何をもって誰を愛す
「彼の家行くなんて何年か前の挨拶回り以来かな」
私たち3人は今、千咲さんの車で彼の家へと向かっている。
「別に環ちゃんまで一緒に来ることなかったのに」
私が環ちゃんに、彼が出ていったことを話すと、彼女は迷わず一緒についてくると言った。
「私だって心配だもん・・・私のせいかもだし・・・」
後半はよく聞こえなかったが、やはり環ちゃんも彼のことを心配しているようだ。やぶさかな質問だったかもしれない。
「そういえば、どうして環ちゃんと彼は家が遠いのに幼なじみなの?」
私も気になっていた質問を、千咲さんが聞いた。
「元々は彼の家の近くのマンションに住んでいて、今の喫茶店もおじいちゃんの店だったんですけど。おじいちゃんが亡くなって、取り壊すって時に駅が近いからってこっちに来たんです」
「彼との付き合いはどれくらい?」
「えっと・・・小学校の頃からなので10年以上ですね」
は、半年もたってない・・・
「彼の妹ともよく遊んでました。元気にしてるかな・・・」
「あー双葉ちゃんどうしてるんだろうね」
「知ってるんですか?」
「うん、大人の堅苦しい話よりも子供と遊んでた方が楽しかったからね」
会ったことすらない・・・
「お互いに両親が忙しかったから一緒にご飯作ってたりもしましたよ」
ご飯作れん・・・
「凄いね環ちゃん、やっぱり彼が一番信頼してるだけあるね」
私がそう言うと、何故だか環ちゃんは一瞬遠い目をしたが、すぐにこっちを向いた。
「そんなことないよ。彼は自分で何でも解決しようとするからさ。多分今回もそんな感じだよ」
「おっと、そろそろ着くよ」
そう言われ、私が窓の外を見ると、お屋敷や豪邸よりも、城に近い家が立っていた。
「やっぱり彼って金持ちなんだ」
「相変わらずおっきいね・・・」
私たちが圧倒されていると、車は自動シャッターを抜けた地下駐車場へと入った。
「あっちの家にはアポ取ってるけど。多分、断られるからって彼には何も言わないでもらってるの・・・もしかしたら顔すら見せてくれないかもだけど・・・」
「行きますよ。ここまで来ましたから」
「凛の言う通りだね。顔くらいは拝まないと」
そう言って私たちは駐車場から出て、門まで戻るとインターホンを鳴らした。
「すみません、連絡した先導院です」
「どうぞお入り下さい」
インターホンから聞こえてきた女性の声とともに、家の門も静かに開いた。
「緊張する・・・」
「凛ちゃんも、そんなに気追いしなくていいよ。これからまた結婚報告の時に来るんでしょ?」
「そうですよ!こんなところでウダウダしてられない!」
「じ、冗談なんだけどな・・・」
そんな事を話しながら、玄関を開けるとそこには何人かの従者さんと一緒にとても美しい女性が立っていた。
「ようこそ桜岡家へ。久しぶりですね、千咲ちゃん。それに環ちゃんも」
「ご無沙汰しています。相変わらず奥さまもお美しいままで」
「別に公的なものじゃないからお世辞はいいわよ。それに千咲ちゃんや環ちゃんは前よりもっと綺麗になってるわよ」
「環ちゃん、この人って?」
話についていけず、隣にいた環ちゃんに聞いてみることにした。
「え?彼のお母さんの桜岡 雅さんだよ」
「お母さん!?お姉さんとかじゃなくて!?」
「みんな初めて会うときはそう言うね。あれでも私のお母さんより上だよ」
一体何食べたらああなるんだ・・・
「それで、どっちの方が神木さんかしら?」
「はい、色々あって同居させてもらってる神木 凛って言います」
「いつも息子がお世話になっています」
「こ、こちらこそ・・・」
親子とは思えないほど、息子とは性格が違っていてなんだかおかしな感覚になってくる。
「母さんたち、そこで何して・・・」
私たちが話をしていると、上の階から彼が降りてきた。
「どうしてここに・・・」
普段なら見せないような慌てた顔で、彼は言った。
「どうしてって・・・君が何も言わずにどっか行くから私たちが来たんだよ!」
「・・・・・・」
彼は黙って元来た方向へと行ってしまった。
「あっ、待って!」
「大丈夫よ。お腹が空いたら出てくると思うし、双葉もお泊まりしてるからいないし、何より今は息子よりもあなたたちの話が聞きたいわ」
それでいいのかお義母さん
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
あの3人が来るなんて想定外だった。
俺は落ち着かず、部屋をグルグルしていた。
「ねえ、お昼ご飯持ってきたよ」
「千咲さんですか、ありがとうございます。部屋の前に置いといてくれればいいですから」
「いやいや、お話しようよ」
「お断りします」
「はぁ・・こうなったら先導院家直伝のピッキングで・・・」
「ちょ!どうしてピッキングなんて出来るんですか!?」
先導院家って教育者の名家だろ。いつの間にかスパイの名家にでもなったのか
「ここをこうしって・・・っと」
カチャ
部屋の鍵が開き、ドアを開け千咲さんが入ってきた。
「開いちゃったー」
「開いちゃったーじゃないですから」
千咲さんは俺のベッドに座り込んだ。
「どうしたのよ、いきなり家出なんて。家主なんだからしっかりしなさいよ」
「・・・すみません」
「あなたらしくないね。引き下がるってことは何か隠し事があるんでしょ?」
エスパーかこの人は
「エスパーじゃなくても大体の人は察すると思うよ」
エスパーじゃん
「別に千咲さんに話すような事ではないですから」
「どうせ凛ちゃんか環ちゃん絡みの話なんでしょ?」
「・・・独り言でも言おうかな」
「どうぞ、気にしてないから」
「最近、凛の演奏会に行った時に、あいつの凄さをまた実感して。それで怖くなったんです、あいつの事も、そして何でも前向きに進める環のことも」
「そっかそっか・・・なら君は2人とどうなりたいの?」
「・・・自分でも分かんないです。実はこの前環に告白されたんです」
「あら、おめでたい」
もはや独り言ではないが、話は続いた。
「環にそんな風に思われていると思わなくて・・・保留にしたんです。でも環だったからこそ断れなかったっていうか・・・」
「恋愛感情がよく分からないのかな。だったら凛ちゃんが本気で告白して、付き合おうって言ったらどうするの?」
「多分、保留すると思います」
「生粋の女垂らしだねー。だったらどっちか選んでって言われたら?」
「・・・選べません。どっちも恋愛感情抜きにしても大事なんで」
「だったらどっちも守るためには逃げちゃダメなんじゃないのかなー」
「それは・・・」
「あんまり若いものの恋愛には首突っ込まないけど。大人からの忠告、どっちか選べないうちはどっちも大事にする。それができない君には選ぶ権利なんて与えられないよ」
そう言い残すと、千咲さんは部屋を出ていった。
「俺は・・・」
大切な人とか、守りたいものと、やっぱり俺には決められない
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