第6話 先を急ぐ理由
2番目の街リンクス。
王都からはそこそこ離れているので、辿り着くには十分な準備やレベル上げが必須である。
このゲームの戦闘に慣れ、武器防具をある程度揃えた後に進めば、程よい手応えを感じる事が出来るだろう。
だが今回の進め方は2週目ということ手伝い、セオリーから大きく外れるものとなった。
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一路北へ。
その道中にて、魔物が容赦なく行く手を阻む。
王都を離れる程に敵の数も増え、徐々に戦闘は厳しさを増していき、少なくとも初期装備とレベルで踏破出来る道ではない。
よって、戦闘行動は全てこのようになる。
【もちウサギが6体現れた。どうしますか?】
【攻撃 魔法 防御 →逃走 道具】
「みんな、撤退だ!」
「すいません。離脱します!」
「ごめんなさい~、私はすっこんでますぅ」
【逃走に成功した。】
逃走は即ち、最短の攻略法である。
実際驚異的な進行具合だが、一度もまともに戦っていないせいで、全員がレベル1のままだった。
ちなみにリンクス到達の推奨レベルは5。
もちろんそれ以降は難易度が上がる一方なので、どこかで攻略に行き詰まるのは明白である。
幸か不幸かはさておき、逃げの一手で目的地へと到着してしまった。
当然ながら所持金までもが乏しいままに。
「まったく。ユーザーは何を考えてるんだ。まさか逃げ続ける気じゃないだろうな」
「とうとうリンクスに到着ですか。2週目とはいえ雑な攻略ですね」
「えっとぉ。今はどこに向かってるんでしょうか。お店屋さんの方へ進んでるようですが」
「金もねぇのに、一体何の用事があるんだか」
テキストとして表示されないよう、可能な限り声を落として話す。
もちろん、キャラたちの疑問符や不信感にユーザーが気付く事はなく、しばらく石畳の道を進む。
すると、一行は武器屋へと到着した。
赤褐色のレンガ壁覆われた店内には、所狭しと武器や防具が飾られている。
高価で強力なものから、お手頃価格のものまで幅広い品揃えだ。
リーディスたちが木の床を軋ませつつ奥へ歩くと、店主の男がカウンター越しに声をかけてきた。
「いらっしゃい。武器と防具ならうちに任せな。何か見ていくかい?」
【買う →売る】
「何を売りたいんだ?」
【→木の剣 木の槍 傷薬 お手軽ナイフ】
「木の剣なら……60ディナで買い取ろう。とうだい?」
【→いいよ やめとく】
頼みの綱と言うには極めて頼り無いが、数少ない武器が売り払われてしまった。
更に槍と回復アイテムまでも同様に売却。
全員が丸腰になる事を引き換えに、一行は150ディナの金を得た。
「他に用はあるかい?」
【→買う 売る】
「何を買いたいんだ?」
【武器 →防具】
「今ある商品はこんなもんだな」
【…… 厚革の鎧 麻の服 →ひらひらスカート】
「ひらひらスカートは……130ディナだが
、買うかい?」
【→いいよ やめとく】
「まいどあり。まだ買うかい」
【うん →いいや】
「じゃあな。また稼いだらウチに寄ってくれよ!」
こうして売買を終え、武器屋を後にした。
勇者一行は全員が唖然とし、言葉を失ってしまった。
去り際の床の軋みが不自然に大きく響く。
入手したひらひらスカート。
それは薄手の生地で出来ている、裾の短いただのスカートだ。
特別な力や魔法効果など一切ない。
しかも防御力までも皆無であり、いわゆる遊びアイテムである。
効果としては、キャラクターのグラフィックが可愛らしく変わるくらいしかない。
少なくとも武器を売り払ってまで買い求めるものではないが、ユーザーの意図はどこにあるのか。
「勇者さん。僕はさっきから悪寒が止まらないんですが、気のせいでしょうか」
「奇遇だな……オレも嫌な予感しかしてない」
「あの、これって、また段差がある方に向かってますか?」
「この先には防壁に併設した階段があったと思うが……まさか」
そのまさかだった。
ミーナにひらひらスカートを装備させ、段差を悪用し、ローアングルからの覗きが再開された。
ここでもキャラクターたちは拒否するどころか、操作されれば無条件で動かざるを得ない。
彼らの意思がどのようなものであっても。
「クソ、止めろ。これ以上彼女を辱しめないでくれ」
「勇者さん、どうにかして拒めませんか?」
「……ダメだ。頭で判断するより前に、体が勝手に動いちまう」
「どこまで人を傷つければ済むのですか。声無き声は届かないんですか」
先程の打ち合わせの時に見せた、ミーナの曇り顔が2人の頭に過る。
傷心を隠して気丈に振る舞ったあの姿を。
目頭が熱くなる想いだが、彼らはデフォルト設定の強い笑顔と、微笑を浮かべたままであった。
気持ちとは裏腹に決められた表情を作る事しか出来ないのだ。
「リーディス様、マリウス様。私へのお気遣いは無用です」
「ミーナ……」
ミーナは小首を傾げ、満面の笑顔で上から見下ろしている。
これも彼女のデフォルト設定なので、表情から心境を窺うことは不可能だった。
「流石にもう慣れました。途中で察したので心の準備もできましたし。それに……」
「それに?」
「見たけりゃ好きなだけ見ろとも思います。どうせ減るもんじゃないし、飽きたら目もくれないでしょうし」
「ミーナ、強くなったな……!」
「勇者さん。これは荒んだと言うべきですよ。意図せず汚してしまった気分です」
それからも角度を変え位置を変え、劣悪な『ファッションショー』は続いた。
この場所だけで1時間。
総計4時間のプレイタイムのうち、3時間がローアングルでの操作となったのだ。
ミーナは『今に飽きる』と想定したが、その時は中々訪れようとはしなかった。
「どこまで性欲旺盛なんだよ。そんなに持て余すなら、ゲーム内の女を追っかけてないで、彼女でも作りゃ良いじゃねぇか」
「勇者さん、それはダメですよ。禁句です」
「えっ何で!?」
「何で、じゃありませんよ。確実に大炎上してしまうんで、イベント中に口を滑らせないでくださいね?」
「良いけどさ。オレは間違ったこと言ったかよ」
リーディスは納得いかないと思いつつ
口をつぐんだ。
だからマリウスもそれ以上言わなかった。
あなたには分からないでしょう、と。
角砂糖に群がるアリの如く、女にモテるあなたには分からないでしょう、とまでは言わずにおいたのだ。
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