第8話  困った困った

大陸最西端の街ウェスティリア。

ここには戦闘ありきのミニイベントが設定されている。

無視して進める事も可能だが、クリアするとそこそこの金が手にはいるので、対応した方がお得である。


イベントの概要は討伐。

脅威に怯える人たちの要望を受けて、街付近に潜む凶悪な魔物を倒すのだ。

さて、2週目においてどのような変化が見られるだろうか。

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「ようこそ。ここはウェスティリアの街だよ」



街の入り口にただずむ青年に話かけると、満面の笑顔で教えてくれた。

彼の背後には石畳で整備された大通りがあり、小振りながらもレンガ造りの家屋や商店が並んでいる。

ここは西部の最大拠点だ。

武器に防具、各種アイテムの購入が可能で、宿泊施設も完備している。


ここからしばらく先は拠点が少ない上に、満足するほどの商店が存在しない。

よって、ここで旅の必需品や上位装備を揃えるのがセオリーとなる。

そういった背景から、討伐イベントも報酬目当てで挑まれるケースが多い。

シナリオライターの思惑を反映してか、住民の誘導もくどさを感じる程に執拗だった。



「怖いわねぇ。北の森に恐ろしい魔物が棲み着いたっていうじゃない」


「この前、でっけぇ狼を見たぞ。あれは北の森だったかな」


「北の森には行かねえ方がいい。とんでもなく強いバケモンが居るっつうじゃねえか」



住民の8割くらいが魔物の話題を口にする。

それほどにまで関心があるとも言えるが、聞かされる側はうんざりすることだろう。

だが、シナリオライターの攻勢は続く。

イベント無視を防ぐために、敵愾心(てきがいしん)を煽るようなセリフも随所に盛り込まれているのだ。



「お前が勇者ヘップションウスの末裔だって? 嘘つけ、それにしちゃあ弱そうじゃねえか」



この住民のコメントには返す言葉も無い。

何せ肝心の主人公はレベル1かつ丸腰で、残り体力も1だ。

『貧相』というよりは『弱っている』と言い表すのが適切であり、今のリーディスは棒キレを手にした村人にすら太刀打ち出来ないだろう。

一応パーティには『大陸西部最強の女』が在籍しているが、それは考慮されることなく、彼らの暴言も止むことはない。



「ヘップションウスの末裔だと言うのなら、北の森の魔物を倒してちょうだい。そうしたら信じてあげるわ」


「何が勇者の末裔だホラ吹きめ。お前なんか北の森の魔物に食われて死んじまえ」


「北の森の魔物を倒すだぁ? 無駄だよ。死体が増えるだけだって」



煽る、煽る。

ここの住人に何の恨みがあるかは知らないが、ひたすらに主人公たちを煽る。

その癖、冷静に必要情報は寄こすのだから、テキスト面の違和感が凄まじい。

『北の森』『凶悪な魔物』『倒せ』という3点セットは、鬱陶しくなるほどに猛プッシュされ続けるのであった。


そして極め付けは長老格の男だ。

彼から正式な依頼を受けて、初めてクエスト受注となるのだが、それがまた神経を逆撫でする。



「ああ、困った困った。これは困ったぞ、兎にも角にも困ったぁーー!」



話しかけるなり、このアピールである。

明から様すぎて聞き流したくなるが、これがイベント開始の合図であるので、無視する訳にもいかない。

グラフィック上において、リーディスは気に障った様子もなく、長老の話に応じた。

我らが勇者様は、このような場面でも勇者なのである。



「どうかしたんですか。何か困ってると言うのなら、オレたちが相談に乗りますよ」


「おお。これは頼もしい! どうか我々の願いを聞き届けてはいただけませんか?」


「一体何があったんです?」


「ここより北に少し進んだ所に森があるのですが、そこにはもう、醜悪で残虐なる魔物が棲みつきまして……我々もほとほと困り果てております」


「そうですか。それは大変だ。オレたちが退治しましょう」


「本当ですか! いやぁ、何と気持ちの良い若者でしょう! 達成した暁にお礼をさせていただきますので、よろしく頼みましたぞ」



長老のセリフが終わると、システムメッセージが流れた。


【クエスト受注:ウェスティリアを脅かす魔物を退治せよ】


これにて討伐イベントが開始となる。

といっても、北の森に出向いたらなら、強い魔物が現れるというシンプルなもの。

専用ダンジョンが用意されていないあたり、製作者の手抜きが透けて見えるようである。


クエストの受注後、ユーザーは武器屋に立ち寄った。

これまでの怠惰がゆえに、資金は心許ない。

それでもどうにか『上質ナイフ』だけを購入し、ミーナへと手渡された。

これは全員が装備できる武器だが、戦略の観点から見れば当然の帰結だ。

主人公の立場が危ぶまれるが、こればかりはどうにもならない。

いくら勇者といえども、レベル1のキャラクターに装備を支給するメリットが薄すぎるからだ。


それはさておき。

街を出発した一行は北の森へと向かった。

そこは未開の地である。

整備されていない古ぼけた道が森へと続いるだけで、他に文明の気配は感じられなかった。



「みなさん。ここが依頼の場所です。狼型の魔物には十分注意してください」



森に足を踏み入れると、マリウスが注意喚起をしたが、すべての魔物に警戒すべきである。

なぜなら如何なる魔物が現れようとも、若干2名は確実に蹂躙されてしまうからだ。

いまだにゲームオーバーを回避出来ているのは、偏(ひとえ)にミーナのおかげであった。



「おい、みんな! 今物音が聞こえたぞ」


「もしかして……これが噂の魔物なんですかぁ?」


「安心しろミーナ。お前の事はオレたちが守ってやる」


「リーディスさんの言う通りです。僕たちの後ろに隠れてくださいね」


「すみません。なるべくご迷惑にならないよう頑張ります!」



彼我(ひが)の戦力差を考えれば冗談にすらならないセリフである。

もう少し状況に沿った言葉を吐くべきだろう。

だがさすがに『オレたちはクソ役に立たないから、ミーナが独りで闘って討伐してくれ』などと言うのは、勇者の……いや、人としてのプライドが許さなかったのか。


ーーガサ、ガササ!


森の茂みが揺れる。

何者かが潜んでいる事は間違いない。

固唾(かたず)を飲んで成り行きを見守っていると、それは大きく動いた。


雄々しき四肢を持った獣が姿を現した。

人間よりも2回りほど大きい狼だ。

灰色の体毛を生やし、毛の流れは頭から尻の方へ一直線に向かっている。

これは風の抵抗を極力減らす為の進化であり、他の獣とは比較にならないほどの素早さを誇る。


魔狼ゲイルウルフ。

スピードに特化した魔物である。

現れるなり姿勢を低くして唸った狼は、牙をカチカチと鳴らしながらリーディスたちを睨んだ。

戦闘開始だ。



【ゲイルウルフが2体現れた!】

【リーディス 攻撃】

【マリウス 攻撃】

【ミーナ 攻撃】



開幕から総攻撃である。

メンバーの中で魔法や特技を使えるものが居ないので、全員が物理攻撃となる。



「グルァアアッ! グァアアー!」


「ドジッたぜ、ちくしょう」


「グハッ。どうか皆さん、ご無事で……」



ゲイルウルフの猛攻により、順調に2枚看板が落ちる。

だが、その隙を狙ったかのように、ミーナの一閃がゲイルウルフを襲う。



「いきます! えいっ」


「ギャン!」



見事一太刀でボスクラスの敵を沈黙させた。

残るは1匹。

サシでの勝負となる。



「グルァアア!」



気迫十分の攻撃。

鋭く強靭な爪が少女の体に迫るが。



「甘いです!」



爪先が体に触れる瞬間にミーナは身を翻し、ナイフを振り抜いた。

脇腹を深く斬り付けられた2匹目のゲイルウルフも動きを止めた。

戦闘終了である。


本来ならここで戦後処理が行われるが、今回は様子が少々異なる。

これより、再び会話イベントが始まるのだ。



「ふう。手強い相手だったな」


「勇者さん。この2匹はまだ息がありますよ。随分としぶといですね」



体力1で蘇った2人が言う。

手本にしたくなる程の『お前が言うな』コメントであるが、イベント中のキャラはステータスに依らず演じなければならない。

体力満タンだろうが、瀕死だろうが関係なく、明確な言動が求められるのだ。

よってリーディスとマリウスは、揺れる視界や笑う膝を懸命に隠し通しながら、進行に必要な演技を続けるのである。



「みなさん、見てください。魔物の子供が居ますよ!」


「キュゥン、キュゥウン……」



同じ茂みから小さな狼が何匹も顔を覗かせた。

するとどうだろう。

2匹のゲイルウルフが体をよろめかせながらも、幼い命を守るようにして立ちはだかったのだ。

剥き出しの歯が揺れている。

腹から血を滴らせながらも、2匹の闘志は萎える気配を見せなかった。



「もしかして、子供を守るために……?」


「クソッ。やり辛いな。依頼のためにも倒さなきゃいけねえのに」


「リーディス様。どうにか見逃してあげる訳にはいきませんか?」


「ミーナさん。気持ちは分かりますが、危険な魔物を放置するのは……」


「でも、街の人に被害は出ていないじゃないですか!」



それは当イベントの肝である。

住民の誰もが『こわいこわい』『困った困った』と連呼していたが、実害を被った者は1人もいないのである。

つまり人間側は『魔物が近くに居たら嫌だからブッ殺してしまえ』という雑な理屈で勇者一行を差し向けた事になる。

アウトローが青ざめる程度の倫理観だと言える。



「リーディス様。今ならまだやり直しがききます。親2匹の命だって、すぐに治療すれば助けられます。そうなると依頼失敗だから、お礼とか貰えませんけど……」


「そこまでして助けたいのか。どうすっかなぁ」



ここでシステムメッセージを介して質問が投げかけられた。

判断はユーザーに委ねられたのである。


【ゲイルウルフ2匹を退治しますか?】

【→もちろん やめておく】


大した迷いもなく『イエス』が選択されてしまう。

それを知ったミーナは、この世界の全てを映し出す『カメラ』に駆け寄った。

上目遣いの瞳は涙に塗れ、力の緩んだ唇はうっすらと開かれる。

首を10度ほど片方に曲げて前髪を揺らし、柔らかく握られた右手の拳は胸元へ。

その姿勢のまま、ユーザーに再び問いかけた。



「本当に、本当にダメですか? 助けてあげちゃ、ダメですか……?」



最強ヒロインの魅力が全開フルスロットル。

煌めくエフェクトの一つでもかけたい所だが、その必要もないほどに画面映えしている。


【ゲイルウルフ2匹を退治しますか?】

【うん →やめておく】


ユーザーの意思は、見事なまでの手のひら返しを見せた。

ミーナは願いが聞き届けられたとあって、曇り顔は瞬く間に笑顔となる。

それはまるで、冬の大地に突如咲き乱れた、花畑のように鮮やかであった。



「ありがとうございます、貴方は優しい人ですね!」



彼女は最大限の笑顔で感謝の意を伝えた。

ちなみにゲームの性質上、カメラ越しにユーザーへ直接訴えかけるような手法は一切ない。

なのでミーナの『お願い』に前例はなく、ゲーム内で初の出来事となる。

またもやアドリブによって、物語は変容してしまったのである。


さて、件のゲイルウルフだが、選択肢の通りに命を奪うことは無かった。

それどころか、ミーナ手動によって手厚いアフターケアがなされた。

傷薬や包帯の使用に、餌やり、さらには毛繕いまでも。

その都度彼女はユーザーに御伺いしたのだが、返答は常にイエス。

光の早さでイエス。

その度にミーナがまばゆい笑顔でユーザーに感謝するので、誉められたい一心でボタンを連打しているに違いない。


やがて一行はその場から立ち去り、子狼との別れを惜しみつつ、次なる拠点へと歩いていった。

ただ無策に『困った困った』と嘆く人たちを残して。

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