31 何何したい? と言う問い。
「私ずっと小澤くんと結婚したいと思っていたし、いつか小澤くんが結婚を申し込んでくれると思ってた。でも、こういう形で、こういう言葉じゃなかったの。
細かいことかも知れないけど、私がしたいって言ったから、みたいな形にされるのだけは絶対に嫌だと思ったの。でも言葉を言い直してほしいんじゃないよ?私自身、形にこだわってダラダラと付き合っているだけだって気付いたから。
本心から、私、小澤くんとは結婚したくない。それに、小澤くんだって私と結婚したかったら、そんな訊き方にならなかったと思う。私は別に一人で仙台にいることを責めてるんじゃないよ?
おかあさんのことは家族のことだから、私のことはいっときおいといてってことでも全然いいし、それも普通だと思うし。でもね、小澤くんが辛いのは判ってるけど、そういうときにこそ私を求めてくれる人と、私は結婚したいし、小澤くんだってそういう人と結婚した方が良いよ。
相手に何何したい?
って訊き方は、自分がそれをしたいときのじゃないもんね。小澤くんは、自分が辛いときに一緒にいてほしくて、離れていても気持ちが寄り添ってて、小澤くんが心から結婚したいと思う人と結婚しなよ」
舞城王太郎 キミトピア「美味しいシャワーヘッド」より。
少々長い台詞だけど、思わず抜粋しました。
抜粋文は主人公が彼女に「俺と結婚したい?」と尋ねた後の返答です。
――何何したい?って訊き方はそれをしたいときのじゃないもんね。
は重たい言葉ですよね。
台詞の中にもありますが、細かいかも知れないけれど、という指摘は正しい。結局のところ、細部に神が宿る、と言うように、細部にその人物の本音が潜んでいるんだと思います。
ちなみに「美味しいシャワーヘッド」は芥川賞の候補に選ばれた小説です。
僕は芥川賞マニアな部分があって、とくに受賞作よりも、候補作に注目することが多々あります。
受賞しなかった候補作は、遠回しに芥川賞には適していないと言われる小説です。あくまで芥川賞というルールにそぐわなかっただけで、受賞に至らないから優れた小説ではない、とはならないんです。
少し前で言えば、前田司郎の「愛が挟み撃ち」は、どう考えても芥川賞向きの小説ではありませんが、人の心の無防備なところを一刺ししてくるタイプの小説でした。
選考委員の好みを考えると、絶対に取らないだろうなと思っていたら案の定でした。山田詠美あたりが全否定していて、流石だぜ! と思ったり思わなかったりしました。
芥川賞、直木賞マニアになると選考委員の趣味趣向が分かってくるので、その辺でも楽しくなります。山田詠美は前田司郎的な小説は好きじゃないだろうな、と。
話がズレました。
舞城王太郎の「美味しいシャワーヘッド」です。今作は舞城作品の中で特別良いと言う話ではありません。
僕は好きですが、芥川賞向けだったのは、その前に候補になっていた「好き好き大好き超愛してる。」とか「ビッチマグネット」だったでしょう(にしても、舞城王太郎の小説のタイトルは奇妙なものが多いですね)。
なので、「美味しいシャワーヘッド」の印象は薄かったんです。
が、ここでふと読み返した時に、冒頭に抜粋した言葉にぶつかりました。
僕は誰かに「何何したい?」って訊くことで自分ではなく、相手に責任を押しつけたりしてこなかったか? と考えてしまいした。
とくに最近、話題に上げている(その話題を誰が追ってくれているのかはわかりませんが)、倉木さとしに対して僕は思います。
僕は彼の作品世界感を使って小説を書かせてもらっています。それは僕がしたいから始めて、今もそうしています。世間一般で言うシェアワールドで僕たちは小説を書いています。
「眠る少女」も「あの海に落ちた月に触れる」も舞台は岩田屋町という倉木さとしが作った世界で起きる物語です。
それは僕が書きたいから始めました。
そして、カクヨムに一連の小説群を投稿したい、と思ったのも僕であり、それを倉木さとしは快く了解してくれました。同時に、彼の作品を「郷倉四季」名義のカクヨムに連載することも請け負ってくれました。
僕がそうしたいから、そうした。
ここで間違っても、「何何したい?」と倉木さとしに聞かないし、聞くようになったら終わりだなと個人的に思っています。
カクヨムの連載も、このエッセイも僕は僕がしたい、という思いから始めて、今も続いています。
そこに倉木さとしの作品群も参加し始めている、という事実に僕は感謝と感動を覚えていますが、読んで下さる方たちにとって僕らのそんな個人的な感情や事情は一欠けらも関係ないよな、とも思っています。
最近の時事問題を文芸誌などにエッセイを寄せる小説家に向けて、ツイッターの感想で「作家は小説だけ書いていればいいのに」と呟いている人がいました。
辛辣な感想だなと思うと同時に、確かに時事問題に対する考えがあるなら、作家は小説にすべきだと思う(だから、エッセイを書くべきじゃない、とは思わないけれど)。
僕も今のネットに小説を上げる経験や、友人の小説とシェアワールドする経験を今後の「小説」に生かします。
それは間違いないように思います。
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