第5話 ゲームは一日一時間
「ミーナ、すまん!」
「ミーナさんごめんなさい!」
始まりの平原にて開幕謝罪。
現在はゲーム機の電源が落ちている為、キャラクターたちには自由な行動が許されている。
なのでこの場所には勇者一行3人だけでなく、王様と三聖女なども顔を並べていた。
「あの、リーディス様にマリウス様。頭を上げてください。私は気にしてませんから。下着はシステム上見えませんし、そもそもお2人のせいではありません」
彼女の言う通り、女性キャラを下から眺めても、太ももの中間あたりまでしか見ることは出来ない。
そこから上は黒一色で塗りつぶされている。
よって彼女の貞操が守られはしたが、心も同様かと言うとそんなことは無い。
事実ミーナは愛想良く答えるが、少しばかり笑顔が曇っている。
多感な年頃の少女が、延々とローアングルから覗き込まれたのだから、仕方の無い事である。
勇者と賢者も、今件については被害者だ。
キャラクターはユーザーの操作に従わざるを得ず、勝手に動き回る事は許されていない。
それにも関わらず謝ってしまうのは、ミーナの純真さや愛らしさが影響しているようだ。
「それにしても、ユーザーは度しがたい奴じゃのう。かれこれ2時間も覗き行為をしておったわ」
「ほんと酷いわよね。どんなに頑張っても見えないものは見えないのに」
「皆さん、この話はもう止めませんか? ユーザーさんも流石に諦めたでしょうし。それから……延々と話題にされ続けるのも嫌なので」
ミーナの言葉を聞いて、一同も怒りを収める。
被害者にとっては、いつまでも話題にされてしまうのも辛いものだ。
「わかった。この辺で話題を切り替えよう。それじゃあ今後のストーリーについて打ち合わせようか」
「次は王城の北、リンクスの街に行くのね。そこで伝説の武器と邪神の情報が少し手に入る。そして……」
「アタシの登場ですねーぇ? 正直なところ、待ちくたびれちゃいましたよ。ヌフフフ……」
粘性の強いイントネーションで発言したのは、邪神の側近だ。
分類上は魔物だが、彼は人型なので魔人とも呼ばれる。
彼の容貌はこうだ。
白い髪を全て後ろに撫で付けており、端正な顔を全て露にしているが、左目の部分を中心に大きな星のタトゥーを刻んでいる。
身形(みなり)も良いとは言えず、濃紫に染まった絹のローブをアシメトリーに着こなしている。
袖も裾も襟も、全てが左右で長さがチグハグであり、袖口も千切ったように乱雑だ。
この真面目さの欠片もない男こそ、邪神の側近である大魔導師ピュリオスである。
「リンクスの街で情報を収集し、街から出発をするとピュリオスが襲ってくる」
「はい、正(まさ)しく。その通りでございますねーぇ」
「当然弱いオレたちは全滅の危機に陥る。だがその時、勇者の力が瞬間的に目覚めて、辛くも撃退に成功する」
「そうですそうです。いわゆるイベント戦というものでございまぁーす」
「……この展開、早すぎないか?」
「こういった手法って昔は良く使われましたけど、少し強引な展開ですよね」
「厳しいよな。まだまだ感情移入なんか出来てないタイミングだし」
キャラクターに愛着などが湧き出す中盤であれば、効果的な演出かもしれない。
だが物語は序盤も序盤。
その段階で、突然敵の幹部に攻め込まれ、さらには主人公の眠っていた力の開花を見せつけられるのだ。
これは『置いてきぼりシナリオ』の面目躍如(めんもくやくじょ)といった所か。
2週目であればユーザーも予め想定済みだが、雑な展開に失笑を買うことは自明だった。
「それでは、イベントを取り止めますかーぁ? シナリオの薄さに拍車がかかってしまいますがねーぇ」
「ううーん。1週目にやってるイベントをスキップするのは変だよな」
「勇者さん、問題はもう一つありますよ。ミーナさんに関係するものですが」
「そうか。パーティ離脱か」
リンクスの街を出発すると、フィールドの構造上から西へと向かうことになる。
道なりに進むと大河にかかる長い橋があり、その手前で護衛キャラは王城に帰還してしまうのだ。
ちなみに橋を渡り終えるとピュリオスとの戦闘が待っていて、撃退後は次の街まで移動するだけとなる。
これには三聖女たちも、それぞれが思い思いに発言をした。
「作中2番目の人気があるミーナちゃんは、何とかパーティに残しておきたいわね」
「そうですね。私の次に愛されているキャラですから。ちょい役にはもったいないです」
「でもあくまでも護衛の名目なのよねぇ。どうにかして同行させる『必然性』を用意してあげないと」
序列を臭わせる『2番目』などのキーワードが妙に明瞭な発音だったが、概ね正論であった。
橋のイベント以降はしばらく2人旅が続くことになる。
物語のテコ入れを考えれば、ミーナの脱落はどうにか避けたい所だ。
考えあぐねる事しばし。
一同が予期せぬ物音でも耳にしたかのように、慌てて辺りを見渡し始めた。
誰もが顔を青く染める。
「大変だ! もうゲームが再開されるぞ!」
「仕方ありません。話の途中ですが、皆さん所定の位置に戻ってください!」
「でも何にも方針が決まってないじゃない。どうするのよ?」
「ピュリオス。お前に全任するから、上手くやってくれ!」
「はぁーい。ご期待に応えてみせますよーぉ」
こうして、全員が居るべき場所へと戻っていった。
長めのロード時間を活用して。
熱中してくれるのは喜ばしいが、頻繁なプレイは打ち合わせに支障を来(きた)す。
やはりゲームは一日一時間が丁度よいのだ。
ユーザーの健康の為にも、キャラクターたちの打ち合わせの為にも。
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