第10話 新キャラ加入特典
ウェスティリアの街を出ると、再び一本道を歩かされる事となった。
道は北東に延びており、周囲の景色は山岳地帯へと変わっていく。
南部出身のミーナにとっては見慣れぬ光景のためか、上機嫌であった。
その一方で、半強制的に虚弱体質へと変質されてしまった2人にとって、山道は苦痛でしかなかった。
それでもユーザーの指示通りに動かなくてはならないのが、キャラクターにとって辛いところである。
左手には明峰が連なり、右手には大きな湖がある。
なんとも風光明媚な景色であるが、ゲームにおいては進行方向を制限する『柵』でしかない。
或いは、次なる拠点を見失わない為の『標べ』とも言える。
だがそんなプログラマーの気遣いも『一本道すぎてつまらん』との不興を買ってしまったのだが。
ゲームプレイングそのものはテンポ良く進み、手詰まりの気配すら見せてはいない。
ミーナが敵味方問わずに薙ぎ倒して、常勝無敗でいてくれているお陰だ。
文字通りのラスト・スタンディング・パーソンとなり、チーム内格差を順調に拡大していった。
そのようにして、一行は次のイベント地点である『女神の神殿』へと差し掛かったのだ。
「勇者さん。そろそろ始まりますよ」
「そうだな。具体的な話は何も出来てなかったが……大丈夫なのか?」
「僕が知るはずはありませんよ。あなたと条件は一緒なんですから」
「つっかかるなよ、今のは言葉の綾だ。導入は魔物との戦闘からだが、どうしたもんかな」
「敵はミーナさんに倒してもらうしかないですね。でもそうなると、リリアさんに好かれる理由が無くなりますが……」
その時だ。
森の奥から絹を裂くような声が響いた。
「誰か、誰かぁーッ」
茂みの方から若い女性が飛び出してきた。
そしてリーディスの姿を認めるなり、脇目も振らずに胸へ飛び込んだ。
その女性とはもちろんリリアだ。
これより、三聖女イベントの幕開けとなる。
「どうした。何があったんだ」
「魔物が、凶悪な魔物が私をッ! お願いします、どうか助けてください!」
「わかった、オレたちに任せてくれ。マリウス、ミーナ、敵に備えろ!」
「わかりました!」
臨戦態勢を整え、待つ事しばし。
リリアの言う『凶悪な魔物』とやらは一向に姿を現さなかった。
さすがに不審さを覚え、3人の視線が少女へと向けられる。
リリアはと言うと、いまだに震え続けている。
その姿は狂言とは思えない程の怯え様であるのだが。
「あのさ、魔物ってどこに居るんだ?」
「ここです、私の足元に」
「足元って……うん?」
純白のスカートの裾。
そこには、動物の毛玉のようなものが張り付いていた。
拳大ほどの大きさの塊が、モゴモゴと蠢き続けているのだ。
「これってもしかして……モチうさぎか?」
「そうです、早く取ってください!」
「お、おう。わかったよ」
その魔物はまだ子供であった。
噛みたい年頃なのか、体を揺らしつつも、懸命に布に食らいついている。
「ほらほら。そんな所を噛んでないで、森へ帰んな」
「もっも」
「お母さんが待ってるだろ。早く戻れって」
「もっも、もっも」
モチウサギは不満げな声で鳴くが、聞き分けてくれたらしい。
裾から引き離されるなり、振り返りもせず森へと去っていった。
その姿はさながら跳ね行くボール。
それを見届けるなり、リリアは地面に両ひざをつき、安堵の息を漏らした。
「あぁ良かった! 助けてくださってありがとうございます!」
「いやいや、大した事してない……」
「勇敢で逞しいお方ですね、素敵です本当にもう惚れ惚れするくらい!」
「別に勇ましくはないだろ。あれくらいの事誰にでも……」
「あぁ謙遜もなさるなんて人格者でもあるのですね、私はあなたを愛してしまいました、だから旅に連れていってください」
「ちょっと待て、話が雑すぎるぞ!」
リリアが捲(まく)し立てる。
それはテキストが追い付けなくなるほどの早口だった。
しかも、イベント内容が大幅にキャンセルされている。
本来ならこの後に神殿へと案内され、様々な物語が繰り広げられるハズであった。
不十分なボリュームとはいえど、一応は心の揺れ動きなどといった、最低限度の展開は用意されているのだ。
だが、リリアは全てを吹っ飛ばした。
まるで『煩わしい』と言わんばかりに。
システムメッセージが、状況を反映しつつ流された。
ユーザーに是非を問うためである。
【リリアを仲間に加えますか?】
【うん →いやだ】
一顧だにせず却下されまう。
リリアはそれを知るなり、歯噛みをした。
「いいじゃない、仲間に加えてよ! お願いだからぁ!」
「待てよ。いくら何でも唐突過ぎるだろ!」
「早くしないとアイツが来ちゃうの! だから面倒になる前に、お願い! 私を仲間にして!」
「とりあえず落ち着け。順を追ってくれなきゃ分からない……」
その時、再び森から叫び声が聞こえた。
声質が幼い事を除けば、リリアの時と状況は同じである。
「きゃぁあー。誰か助けてぇ!」
「……ほら。来ちゃったじゃないの」
苦々しくリリアが吐き捨てる。
その後ろの茂みが再び揺れ、もう1人の少女が現れた。
やってきたのはメリィだ。
彼女は両手で子猫を抱き抱えており、そのままリーディスのもとへ歩み寄ってきた。
進路上ジャマだったリリアには蹴りを入れて。
『助けて』などと叫んだ割りには、随分と悠長な様子だった。
「良かった。旅のお方、私を助けてください。もう大ピンチなのです」
「えっと、オレらはどう助ければいい?」
「この猫ちゃんです。実はこの子、大猫の赤ちゃん、つまり魔物なのです」
「そうか……。で?」
「あまりにも可愛すぎて、手を離せなくなってしまいました。このままでは、私は死ぬまで抱っこせざるを得ません」
「何をどうつっこめば良いんだコレ……」
リーディスは頭痛を覚えたように頭をさするが、申し出の通り助けてあげた。
『ニーッニーッ』と泣く子猫を地面に返す。
するとどこからか現れた母猫が咥え、森の奥へと消えていった。
「助かりました。私はメリィと言います。とても勇気のある方なんですね。え、あなたが勇者様の末裔なんですって素晴らしい! しかも格好良いですね素敵です私も是非旅のお供に加えてください!」
「いや、オレまだ勇者とか名乗ってない……」
「ちょっとメリィ。アンタの出番はもっと後でしょ。早くどっかに消えなさいよ!」
「うっさいです。リリアこそ色んな事すっ飛ばして売り込みしてました。抜け駆けはクソ女のやることですよクソ」
「このユーザーさんは2週目だから良いんですぅ。神殿での細々した設定なんて飛ばしたいに決まってますぅ」
出番、ユーザー、設定。
本来なら出ててはいけない文言が矢継ぎ早に並ぶ。
それら全てがゲーム画面上に表示されている訳だが、ヒートアップしている彼女たちは気づかない。
「お願いします。私はあのアバズレなんかよりずっと役に立ちます。そして可愛いです。ほんと垂涎(すいぜん)ものです。どうか仲間にいれてください!」
【メリィを仲間に加えますか?】
【うん →お断りだ】
「そんなぁ。どうしてですか!」
「へっへーんだ。ここのユーザーさんはね、良くわかってんのよ。アンタが性悪女だってね」
「お願いしますユーザーさん! もし私を仲間にしてくれたら、リリアが全部脱ぎます!」
「ちょっと、何を勝手な話してんの!」
「お願いします。モザイクも湯けむりナシの、完全な裸体ですよ!」
「だったらこっちだって! ユーザーさん、私を選んでくれたらメリィが脱ぐわ。アングルやポージングだってお気の召すままよ!」
これはいけない。
物語の破綻も良いところだ。
このキャラクターの崩壊や、劇中劇のような発言がどう受け止められるか。
開発者の遊び心と感じるか、質の低い悪ふざけと思うかは、意見の分かれる所だろう。
「お願いします。ユーザーさん。私を選んで、リリアの痴体を存分に楽しんでください」
「ユーザーさん、私を選んでよ。メリィを延々と好き放題できるわよ!」
「私の裸なんか見てもつまらないです。ド貧乳なんでーめり込んでるくらいなんでー」
「私なんかもう……剛毛よ! もっさもさの毛むくじゃらなの! だから裸を見るならメリィで……」
史上類を見ない自虐的な自薦に、混乱は極まっていく。
リーディスとマリウスは仲裁をするどころか、うろたえるばかり。
そんな中で、とうとう鉄拳による仲裁が入れられた。
「あなたたち、いい加減にしてください!」
大陸最強の呼び声の高いミーナが、怒りの咆哮をあげた。
鋭く突かれた拳。
大きく割れる大地。
その地割れは森まで広がり、巻き込まれた樹木が地中に飲み込まれていった。
「ご自分の体を、身内の体をもっと大切にしてください! そんな悲しい売り込み方、これ以上見たくはありません!」
ミーナが両手で顔を塞いだまま森の奥へと消えた。
リーディスやマリウスも、これ幸いとばかりにその後を追う。
「ミーナ、待ってくれぇーーっと」
「ミーナさん。一人じゃ危険ですよぉーーっと」
呆気に取られていたリリアたちも、そこで我に返った。
「ちょっと待って! 私も連れて行ってよぉーー!」
「お待ちください勇者さま! メリィを置いてかないでくださぁーーい!」
先頭を泣きながら駆けるミーナ。
全力で追うリーディスたち。
さらに背後をリリアとメリィが走る。
こうして彼らの旅は、賑やかさを増して続けられた。
本来のストーリィを破壊し、原型すら留めないままに。
件(くだん)の森からやや離れた所に神殿がある。
その建物の最上階、見渡しの利く部屋に1人の女性が立っていた。
彼女はのんびりとした声でこう漏らす。
「あらぁ? もしかして……私の出番は無いのかしら」
完全に出遅れてしまったルイーズが呟いた。
登場するキッカケを失った事により、彼女の出番は物語の終盤まで待つこととなるのだ。
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