第9話 一大イベントに向けて
ゲームの電源はオフ。
となれば、待っているのは話し合いだ。
始まりの平原にキャラクターたちが集まるが、多くの者が浮かない顔をしている。
取り分け勇者一行の3人が、であった。
「多少賭けのつもりでいたけどさ、まさかここまで話が変わっちまうとはな」
「だから言ったじゃないですか。今からでも製品モードに戻してですね……」
「マリウス様。もう後戻りは出来ないと思いますよ? 今さら編集モードを止めたら、後々のストーリィと噛み合わなくなっちゃいますし」
「確かにその通りですが……。このままでは遠からず、致命的な失敗を起こす日が来ますよ」
「マリウス。お前はそればっかだな。いい加減気持ちを切り替えろよ」
「勇者さんこそ、少しは聞く耳を持ってくれませんか? ユーザーの不満は想像主へ向けられる事について、1度でも考えたのですか?」
「オレたちは賭けに出なきゃダメなんだよ。失敗を恐れてたら何ひとつ成し遂げられやしないんだ」
「賭けと言いますが、暴走の間違いでは?」
「……なんだと?」
「あ、あの! お二方? ちょっと落ち着いてくださいよぉ……」
物語が意図せぬ方に流れていく現状に、リーディスたちは僅かながら苛立ちを感じていた。
その気持ちは表情に、そして語気にも現れており、場の空気はそれなりに剣呑としていた。
だが、決定的な衝突が起きる前に、状況は変化する。
リリアたちが会話に参加したからである。
「まぁまぁみんな。次のイベントから私たちも参加するからさ、気を取り直してよ。最高の演技を披露してみせるわ!」
「勇者様、このメリィにご期待ください。愛の力があれば全て解決するものです」
「色々と思うところはあるかもしれないけど、仲違いしている場合ではないわ。微力ながら頑張るから、今は気持ちを合わせて頑張りましょう?」
三聖女が殊更に明るく話しかけてきた。
諌められてハッとしたリーディスたちは、不満顔ながらも、矛を収めざるを得なくなった。
さて、次はいよいよ三聖女参入のイベントである。
現在位置のウェスティリアから道なりに進むと、大陸中南部の神殿があり、そこへ近づくとイベントが走り出すのだが……。
「問題有り、なんだよなぁ」
「えぇっ。何がいけないのよ? 注目すべき一大イベントじゃない!」
「そもそも、聖女を仲間にする理由を覚えてるか?」
「もちろんよ。各地に眠る勇者装備の封印を解くためでしょ」
「それだけじゃなく、目の保養という役割も担ってますよ」
「既に大聖女様が居るんだよ。しかもパーティ最強の。更に言えばユーザーからの人気も凄い……」
「あっ……!?」
「三聖女イベントを飛ばしても、問題なくゲームがクリア出来ちまう。だから素通りされる可能性があるぞ」
それまで自信に溢れていたリリアたちの顔から、一気に血の気が引く。
自分の置かれている立場の脆さに気づいたからだ。
1周目では無理矢理に恋愛イベントを押し付けられた正ヒロインたちであるが、先述の通り重要な役割を担っている。
勇者専用の『剣・鎧・盾』は、大陸各地に分けられて封じられており、持ち出すには聖女の力が必要だ。
更にはそれらの装備をすべて揃えないと、後々行き詰まる。
そのため、本来であれば聖女の加入は必須となるのだが、2週目の今は事情が異なる。
上位互換である大聖女が加入済みのため、新たにヒロインを迎え入れるメリットが無いのだ。
評判の芳しくない三聖女イベントをこなしてくれるか、あるいは遠回りをして素通りされてしまうのかは、ユーザーの腹ひとつであった。
「でもさぁ、これでもパッケージを飾るヒロインよ? ユーザーさんもきっと楽しみにしてくれてるわ」
「そうですよ勇者様。今回こそは私メリィが選ばれるはずです。ナンバーワン美少女です。イベントを飛ばすなんて有り得ません」
「ミーナちゃんの人気も凄いけど、私たちもそんなに負けてはいないと思うの。少し心配しすぎじゃないかしら」
それぞれが前向きな見解を述べた。
自分達は愛されているはずである、という言外の自信が垣間見せながら。
だが、現実とは大抵が非情だ。
彼女たちの前で一枚の紙が読み上げられ、絶望の味を知ることとなる。
「マリウスさん。それは何?」
「これはですね。人気投票の結果ですね。登場する女性キャラを対象にしたものです」
「そんなもの、いつの間に取ってたのよ……」
リリアたちが途端に静かになった。
口には一切出さないが、投票結果が気になって仕方がない様子だ。
態度や目線が『早く読み上げろ』と要求していた。
メリィなど目を血走らせる程の圧をかけている。
「では……あくまでも、参考までにお伝えします。まずルイーズさんですが、237票でした」
「そうなの。それが多いか少ないのかはさておき、人様から選ばれるのは嬉しいわね」
「それでメリィさんは、112票です」
「うぅ……。姉さんの半分ですか。私の方が断然可愛いのに!」
「アハハ! アンタがクソ生意気なせいよ。心から反省する事ね」
「それでリリアさんは……」
「うんうん。どうだった?」
好奇心に染まりきった、曇りの無い笑顔がマリウスに向けられる。
対するマリウスは少し気まずそうだ。
陰りの無い瞳を向けるリリアとは正反対である。
「ええっと、その……。83票……です」
「は……ッ! それ本当!?」
「ぶひゃーひゃっひゃっ! 83って! 二桁って何ですかー反省しろだなんてどの口で言うんですかーぁ? ゲヒヒヒヒッ!」
「う、うるさいわね! きっと、私を好きな人たちが運悪く寝込んでたのよ!」
「ところでマリウスさん。気になったんだけど、投票総数って分かってるの?」
マリウスが、これまでで一番大きく動揺した。
その反応が三姉妹の注意を引き、心にさざ波を立たせた。
「総数ですか……。もちろん、分かりますよ」
「聞かせてもらっても良いかしら?」
「応募総数は、およそ8000です」
「ハッ!?」
驚愕の一言だ。
なにせ3人の票を足したとしても、総数の1割にも満たない。
想像以上の不人気ぶりを知ってしまい、流石の彼女たちも言葉を失いかけた。
「ねぇ、もしかして1位って……?」
「はい。ミーナさんです」
「票数って、わかってるんですよね?」
「……7538票です」
「文字通り桁外れの差じゃないの!」
聖女たちは呆然とし、しばらく意識を手放したようになる。
その様子にいたたまれなかなったのは、他でもないミーナであった。
「すみません! 本来ならサブキャラクターでしかない私が、こんなに出しゃばってしまって!」
「ううん。あなたは気にしなくて良いわ。結果には驚かされたけど……」
「そうですよ。あなたは私の次に可愛いので、人気が出るのも当然です。謝る必要はありません」
「ちょっとメリィ。一番可愛いと言うなら、どうして票が入ってないのよ?」
「考えるまでもありません。運営側の不正です」
筋の通っていない自己弁護が聞こえるなか、勇者はパァンパァンと手を叩いた。
それを耳にするなり、皆が注目した。
無言でメリィがリーディスの方に1歩だけ進む。
負けじとリリアがさらに1歩行く。
しばらく先頭の取り合いが続くと、やがて取っ組み合いが始まった。
リーディスはため息を小さく吐きつつも、本題について言葉を紡いだ。
「投票結果については考えさせられるだろうが、後でジックリと向き合ってくれ。今はシナリオの取り繕い方について話し合いたい」
「あぁ、ごめんなさい。あんまりにも衝撃的だったから……」
「すいません勇者様。リリアにはキツく言っておきます」
「メリィ。アンタも同罪よ!」
話題は聖女加入の件に移る。
本来なら待望のイベントであるが、やはり状況は厳しかった。
これまでに指摘された問題点はふたつ。
降ってわいたような大聖女の存在が、三聖女の存在を脅かしている事。
そしてイベントそのものの不評を反映してか、彼女たちの人気が著しく低い事だ。
打開策は容易に見つからず、混迷を深めていく。
そうして実情を知れば知るほどに、場の空気が重くなり、彼女たちの表情も陰っていく。
「聖女が加入する口実かぁ。必然性ってやつが要るのよね」
「そんなの無くても平気じゃないですか? 一緒に行きたいから付いていく……という感じで良いじゃないですか」
「それは難しいかしら。これでも神殿では奉り上げられている設定だし、それ相応の理由は欲しいわね」
「1周目は楽だったなぁ。大陸を救うため、なんて一言で済んでたもんね」
「好きになったから、でいけますよ。勇者様に夢中、愛してる、私をさらって! という感じで!」
「それもダメね。ヒロインがチョロすぎるって言われてたでしょ? 安易な展開そのものが不評なのよ」
「別のアプローチかぁ……むむむ」
なかなか光明が見えない。
なにせ出番の直前で存在意義を奪われてしまったのだから。
案を出しては消え、出しては消え。
そうして議論を重ねていくが、虚しく時間だけが過ぎていく。
そして、そんな彼女たちに更なる問題が降りかかる。
「そもそもイベントのキッカケはどうするんだ?」
「今回も導入はリリアか?」
「そう考えてるけど。また魔物に襲われてる所を颯爽(さっそう)と現れた勇者様に助けてもらってさ、それから神殿に案内を……」
「オレさ、丸腰のレベル1なんだが。ちょっとした魔物すら倒せないんだが」
「あっ……」
「更に言えば、体力も残り1だ。見所ナシに殺されちまうんだが」
「あぁ……ッ!」
リーディスの言葉がトドメとなったのか、リリアたちは絶句した。
もはや調整だの修正だのという段階の話では無くなっている。
意気消沈し、議論が止む。
メリィもルイーズも言葉がない。
だが1人、リリアだけは諦めていなかった。
彼女は自らの頬を強く叩き、奮起する姿を周りに見せつけた。
「2人とも、諦めちゃダメよ! 必ず解決策はあるんだから、ジックリと話し合いましょう!」
「……流石に、今回は厳しいと思うのだけど」
「そんな弱音は最後に残しておくの。もっと冷静に、もっと柔軟に考えて、ひとつずつ問題をクリアしましょうよ!」
「リリア……」
「メリィ。ショックなのは分かるけど、悲しむ事なんて後でも出来るんだからね」
「さっきから鼻くそが見えてますよ」
「テメェをブッ殺して二聖女にしてやる」
良い話になるかと思いきや、結局いつもと変わらぬ喧嘩が勃発した。
2人による迫力満点の『キャットファイト』は延々と続いた。
いつまでも、いつまでも……。
その結果、何ら対策を打ち出すことが出来ないままに、ゲームの再起動を迎えてしまうのだった。
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