第3話  2週目の旅立ち

平和な日々をおくっていた王国が、ある日当然魔物を引き連れた邪神によって侵攻された。

弱った王様は勇者の末裔とその友人の、2人の青年に人類の未来を託す事にした。

それが最序盤のストーリィである。


あれから運良くゲームが起動され、待望の2週目に突入したが、果たして汚名返上となるのだろうか。

画面はオープニングアニメがスキップされ、最初のイベントが写し出される。

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石造りの謁見の間。

そこには玉座に王、左右に側近、そして屈強な警護兵たちが並ぶ。


デザインにこだわる時間が無かったのか、壁の作りはコピペ丸出しだ。

内装に飾りっけは全くなく、床に赤い絨毯が敷かれるのみ。

触れ込みは『介入できる芸術作品』であったはずだがどうした事か。


誇大広告を疑われる環境の下で、主人公である勇者と、後の賢者となる村人が膝を着いている。

これより王の長台詞が始まる。

どうにか上手くやってくれと、勇者リーディスは祈った。



「よくぞ参った。伝説の勇者の末裔よ。既に聞き及んでいるとは思うが、現在王国は滅亡の危機に瀕しておる。邪神は傍若無人にも北の果てに城を構え、我らの心を弄ぶかのように動きを見せぬ。見事悪逆を討ち果たし、再び平和な時を享受できるよう、粉骨砕身に励行せよ」



ライターの嫌がらせとも思える無駄単語が並ぶ。

粉骨砕身に励行ってなんだよと、キャラクターの間でも話題になったものだ。


難シーンであったが、王様は最初の関門を見事に突破した。

言葉も極めて正確かつ明瞭だったので、ゲーム画面には意図通りの台詞テキストが表示されている。

うっかり『粉骨シャイシン』などと言おうものなら、それが無修正で画面に完全反映されてしまう。

それが『システム編集モード』の大きな難点とも言えた。


評価を覆すためとはいえ、素の力でイベントを演じることは博打である。

本番に弱いタイプなら気が気じゃないだろう。

だが幸先の良いことに、王様は名俳優のごとく百点満点の演技を見せた。

これには他のキャラクターたちも大いに勇気づけられる。



「ささやかながら、王国からの支給品を贈ろう。武器の装備は忘れぬようにな」


【木の槍を手にいれた】

【木の剣を手にいれた】

【傷薬を手にいれた】


側近から支給品が手渡されるなり、ナレーションとともにアイテムが追加された。

ちなみにゲームキャラクターたちは、ナレーション部分のテキスト文を音声によって把握している。


それはともかく、滑り出しは実に順調で、開幕のイベントも残りわずかとなる。

残すは物語の伏線でもある、勇者の祖先『ダリウス』の情報を伝えるのみだ。



「ここから平原を西に行くと古い墓がある。それは……ヘップション! ……ウスが眠る場所だ」



唐突なクシャミ。

それがこれまでの好調をすべて台無しにしてしまった。

何せ画面上では『ヘップションウス』と表示されたのだから。

生理現象による反応すら余さずに、意図せぬものまで全てが反映されてしまう。

これが『編集モード』の致命的なデメリットの一つである。



「そこには墓と碑文がある。それを読んだなら、ひとまず戻って参れ。では行くがよい、勇者よ!」


「コイツ、強引に話を進めやがった……!」


「声を落として勇者さん。台詞テキストに拾われちゃいます」



最初のイベントが終わった。

するとゲームプレイが可能となり、ユーザーの意志がコントローラーを介し、世界が動き出す。


さすがに2週目のプレイとなると慣れたもので、動きに無駄がない。

城内のNPCキャラには目もくれず、城下町を迷うことなく抜けて、外のフィールドへと突き進んだ。


始まりの平原。

当然だが、打ち上げ時のテーブルや料理等々は片付けられ、数々の魔物がうろつく危険地帯となっている。

ここから先は戦闘せざるを得ない。

だざ、全てが逃げの一択となった。

敵の強弱によらず、逃走逃走に次ぐ逃走である。


そうしてしばらく平原を進むと、小高い丘に到着した。

その頂上には目的である勇者の墓がある。

ユーザーは寄り道をする気は無いらしく、一直線にそこへと移動した。


【勇者の墓と碑文がある。碑文を読みますか?】

【→うん いやだ】


ボタンを連打でもしたかのように素早く選択肢が選ばれた。

続けてシステムメッセージが碑文を読み上げていく。



【碑文にはこう刻まれている。】

【我が子孫たちよ。もしも難敵と戦う事があれば、各地に遺した勇者の装備を揃えるのだ。それは必ずや大きな助けとなり、邪なる者共を討ち果たす力となるだろう。  ーー勇者ヘップションウス】



これが『編集モード』の本当の恐ろしさだ。

初出の単語名が、後のイベントやアイテム名などに影響を与えてしまうのだ。

メインキャラクターたちは一応は影響を受けずに発言する事が可能だが、整合性をとるために、変更後の単語を使わざるを得なくなる。


賢者が小さく耳打ちをした。

台詞テキストとして扱われないようにコッソリと。



「勇者さん。早速事故が起きましたね。編集モードの弊害ですよ」


「破壊力やべぇな。ダリウスの名前って、今後もあちこちに出てくるってのに」


「どうですか。製品モードに戻しませんか。今ならまだ傷が浅くて済みますよ」


「……いや、続行だ。失敗については取り繕う方向で処理しよう」



それから一行は次イベントのために城へと戻った。

帰路の戦闘は、行きと同様に逃走のみ。

ユーザーは次のシナリオが気になっているのか、タイムアタックにでも挑戦しているかのような急ぎようだった。


それにしても編集モード。

まだ序盤も序盤であるが、汎用的な固有名詞が改悪される事となってしまった。

この失態には多くの演者たちは不安を覚えるが、マリウス以外に『製品モードへの再設定』を提案するものは居ない。

物語の破綻よりも、ユーザーへの歓心を優先したからである。


しかし、物事の吉凶は表裏一体。

何かを為せば、必ず別の何かに影響を及ぼす。

編集モードによるシナリオ改編が、後に

に大きな事件を引き起こしてしまうことを、ゲーム内の誰一人として知らなかった。

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