63 男らしさの向こうにある「狂気」と「理想」。

 前々回の2016年に僕が書いた文章には実は続きがあるのですが、それはすっぱり切って掲載を致しました。なんとなく、偉そうで勉強不足な部分が担めなかったからでした。

 けれど、読んでいて考えさせられる面白さはあるように思えたので、今回はそれをアレンジして掲載したいと思います。

 

 アメリカの社会心理学者ランドルフ・ネッセの希望論に以下のようなものがあります。


 ――希望という感情は努力が報われるという見通しがある時に生まれる感情であり、絶望は、努力してもしなくとも結果としては同じことしか思えないときに生ずる。


 大澤真幸は今を「不可能性の時代」と言い、それを受け継ぎ東浩紀は「動物の時代」と呼びます。どちらの意味でも希望とはほど遠いように僕は思えます。

 誰もが絶望している、とは言えません。

 が、希望よりも多くの人が絶望しているように見えます。

 一つ、僕が絶望的な気持ちになった話を紹介させてください。

 これも大澤真幸の本にあったものです。



 アメリカ人の85パーセントが、「原爆のおかげで、日本との戦争を終わらせることができた」と考えているそうです。しかし、当時のアメリカの軍人や政治家の多くが、原爆などなくとも日本は降伏したと確信していました。

更に言えば、日本が降伏を受諾する最後のきっかけは、原爆よりもソ連の参戦の方が大きかった。


 では、どうして原爆は投下されたのか。

 その前に、当時のアメリカの大統領ハリー・トルーマンが、どうして大統領になれたかを書かせていただきます。

 簡単に言えば、目立たなく敵が少なかったからハリートルーマンは大統領になれた。詰まる所、有能ではなかったから。

 彼を上院議員候補に選んだ民主党幹部のトマス・ペンダーガストは、派閥をうまく使えば「雑用係でも上院議員に仕立て上げられると実証したかった」と言っているそうです。

 そんなトルーマンは父親から強烈な「男らしさ」を求められながら、極度の遠視で臆病なためにその要求に応えらず、父から見捨てられ、母からは「お前は女の子に生まれるはずだったんだからいいんだよ」などと慰められていました。

 原爆を得たとき、彼ははじめて父が求めるような「男」になれたと思ったそうです。

 少なくとも、ブッシュ(息子)大統領の下で国務長官等をつとめた政治学者コンドリーザ・ライスをはじめ、現在のアメリカで、トルーマンを尊敬する人は多いとのこと。



 僕は以前、「男らしさという病」の話を書きました。

 ここに来てもトルーマンの中にあったのは父親に求められた「男らしさ」だった、という事実には考えさせられるものがあります。当然、それだけが理由で原爆は投下された、と簡略化すべきではないと思います。

 当時の事情は、過ぎ去ってしまった今となっては資料やインタビューを見て窺い知ることしかできません。

 ただ、ハリー・トルーマンによって日本は被爆国になりました。そこに「男らしさという病」の影が見えることに僕は殆ど絶望的な気持ちになります。

 広島と長崎を被爆地とするほどの絶望の起因が個人の「男らしさ」にある? 結局、男らしさってなんだよ? と思わずにはいられません。


 当時の広島、長崎の被災地に足を踏み入れた作家、川端康成は、世界の底が抜けた、として「魔界」という言葉を作品内で使うようになったそうです。

 ちなみに、1968年10月17日に川端康成は日本人初のノーベル文学賞を受賞します。授賞式にておこなった講演「美しい日本の私―その序説」で「仏界入り易く、魔界入り難し」という言葉を引用します。

 この「魔界」を川端康成の自殺後、ある評論家は「狂気の世界」と捉えたそうです。戦後の日本は「魔界(狂気の世界)」になってしまったのだとして、そこから大澤真幸の言う「理想の時代」が始まった。


 狂気と理想は混ざり戦後の日本が作られていった。

 その大元にあった原因の一端は遠い国のある男の「男らしさという病」に起因されていた。

 と、考えてみると、ホント絶望的な気持ちになります。


 更に、僕が生きている時代は「不可能性」で「動物」の時代でもある訳です。ちょっと希望を抱くための出口が見当たりません。

 そんな不可能性の時代において可能性を見出す為のキーワードを大澤真幸は提示してくれています。それは「未来の他者」を意識することだと言います。

「未来の他者」の視点と言うべきなのかも知れません。

 その他者の視点を意識した時、人は報われる価値ある努力について、考えが巡らせられるのかも知れません。

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