⑨ 人間を肯定すること。
一つ前でファンタジーの効能についての話をしました。
そこでふと、思ったのですが、僕にとってのファンタジー小説のベストはなんだろう?
自慢ではありませんが、僕はあまりファンタジー小説を読んできていません。『指輪物語』は中学校の図書館にありましたけれど、丁度その頃に映画をやっていた為に、そちらを見て満足していました。
中学生の僕にファンタジー小説と言えば? と問えば、時雨沢恵一の「アリソン」と答えると思います。
実際、その後の「リリアとトレイズ」、「メグとセロン」、「一つの大陸の物語」を僕はほとんどリアルタイムで読んできました。僕の青春の書と言えば、アリソンシリーズだったと言っても過言ないように思います。
アリソンシリーズの根幹にあるのはシリーズ一巻目の最後に見つける「戦争を終わらせることができる価値ある宝」です。その宝を見つけた(世界をまるごと変えてしまう)責任を如何に取っていくか、というのが「アリソン」と「リリアとトレイズ」のテーマでした。
その上で、「リリアとトレイズ」はアリソンたちの子供たちが主人公の物語です。
世代交代、というのは「宝」を見つけたアリソンたちからすると、価値あることでした。少なくとも、アリソンたちが「宝」を見つけなければ、「リリアとトレイズ」の日常は有り得なかった。
そんな日常をメインに据えたのが、リリアの友人のメグがヒロインの「メグとセロン」でした。
そして、「戦争を終わらせることができる価値ある宝」を見つけた責任を負った上で、「宝」を見つけた以前(何の責任も負わない個人)に戻ろうとした物語が「一つの大陸の物語」でした。
世界がまるごと変わっても、決して変わらないものがあり、人間はそこに帰結できるのかも知れない、とシリーズ通して読んだ時に考えてしまえるのが「アリソン」シリーズです。
こうして書いてみても、アリソンの良さの一割も描けている気がしませんので、もう「読んで!」の一言に尽きるのですが、あえて細かなことを書いていくと。
アリソンシリーズは幼馴染の淡い恋心を描きながら、横では戦争の非情さ、人間の無関心さ、政治の冷たさ、といったものをしっかりと描いています。
その上で、人間を肯定してくれます。
人間を肯定する上で大事な要素となっているのが、料理の美味しそうな描写や飛行機で空を飛んだ時の気持ち良さや、気の合う同性と喋る長い時間だったりするんです。
ファンタジーの効能が「回復」と「慰め」と「逃避」であるとするなら、人間を肯定するという結論は全てを備えていると言って良いと思います。
つまり、僕にとってのファンタジー小説のベストは「アリソン」シリーズです。それで締めくくっても良いようにも思いますが、「アリソン」はあくまで青春の書です(もちろん、大人でも楽しめますが)。
ということで、大人になって出会ったファンタジー小説を一つ紹介させてください。
それは高田大介の「図書館の魔女」です。第45回メフィスト賞受賞作品であり、書評家の大森望が「権謀術数が渦を巻く、超スリリングな外交エンターテイメント。正真正銘、世界レベルの大傑作!」と表しています。
読んでみた感想としては、おっしゃる通り! と言いたくなる大作でした。
文章にやや癖があるので読みにくい部分などはあるのですが、それも読み続ければ気にならなくなります。何より登場するキャラクターと言葉、文字というテーマ性が魅力的すぎて最後まで読まなければ気が済まなくなってしまいます。
大森望が書いていますが、外交エンターテイメント、要は政治的な話です。交渉がメインであり、そこに挑むのが人間である、という当然のことが胸を熱くさせてくれます。
と、書いてみても、やはり「図書館の魔女」の良さをちゃんと語れている気がしません。
僕にとって良いファンタジー小説というのは、読んでみなければ分からないもの、なのかも知れません。あらすじを読んでみても、イメージはぼんやりしていて、文字を追ってみて初めて立ち昇ってくる世界。
それこそがファンタジー小説の根幹なのではないか、と。
ただ、それはどんな小説にも言えることかも知れません。
読んでみなければ分からないもの。
当たり前と言えば、当たり前のことですが。
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