステータス画面開いてみな」


「……もしかしてアタシ?」



エルイーザのしゃくったアゴがリリアに向けられた。

唐突すぎる言葉に反応が遅れる。



「いいからサッサとやれよ! 二度同じこと言わせる気かボケ!」

「わかったから、怒鳴らないでよッ」



リリアは悪態をつきつつ、ステータス画面を操作した。

目の前に半透明なウインドウが生じ、彼女の個人情報が表示された。

名前欄にはリリアとあり、レベルや体力が共に空欄なのは、サブキャラクターに転向したからだ。

そして役職についてだが……。



「何よこれ! 役職が『賑やかし女』になってる!?」


「ブヒャヒャ! ぴったしじゃん、何も間違ってねぇだろうが」


「うわぁ。こうやって文字に起こされると……うわぁ」


「じゃあ次。そこのチンチクリン」


「もしかしなくても私ですよね」



メリィが同じように画面を開く。

名前、レベル体力まではさっきと同じ。

そして問題となる役職。



「ぶ……無愛想なクソガキ!?」


「アヒャーッヒャッヒャ! そりゃ盾取れねぇよ、聖女じゃねぇもん!」


「これって、大聖女(ミーナ)が既に在籍してたからか? だからリリアたちの役どころも変化したってのか?」


「そうじゃねぇの? まぁ、詳しくは親父しか知らねえよ」


「親父って誰?」


「……創造主様の事だと思います」



『聖女に枠がある』という読みは正しい。

本来ならば、聖女が一人だけ戦闘メンバーとして参入する。

それが今回は大聖女が参加済みであり、リリアたちもサブメンバーとしての同行だった。

よって問答無用で聖女としての権限が剥奪され、役職についてはイベント中の口喧嘩が反映された形となっている。



「ちょっと待って。その理屈で言うと、私たちどうなっちゃうの? 聖女の力が使えないだなんて、私はただの綺麗なお姉さんじゃない!」


「本当ですよ。私もただの垂涎(すいぜん)な美少女に成り下がってしまいます」



微妙に厚かましい嘆きが聞こえるが、それに構う者は居ない。

なぜなら、エルイーザが本題を提示したからだ。



「はー笑った笑った。前座にしちゃ面白かった」


「前座って何? 私たちの役職について相談させてくれないの?」


「テメェで何とかしろ。自業自得だろバカ野郎」


「そりゃそうだけどさぁ……」


「次はアンタだよ。そこの乳首色の頭した女」


「ええと、私ですか?」


「エルイーザさん、この子はミーナという名前があります。そう呼んでください」


「知らねぇし興味ねぇ。さて、アンタが問題のフン詰まりだな。ここさえ解決すりゃあ腹の中の腐ったクソがたんまり飛び出るってもんさ」


「言いたいことは分かるが……その汚い例え方をどうにかしろ」



なぜわざわざ汚い単語をチョイスするかはさておき、これもまた正論である。

ここまでの展開の歪みは、基本的にミーナが原因となっているからだ。


ミーナを残すために勇者は『力の覚醒』の機会を失い、リリアたちは聖女としての立場を追われた。

さらに彼女は戦闘でも大暴れし、一人だけトントン拍子に成長して、今や大陸南部の最強生物となってしまった。

物語の要である勇者、賢者は主導権を失うどころか、レベル1の足手まとい未満に成り下がっている。

物語中盤である今のうちに手を打たなければ、今後どこまで話が転がっていってしまうか見当もつかなかった。



「ストーリィの矛盾から考えなきゃな。そもそもミーナが大聖女ってところから、だよな?」


「そればかりはウチの家来の不始末。ピュリオスに変わって私が陳謝します、はい」


「邪神に謝られてもな。本人はどこにいんだよ?」


「あのですね、その、ピュリオスの出番は先ですので、休暇とばかりに海釣りへ……」


「ふざけてんのか、あの野郎!」



そもそもの大アドリブをかました本人が不在。

修正プランが無くとも、ひとまず謝罪の一つくらいは欲しい所だ。

語気を強めるリーディスに縮こまる邪神。

再び険悪になりかけるが、尊大な足が机に踵(かかと)を落とした。

それでムードの悪化はどうにか止まる。



「頭スッカスカの豚野郎が。ストーリィの解釈なんてどうとでもなんだろ。そこのチクビ頭は、実は内密に隠されてた本当の聖女だった。神殿に居る3人は目眩ましの偽物。それでいけるじゃねぇか」


「エルイーザさん。それは無茶ですよ。街の人たちの台詞だって、全てリリアさんたちの方を本物として扱ってますから」


「それの何が問題なんだよ。一般市民が国家機密知ってるなんてあり得ねぇんだ。それに国王がメイドをパーティメンバーに紹介したのも筋か通る。匿ってるより勇者に委ねた方が安全と考えた、ってね。そんくらい思い付けよ。お前賢者名乗ってるくせに頭悪すぎ。豚と交尾でもしてろ」


「……クソッ」



口が悪く余計な一言を吐くが、妙な説得力のある説明だった。

少なくともこの場において、反論が上がらない程度には。



「あい。オツム貧弱なヤツらに変わって指摘してやる。問題はチクビの行動パターンだからな」


「行動パターン、ですか?」


「戦闘中のやつ。アンタ、やたら二本糞にちょっかい出してたろ?」


「二本……ええ?」


「ミーナ。たぶんオレたちの事だ。味方に攻撃してただろ」


「あぁ、なるほど。はい」


「ステータス開いてみ。そこのサブメニューから見れっから」


「ええと、これですね……」



不名誉なあだ名やら、辱しめに対しても不平を述べず、ミーナは言われた通りに画面を開く。

するとそこには、戦闘中のコマンド選択による、結果のフローチャートが書かれていた。


【攻撃】【魔法】【防御】【逃走】の4つを大項目とし、以降は枝状に分かれる。

そこから知る、ミーナの攻撃後の行動パターンとは。



【攻撃】

 ・敵への攻撃 3%

 ・味方に攻撃 95%

 ・怯えて行動不能 1.5 %

 ・逃走    0.5 %



と設定されていた。



「何だよこれ、味方を殺す気しかねぇだろ!」


「アヒャーッヒャッヒャ腹いてぇー! メイドでも聖女でもなくて、国が寄越したヒットマンじゃねえかクソ笑えるーッ!」


「笑ってる場合かよ。コレをどうする気なんだ!」


「マジでちっとはテメェで考えろよな……ったく」




エルイーザがステータス画面に手を伸ばす。

すると文字が書き換えられ、『味方に攻撃』と『怯えて行動不能』の確率が入れ替わった。



「あいよ。これで滅多に同士討ちは起きねぇ。二本糞どもも戦いに集中できるようになんだろ」


「あ、ありがとうございます! 私、皆さんに迷惑かけっぱなしで心苦しかったんです!」


「いいねいいね。素直な子は好きだよ。クソどもは見習え」


「エルイーザ。勝手なことするなよ。オレとマリウスだけじゃ敵を倒せないぞ」


「そうですよ。これでユーザーは後にも先にも進めなくなってしまいました。ゲームは完全に詰みじゃないですか」


「安心しろって。ちゃんと工夫したからよ」


「工夫って……?」



その時、全員が何かを察知してざわめきだした。



「みんな、ゲームが再起動されたわ。持ち場に戻って!」


「クソッ。頻繁に遊びすぎだろうが!」


「じゃあテメェら、後はよろしくーがんばってー」


「エルイーザ、せめて説明だけでも……!」



こうして具体的な話を聞き終える前に、打ち合わせは強制終了した。

今はともかく、エルイーザの工夫とやらを信じるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る