61 窮屈な場所に押し込まれた、不可能で動物の時代。
2016年10月25日にある動画がツイッター上にアップされました。すぐさま消されたそうだけれど、それを見た人間が動画を保存しており流出しました。
ヤフーニュースにあがっている記事をそのまま引用すると以下のようなことでした。
動画は32秒。身をかがめなければ入れないような小さな「檻」に閉じ込められた野球部員を写している。
「なんで!」と棒にしがみつき、泣き叫ぶ部員。周囲からは「ちゃんと餌あげるから」「今日はそこに泊まって」とからかうような声が上がる。
「携帯返してください!」
部員が叫び続けても、求めに応じず周囲は笑っていた。
最後は、「なんで!」とうつむきながらこの部員が叫んで、動画は終わる。
簡潔かつ、嫌な気持ちになる記事ですが、実際にアップされた動画を見ると本当に気分が悪くなります。僕は今、第三者としてこの記事を読んだし、ツイッターでこの学校を検索してみたりもしました。
普段の僕だったら、嫌な事件と思って終わるはずなのに今回は何故か無視できませんでした。理由は多分、動画の中で何度も出て来る台詞。「なんで!」だと思います。
本当に思う。
なんで、こんなことになったんだろう?
社会学者の大澤真幸が戦後日本の精神史を三つに分けていました。
1945年~70年が「理想の時代」、1970年~95年が「虚構の時代」、1995年~2020年が「不可能性の時代」と25年ごとに転換してきたというものです。
僕らは「不可能性の時代」を生きていますし、大澤真幸の精神史に沿えば後数年はこの時代が続きます。
では、不可能性の時代とはなんでしょうか?
その前に理想と虚構について書かせてください。
理想の時代(45年~70年)とは、人生や社会で理想やゴールが明確にイメージができ、かつ、それに実現の可能性があるとみんなが信じている時代です。
そしてその理想の部分が、バーチャルなものに変わるというのが、虚構の時代(70年~95年)です。
この理想が如何に虚構へと変わっていったか、については大塚英志の「「おたく」の精神史 一九八〇年代論」が詳しく論じていると僕は思っています。これについては、別の機会に書きたいと思います。
ちなみに大澤真幸のこの文章を僕が初めて見たのは雑誌「Kotoba コトバ 中上健次 ふたたび、熊野へ」というものでした。中上健次の作品が日本文学史において、如何なる立ち位置かを論ずる上での区分けとして理想、虚構、不可能性を記述していました。
問題は中上健次が亡くなった年が1992年であること。
彼は不可能性の時代を生きず、しかし自身の作品において不可能性を予見する作品を書かれていた。
というのが、大澤真幸の論です。
その上で不可能性の時代とは何かと言えば父の死です。
――(中上健次の小説は)単純に言うと、これまでは父的な権威との対立の中で、精神の緊張を生み出し、それを文学として、苦しく、悲劇的ながらも生きる意味合いを見つけてきました。でも、その肝心の父が死んでいなくなってしまう。これはまさに不可能性の時代ということになります。
父が死んだ不可能性とは、精神の緊張、苦しさ、生きる意味合いを見つけることができなくなった時代。
もしくは、父という基準が死んだ時代。
生きる意味合いを見つけられないことを不可能性の時代と大澤真幸は言います。
この大澤真幸の議論を受け継ぎつつ、思想家の東浩紀は1995年移行を「動物の時代」と名付けたい、と「動物化するポストモダン」の中で言います。
「不可能性の時代」であり「動物の時代」でもある今。
最初の「なんで!」の答えを求めるのなら、それは彼らが時代に適用しているからこそ、起きたことなんじゃないか? と思わずにはいられません。
動物の世界にもイジメはあります。
人間も動物の一種です。考える力を持っていても、動物である方が楽だと分かれば人は動物になります。2016年10月25日の動画を見て、僕が思ったのはそういうことでした。
せめて僕は楽な方へ傾かない生き方ができれば良いなと思います。
※USBを整理したら出て来た文章を少々手直しして掲載させていただきました。保存日時は2016年11月22日となっていました。
以前、「眠る少女」という小説に対して「どんなことを考えて書いていたんですか?」と尋ねられたことがありました。その時は上手く答えられませんでしたが、今回載せた文章は「眠る少女」を書いている頃のものです。
だから、「眠る少女」の中にはイジメのシーンが入っています。
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