華燭金魚

篠崎琴子

 緋瀬あかせの家の末娘が金魚を娶ったのは、よわい十二の夏のことである。

 あの日から、ろく、と名乗れる少女の身の上は海神わたつみ婿。海辺の街の人々からは、戦地へ発たれた総領息子に代わりまして、姫神ひめがみ様と婚礼を挙げた、魚君うおぎみ祀りの乙姫おとひめ様――と、ささやかれてひさしく。数え数えてはや三年みとせ、彼女はようよう、つとめを果たした。

 けれども昭和二十一年、卯月も終わろうかという夜半、緋瀬あかせの本家の屋敷門を、訪い叩くものがあり。

 戦が終われど帰り来ず、音信ひとつも寄越さなんだ緋瀬あかせの総領息子の死が、陣中みちゆきをともにした、同輩殿よりもたらされたのだった。

 しからば、家付きの末娘……緋瀬あかせ家のろく三年みとせを担った、代行のお役目もこれまでに、ということで。ようやっと、彼女は金魚と離縁を果たし、世俗の男の誰ぞにしては、人の身の上に立ち戻るという。

 さりとて、世間は焼け野原。

 この世に名残もありはせず、戦もろともよばいも終わり……いわんや神代も、もはやこれまで。

 しからば東西とざい東西とうざい東西とうざい――

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