オムレツを作るためにはまず卵を割らなくてはならない。

57 海猫沢めろんが描く暴力の先にある美しさ。

　前回、まさかのエロゲーと大庭みな子を同時に語るという謎の展開になってしまいました。僕の頭の中の引きだしはどうなっているんだろう？

　ひとまず、前回は人を好きになるのに異性も同性も関係なくない？　という話を書きました。

　実際にその通りだと思うんですが、改めてそれについて書きたいと思います。

　今回は海猫沢めろんの「夏の方舟」という小説についてです。

　インターネット小説界隈で海猫沢めろん、という作家は有名なんじゃないでしょうか。「ＷＥＢ小説定点観測」という、テーマに沿ったＷＥＢ小説を募集し、それを海猫沢めろんが読み紹介する企画がありますし。

　僕は「ＷＥＢ小説定点観測」で紹介されている人を、ハンカチを噛んで嫉妬していました。海猫沢めろんに小説読んでもらうなんて、超羨ましい！

　そんな海猫沢めろんですが、改めて調べてみると経歴が凄い。ウィキペディアを一部抜粋します。

　――オタクでありながらホストだったという経歴を持ち、他にも様々な職歴があり、デイトレードで全財産を失ったこともあるという。デイトレードに失敗しホームレス同然の生活をしていた時に、野外でファイヤーダンスをしていたところをたまたま通りかかった佐藤友哉がその姿を見ていたことから佐藤と知り合いになり、しばらくの間佐藤の部屋に居候していたこともある。

　ってなに？　野外でファイヤーダンス？　それに佐藤友哉って「１０００の小説とバックベアード」で三島由紀夫賞を取った、島本理生の旦那さんでしょ？　最近、「転生！太宰治　転生してすみません。」というタイトル天才としか思えない小説を発表している作家さん、の家に一時期、海猫沢めろん居候していたの？　

　すごいなぁ。

　最近は「キッズファイヤー・ドットコム」が野間文芸新人賞の候補に入ったり（受賞はしなかった）、「ＢＬ古典セレクション２　古事記」を担当したりして（男性でＢＬ書いたんだぁ）。東浩紀が代表（現在は元）のゲンロンという雑誌で唯一、小説を連載している作家さん。

　あと、ボードゲームにも精通している印象で、調べてみるとアナログゲームを制作する「株式会社ＲＡＭＣＬＥＡＲ」の創業者とのこと。それ繋がりなのか、ツイッター上で作家の秋口ぎぐるとも交流があるようです。秋口ぎぐるも「株式会社コザイク」というアナログゲーム会社を立ち上げています。

「キャット＆チョコレート」というカードゲームを秋口ぎぐるは作っていて、これが超絶面白いんですが、話を戻します。

　こうして見ると海猫沢めろんは作家の中でも変わり者な印象を持ちますが、文藝という遡上ではどう見られているのか、もう少しだけ書かせていただければと思います。

　雑誌、文藝の２０１７年秋号の特集で「１７６人による現代文学地図（シーン）２０００→２０２０」というのがありました。そこで海猫沢めろんを挙げていたのが矢野利裕という評論家でした。一部抜粋します。

　――現代性にこだわるだけでなく、その現代性のさきで実存や身体のありかたを問う姿勢が一貫している。そこに暴力の感覚が入ってくるのも魅力。

　素晴しい評論です。

　僕自身「夏の方舟」で惹かれたのは、「暴力の感覚」がある部分でした。

　とくに好きな部分は以下の一文です。

　――「あーあ、先輩が女だったらなあ。そしたら、優しく近づいて真摯に話を聞くふりとかして酒でも飲ませてやっちゃうんですけど。あんたは男で、僕はあんたのことが好きなんだ。これってどうすればいいんですか？」

　わー、乱暴。

　まずは説明を「夏の方舟」は、「黒坂聖」なる美しい青年を主軸にした小説です。構成としては短編、四つとなっていて、それが連作とまでは言えない緩さで繋がっています。

　テーマは男性が男性に恋焦がれる、というもの。

　男性と女性であれば、互いの好意を確認し合えれば簡単に進めるステップが、同性故にそうはならない。憎しみあったり、ストーカーになったり、受け入れたいのに軽い拒否をし続けたり……。

　とても単純に言えば、ＢＬ小説なのかも知れないんですが、海猫沢めろん自身がそういう意識で書いている手触りがないせいか、まったくそういう印象がありませんでした。非常に綺麗な物語を読んだ気さえします。

　とくに最後の「こどもたちの素数」は大人とか社会という余計なものをすべて取っ払った後に残る、剥き出しの美しさがありました。

　多分、美しいとか、そういう在り来たりな言葉で表現すべきではないものが、そこにはあるんです。が、僕の語彙力ではそれを表現できません。

　読んでください、と言う他ない、そんな作品が「夏の方舟」です。