第2話  脱・クソゲーに向けて

このゲームの売り文句としてはこうだ。

レトロファンタジーな王道ストーリーが、最新技術を駆使した超美麗なグラフィックで描かれる。

高品質な3Dモデリングとテクスチャ、まるでそこに生きているかのようなキャラクターたち。

壮大なBGMに、臨場感溢れるイベントや戦闘シーンが濃厚な世界観を演出。

新旧世代スタッフが贈る、大人も子供も楽しめる超大作RPG。

もはやこれはゲームではない、ユーザーが自在に介入できる映像芸術である……と。


何とも怖いもの知らずな煽り文句である。

果たしてこの美辞麗句の通り、ゲームは製作されたのか。

その答えは、打ち上げ会場がお通夜化したことから自明である。


さて、賢者のもたらした情報だが、余りにも強烈で無慈悲だった。

誰も彼もが意気消沈。

あらゆる会話も途切れがち。

時おり誰かが明るい声をあげるが、ムードを払拭するには至らない。


後は沈黙。

沈黙の後には沈黙があり、更に重たい空気を誘う。

腕によりをかけた料理も喉を通らないのか、モソリ、モソリと重い咀嚼(そしゃく)音が聞こえるばかりだ。


何せ「見所ナシのクソ(原文ママ)」である。

彼らの渾身の演技は好評どころか、大ブーイングの嵐を浴びていたのだ。

現実の舞台であったなら、空き缶やパンフレットが投げ込まれる程の大不評と言えよう。



「私たちの何がいけなかったんでしょう。演技は完璧だったハズです。システムも致命的なバグもなし。事実、ユーザーは最後までクリアできてました」


「どうしてこうなっちゃったの……? 想像主さまもすっごく頑張ったのに、こんな評価じゃ可哀想だよぉ!」



ここで触れられた想像主とはプログラマーやグラフィッカーを指す。

彼らが口々に『頭おかしい納期』を合言葉にしている事を、キャラクターたちは知っているのだ。

自分の産みの親とも呼べる人々の嘆きを、哀しみを、痛いほどに理解している。


このゲームはただの商品ではない。

食う寝る遊ぶの全てを犠牲にし、土日休みという言葉を封印して生み出された、血と汗と寿命の結晶なのだ。

誰もが『どうにかして大成功を!』と願うのも当然と言える。


……だが現実は非情。


場が涙で湿る。

中には声を出して泣くものさえ居た。

誰もが悲しみに暮れたが、この男だけは違った。

勇者リーディス。

彼はオンオフ関係なく、生粋の主人公体質なのである。



「なぁみんな。泣いてても仕方ない。ひとまずは事態の確認をしてみないか?」


「確認……ですか?」


「とりあえず低評価だという事は分かった。でも、そこだけを嘆いても始まらない。不評の原因を掘り下げていかないと意味ないだろ」


「奇遇ですね。私も完全に同じことを考えてました。勇者様とは相性抜群です」


「メリィは黙ってなさい」



こうして、キャラクターたちは意気消沈しつつも、気持ちが地面にめり込む前に反省会を催す事にした。

進行は勇者、アドバイザー兼書記は賢者が務める。



「さてと。じゃあ大まかにで良いから、ポイントのピックアップを頼む」


「そうですね。一番批判されたのはシナリオですね。支離滅裂でワケわからん、ふざけてんの、スッカスカのゴミ……という集中砲火でした」


「ええー。私は良いと思うけどなぁ。世界を旅して、不思議な物事に触れて成長してさ。そんで最後には悪いヤツを倒すの。シンプルで取っつきやすいじゃない」



リリアの言う通り、ストーリー自体は単純明快なものだ。

邪神が現れ、生存を脅かされた人類が勇者の子孫を旅立たせる。

行く先々では仲間と出会い、頼まれ事や冒険をこなすうちに強くなり、強敵の全てを打ち倒してハッピーエンド。

これが大筋の流れであり、要所には様々なイベントが設置されている構造だ。


問題はサブシナリオ。

調整や校正の時間が足りなかったために所々に粗が目立つ。

伝わりにくい台詞回し、説明不足だったりフラグ管理が怪しかったりと、仕上がりが極端に雑だった。

これは納期直前にシナリオ追加となった代償だが、そんな事はエンドユーザーには関係ない。

特急対応の仕事ぶりを褒められることはなく、未完成品のクソシナリオという不名誉な称号を授かる結果となった。



「メインシナリオそのものは好みの問題なので良いですが、サブクエストとかオマケ部分が厳しいみたいですね。プレイヤーは置いてきぼりを食らったようです」


「まぁ……心当たりはあるわね。特に中盤」


「その辺も気になるが、今は細かく突き詰めるよりも全体像を把握しよう。他にはどうだ?」


「ヒロインちょろすぎ。マジでチョロイン。主人公モテすぎワケわからん。惚れたポイントどこだよ、ライターは恋愛童貞か? などです」


「言われてますよリリア」


「待って! こればかりは全力で反論するわ。メリィ、絶対アンタの事よ!」



物語の中盤で三聖女に出会うが、立て続けに仲間入りのフラグが立つ。

そして三人が同時に勇者に恋心を抱き、プレイヤーはその中からパートナーとしたい人物を選ぶ事が可能だ。

ただし結ばれるのも、旅に連れていけるのも一人だけという制約がある。


指摘された部分についてだが、女性陣がリーディスとの恋に落ちた、詳細な描写はほとんど無い。

目と目が合った、魔物に襲われているところを助けられた、死んだ父に似ているからといった理由が語られたくらいだ。

確かに生涯の伴侶を決めるにしては、余りにも動機付けが弱すぎると言える。



「モテ方に問題あり……と。ストーリーについては他にあるか?」


「色々な意見がありましたが、目立った批判はそれくらいですね。次の話題に進んでも?」


「わかった。大丈夫だ」


「ええと、次はシステムというか、グラフィック面でしょうか。3Dキャラなのにパンツが見えない、パンツ見せろ金返せ、などです」


「ば……バッカじゃないの!? そんなもん見せるわけないでしょ!」


「もしかしてさ、ゲーム中にやたら段差の辺りを彷徨(うろつ)かされたのは……」


「その時はカメラワークもグリグリと動かしてましたよね。ユーザーもパンチラポイントを探してたんじゃないですか?」


「冒険そっちのけで延々と壁にタックルさせられたり、道のど真ん中で一日中ジャンプさせられたりもしたな」


「微調整でもしてたんでしょうか。飽くなき探求心だけは立派ですね」



子供もプレイする前提で作られたので、下着は見えないというか、そもそもデータ自体が作成されていない。

だから、どう足掻いても見える道理が無いのだが、パンツにかける情熱というのは凄まじいものがある。

無駄だと気づきつつも直向きに挑戦するのが、男という生き物なのだ。



「その辺も難しいな。幸い今回のお客さんは成人男性みたいだから、対象年齢を気にする必要は無いが」


「でもさぁ、仮に見えるようになったとしてね? 下着で評価が変わったりしたらどうよ。演じる気なんか消し飛んじゃうって」


「まぁな。そこまでユーザーが単純じゃないことを祈ろうか。他には?」


「クリア特典についてですね。アイテムやレベルの引き継ぎナシ。隠しボスやダンジョンナシ。会話の変化一切ナシ。ざっけんな、とのこと」


「クリア特典って何かあったっけ?」


「ライブラリの追加ですね。これまでに通過したイベントシーンが閲覧できます」


「……そんだけ?」


「はい。それが全てです」


「厳しいなぁ……」



前途多難である。

汚名を挽回するには、ユーザーにもう一度プレイしてもらう必要がある。

だが仕様上、再び遊ぶに引き込むだけの魅力が足りない。

さらに言えば、何も手を打たなければ同じことの繰り返しとなるので、恥の上塗りとなるばかりだ。


賢者の報告はそれからも長々と続いた。

細かいことを挙げればキリが無いのだが、ここまで酷いとは誰も予想していなかった。

突破困難な壁を前に誰もが俯く。

だが一人だけが姿勢を崩さず、胸を張って道を示した。

それはやはり、勇者リーディスであった。



「システムの編集モードを使おう」


「勇者さん。正気ですか!?」


「編集モードを実行すれば、イベント時に限ってオレたちの制約がほぼ解除される。上手く立ち回れば、シナリオに対する不満を解消できるだろ」


「それはそうですが……その場合、私たちの負担が増大しますよ? 物語が破綻する危険性だってあります」



キャラクターたちにはイベント毎に台詞や行動など、細かい指定がなされている。

そのおかげで、100回同じイベントが起きても正確にこなす事が出来る。

言い換えれば、寸分違わない結果しか得られない。


よって、一番有効な手段が編集モードへの移行だ。

それを実行する事で、イベント中の制限が無くなり、行動の自由が手に入る。

更には各種アイテム情報などにも干渉することが可能となる。

もちろんメリットばかりではないが。



「確かにこれはリスキィな選択だ。イベント中の台詞をかむ、忘れる、動くタイミングを逃したりするだろう。僅かなミスが物語をブッ壊しかねないし、そもそも全体的にアドリブっぽくなる」


「その通りです。失敗の見えた賭け……いや、賭けにすらなってません」


「じゃあ賢者に聞くが、同じことを繰り返して悪評が覆るのか? 何か変化をもたらさなきゃダメだろうが」


「それはその通りです。でも良いんですか? 僕らだけが勝手に動いても。他のソフトと別物になっちゃいますよ」



ここの住民はあくまでも、このソフト内のキャラクターでしかなく、他製品に干渉する権限はない。

更には同期すらしていないのだから、自由に動き回るほどに『同タイトルの他ソフト』との乖離(かいり)が激しくなる。

シナリオを尊守しないのは一種の反乱だ。

創造主たちに唾を吐くようで、みなが尻込みをする。



「大丈夫だろ。大きな影響があるのはメインキャラだけだ。村人Aなんかは何も変わらないんだ」


「そうですが……良いのかなぁ」


「みんなにも聞くぞ。このままクソゲーと呼ばれて平気か?」


「そんな訳ないでしょ!」


「評価平均1未満で、納得できてるのか?」


「全然。もっともっとやれるハズ!」


「アッと言わせてやりたくはねぇか? 散々バカにされて悔しくはないか?」


「悔しい! 今までで一番だ!」


「だったらやってやろうぜ、オレらはもっと面白くなるハズなんだ! 二度とクソゲーって言わせんなッ!」


「おおーーッ!」



先程までの落ち込み様とは打って変わって、辺りは熱気に満ちた。

誰もが気合い十分。

勇者の考えに異を唱える声は聞こえない。

賛成者多数により『システム編集モード』へ移行する事が決まったのだ。


ただ一人賢者だけは懐疑的である。

『こんな事して平気かなぁ』と呟くが、その声は周囲の絶叫にかき消されてしまうのだった。

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