クソゲーって言うな!

おもちさん

第1話  超大作RPG

深夜。

アパートの一室の窓から微かな光が漏れている。

光源は白色の蛍光灯ではない。

それは液晶画面が発するもので、無数の色が混ざりあって織り成した攻撃的な光だった。


その画面を見つめる男の顔は、室内の明度と同様に暗い。

目は半開きで生気が無く、まるで催眠術にでもかかっているようだ。

その癖、両手に握られているゲーム用コントローラーからは、カチャカチャッと機敏な音が鳴る。

慣れた手つきは熟練工のようであり、指使いには微塵の迷いもない。



「何が大作RPGだよ。中身スッカスカじゃねぇか」



男はコントローラーを強めに放り投げた。

間髪いれずに手元のペットボトルを掴み、クイと呷る。

ひとしきり喉を鳴らすと口を離し、長い息を吐く。

苛立ちを誤魔化す為に飲んだ炭酸飲料だが、気持ちを沈める程の効力は無かったようだ。


ゲーム画面はエンディングを経てスタッフロールに切り替わっており、もはや操作の必要としない。

彼は達成感に浸る事なく、ズボンポケットよりスマホを荒々しく取りだし、すぐに画面をパチパチとタップした。

呼び出した画面はゲームの公式サイト。

指は動きを記憶しているかのように滑らかに、静かな怒りを乗せて躍り狂うのだった。



「王道シナリオとは言うが、古くさい。サクサク進行じゃなくて、薄っぺらい。新作で買わなきゃ良かった。ガッカリ系のクソゲー。評価は星0.5……と」



悪態をつかれてしまったこのゲームソフトだが、本作は販売開始してひと月も経っていない新作である。

販売元は社運でも掛けたかのような腰の入れようで、発売日までに広告は頻繁に、あらゆるメディアで大きく打たれ続けた。

結果、プロモーションそのものは大成功。

購買意欲を煽る大風呂敷が連日に亘って広げられ、ネットも雑誌も連日大盛況だった。


幸運な事に熱気はソフト発売日まで続き、初週セールスはかなり好調で、地域によっては品薄状態となる程に売れた。

関係各所が奔走し、命を削るようにして作り上げた作品は成功を収めたのである。


初週セールスだけに限り。



「あーぁ。久々に新品で買ったけど、失敗した。先にレビュー見とけば良かったよ」



ーーポチッ。

エンディング画面の途中で電源が落とされた。

もはや見る価値なしという、非情な評価が下された為である。

微かな電子音の後にゲーム機は稼働を停止する。

そしてテレビの電気も落とし、彼は徐(おもむろ)に眠り始めた。


全てが眠りについたかというと、それは違う。

人目を憚る心配が無くなったため、もう一つの世界、ゲーム内にて幕が開くのである。




ーーーーーーーー

ーーーー



「お疲れっしたーーァ!」

「お疲れ様ぁーーッス!」



『はじまりの平原』という最初のフィールドには、多くの人々が集まっていた。

ここは本来であれば最序盤の敵が行く手を阻む、軽微な危険の伴う場所だが、今ばかりは様相が大きく異なる。


設定上は獰猛な敵であるモチうさぎや暴れ大猫も、この場では愛玩動物としての立場を取り戻そうとしている。

露骨なまでにか細い声をあげつつ、しきりに地面をコロンコロンと転がるのだ。

あざとい策だが奏功した。

皆にやたらと可愛がられ、頭やアゴの毛並みがより滑らかになるのだった。


さて、集まった顔ぶれはというと、そうそうたるものである。

主人公である勇者とその仲間たちを始め、王様や三聖女などの重要キャラに、少しだけ本編に参加するサブキャラクターまでが勢揃いする。

更にはラスボスの邪神とその側近さえも居並ぶという、それなりに混沌とした光景であった。


物語上では敵味方に別れてぶつかり合う彼らも、この場面においては和気あいあいと接している。

そんな最中、主人公である勇者が代表者として挨拶を始めた。

全員が満面の笑顔とともに注目する。



「えーっと、こうして無事エンディングを迎える事ができました! これもみんなの頑張りあってこそです!」


「勇者様が1番素敵でしたよー!」


「名役者! 名役者!」


「ゲームが再起動したらまた開演するが、それまでは非番だ。ここでノンビリ飲み食いして疲れを癒してくれ!」


「休暇最高ぉおおーッ!」



野外にも関わらず、草原には巨大なテーブルセットがデェンと置かれている。

純白のクロスと季節の華が彩りを添え、至高の料理が並べられていく。


豪華絢爛な光景を前にして、着座した一同は感嘆の声をあげた。

場を整えたメイドたちも誇らし気だ。

一様に喜色を浮かべる中で、1人だけがポツリと不満を漏らす。



「打ち上げは良いんだけどさ。どうせなら王宮とか豪邸でやりたかったなー」



彼女は三聖女の1人でヒロインのリリア。

長く滑らかな金髪に、大きな青い瞳と白く透き通るような肌。

どこか白人女性を彷彿とさせる姿だが、顔立ちそのものは童顔であり、かなり幼い印象を受ける。

その幼さは気遣いや言動にも現れており、彼女の言葉で肩をすぼめる男たちがいた。


邪神と側近である。

逞しく威圧的な角や牙も、どことなくションボリとしたように見えた。



「すみませんリリアさん。私たち魔物はプログラム上、街や村には入れなくて……。そのせいで屋外で催す事になってしまったのですよ」


「え、あ、ごめんなさい! 責めるつもりじゃなかったの、深い意味なんかないのよ!」


「はい失言ですね。これだからリリアはサブヒロイン止まりのゴミ女」


「うるさいな、貧乳のメリィこそ末端ヒロインじゃないの!」


「あなたたち。こんな日くらいはケンカをしないで頂戴」



三聖女の肩書きを持つ姉妹が、いつも通りの牽制(かけあい)を見せた。

20歳の長女ルイーズ。

16歳の次女リリア。

13歳の三女メリィ。

性格は三者三様だが、装いはかなり寄せている。

それも全員が『聖女』という、同じ肩書きを持つが故だった。



「まぁまぁ、いいじゃねえか。青空の中で飯を食うなんてさ。風を感じながらモシャモシャしようぜ」


「はい全くもって同意です。完全に一致なのです。私と勇者様は気が合いますね」


「メリィ、露骨にすり寄るんじゃないわよ」


「リリアも落ち着けよ。みんなが見てるだろ」


「あっ……」



彼女の大きな声が場を完全に制していた。

痴話喧嘩を満座で披露したとあっては、居ても立ってもいられない。

リリアは強引に話題を差し替えた。



「そういえば、賢者様はいつ戻られますかねーぇ?」


「うーん。そろそろだと思うぞ」


「あれ? 何か頼み事ですか?」


「ちょっとな。オレたちの公演の評判を調べてもらってる」



そんな話をしていると、少し離れた場所に魔方陣が浮かび、ローブ姿の男が現れた。

噂をすれば……なんて諺(ことわざ)の通りであるが、どうにも様子がおかしい。

舞い戻った青年の顔色は極めて悪く、その場の面々が椅子から腰を浮かして驚く程だった。



「おい賢者、どうした。何かあったのか?」


「ご心配には及びません。ちょっとショックが大きかっただけです」


「……もしかして、講演の評判か?」


「はい。つぶさに確認してきましたとも」



このゲームはオンライン対応している。

といっても、バグの修正パッチ配布や、有料ダウンロードデータの販売、掲示板での交流くらいの機能だが。

実はゲーム内キャラクターも各コンテンツにアクセス可能であり、賢者の青年もひとしきり閲覧をして戻ってきたのである。



「それで、どうだったんだ?」


「この公演の評判は……クソです!」


「ええっ!?」


「見所ナシの、クソ盛り合わせです!」


「何だってぇぇえーー!?」



示し合わせたような絶叫が響き渡った。

そして雷にでも打たれたように身動(みじろ)ぎすら忘れてしまう。

先程までの達成感はどこへやら。

これより打ち上げムードは一転し、重苦しい反省会が開かれる事となる。

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