6
三十分程が経過した。無事に荷物の整理を終えた八号達は、一号の作った昼食を食べていた。
「ふう、美味かった。お前って意外に料理が上手なんだな」
「い、意外にって何よ!? 私だって料理するし。乙女の嗜みよ」
「何が乙女だ。絶対自覚無いだろ」
「うるさいっ!」
先の件があってから一号の八号に対する態度が随分改善された。しかし、だからと言って清楚でおしとやかになったかと言うとそうでもない。八号を嫌ってる云々ではなく彼女はそういう性格なのだ。全然関係無いけど「うんぬん」って響きがエロいよね。
「そういえばさ」
食器を一通り片付け終えた一号がこちらを向いて話かける。
「ん、何だ?」
「あなたの能力をまだ聞いていなかったわ」
「俺の能力? ……ああ、確かに言ってなかったな。俺の能力は『頭の強化』、平たく言えば頭が良くなるだけだよ」
「えっ!? それだけ!?」
目を見開く一号。
「それだけって何だよ。確かに戦いには向いてないけど汎用性バツグンだし、少なくとも俺はこの能力を気に入ってるぞ」
「いや、そうじゃなくて! ……じゃあ私と戦った時にやってたのは何だったの?」
「ああ、あの三角形とかか」
一号に攻撃されそうになって、八号が咄嗟にやった無意味な動作のことだろう。
やはりあの行動が効いていたと分かり、八号は内心笑みをこぼす。
「特に意味なんかないさ。所謂ブラフってやつ」
「は……はああああああああああ!?」
「冷静に考えてみろよ、ディーラーは体の一部が強化されたって言ってたぜ。体のどこが強化されたってあんな三角形作るだけで攻撃なんかできないだろ。あ、あとついでに言っとくとあの時の台詞は殆ど時間稼ぎの為に適当に言ったことだから」
八号の言葉を聞くなり、一号はかあっと頬を赤くした。
「じゃあ何!? 私はまんまと騙されてたってわけ!?」
「ま、まあ、そうなるかな……」
「もう! あの時は本気で怖かったんだから!」
「わ、悪かった」
口を尖らせる一号に対して、八号は苦笑気味に答える。と言っても八号が謝る必要は本来無い。
あのポーズを含め、一連のブラフがそれほど効果的だったことに驚いた。だがそれ以上に、素直に怖がっている一号が健気で可愛い。
流石に一号が上手く騙され過ぎていて後ろめたい気持ちもあるが。
そんな他愛もない話をしていると、突如、例の耳鳴りのような音が八号の頭を貫いた。
キイイイイイン。
「うっ!」
八号が顔を歪めると、一号が心配そうに顔を覗き込んでくる。
彼女には今の音は聴こえていないようだ。となると誰かが八号に直接通信をしたことになる。
――一体誰が……?
「ああ、大丈夫だ。それより―――」
誰かから通信が来た、と言おうとした時、既に通信は切れていた。
今の一瞬の通信は何だったのか。誰が何のためにやったのだろうか。八号が思索に耽っていると、
「――――!」
今度は遠くの方で男性の雄叫びが聴こえた気がした。これはヘッドフォンからではなく直接聴こえたものだ。つまり声が聞こえる範囲で何かが起こっている。
八号はとっさに耳を澄ませる。
「それより何よ? 私にも説明してくれないと」
「静かに!」
八号が一号の口元に手を当てると、彼女は素直に静止した。
「――――!」
やはり風の音に混じって何か聴こえる。今度は女性の叫び声だ。
「今の……聴こえたか?」
「ええ、誰かの悲鳴ね」
「大変だ!」
先程の通信は恐らく、今危機に陥っているであろう女性が誰かに助けを乞おうとしたものだ。だが何も言わず通信が切れたということは彼女は声すら出せない状況にいる。事態は急を要する。八号は咄嗟に立ち上がり、部屋の隅に置いてあった刀と銃の準備をする。
「待って八号。あなたもしかして行くつもり?」
部屋を出ようとしたところで一号に呼び止められた。
「もちろんだ。今すぐ助けに行かないと―――」
「ダメよ」
いつもの一号とは違う切迫した雰囲気に、思わず気圧されてしまう。
「誰が誰と戦っているのかさえわからないのよ? 危険だわ。冷静になって!」
真剣な眼差しでこちらを見据える一号。
その声に、自分が冷静ではなかったと気づかされた。大きく息を吐き、心を落ち着かせる。
「…………悪かった、俺が冷静じゃなかったのは認める」
「じゃあ……」
「でも俺は行く。多少危険でもやっぱり俺は人を放っておけない質みたいだ」
これは心からの本音だった。悲鳴が聴こえた場所に行っては危険だということはわかっている。百害あって一利なし。頭では理解しているが、心が、意識が、八号という人格がそれを否定する。三号のように人を死なせてはいけないと叫んでいる。
そこには、三号への後悔と罪悪感も含まれていた。
八号がしばらく黙っていると、それを察したのか一号が口を開いた。
「まさかあなたにこれほど正義感があるとはね……」
「正義感とか……よくわからないけど、誰かのため、とかじゃなくて自分のためにやるんだと思う。それを三号も願ってるだろうから」
結局、三号のためというところに帰着してしまう。それは自分の意思とはいえない。
八号は自分が何をしたいのか理解していないが、しかし心のどこかで助けられる人は助けたいという思いが根強くあった。
それは正義感であり優しさなのだが、理性よりも感情で行動している自分を八号は認めたくなかったのだ。
暫くの沈黙。
「…………わかったわ」
一号は一言だけ告げると、すぐに木刀を手に取った。
「お前……」
「さあ、話は後よ。襲われている誰かさんを助けるんでしょ?」
「……ありがとう」
八号はこみ上げてくる感情を飲み込み、階段を駆け下りた。
一階まで来た八号は時計塔の扉を蹴って開けた。今にも壊れそうな錆びた鉄が軋む音と共に、視界が光に包まれる。一瞬眩む目を無理やり開き、大通りを走る。
「なあ一号、さっきの声って広場の方から聴こえたよな?」
「ええ、私もそうだと思う」
時計塔から広場までは二百メートル。一号の目なら何か見えるかもしれない。
「何か見えるか一号?」
隣を走る一号に問う。一号は直ぐに目を凝らして前方を見据えた。
「……!!」
そして広場の方にある何かを見た瞬間に一号が足を止めた。
「そんな……酷い……!!」
気分を害したのか、口元を押さえて俯く一号。
「お、おいどうした、大丈夫か?」
「私は大丈夫よ、ちょっと驚いただけ。でも彼女はもう―――」
キイイイイン。
一号の表情が陰ったと同時、例の音が二人を襲った。ヘッドフォンを押さえて、その苦痛に顔を歪める。
「くそ……この通信が来たっていうことは!」
≪只今二時五十分。五号さんと七号さんの脱落が確認されました。繰り返します。只今二時五十分――――≫
ディーラーの冷たい声が頭に響く。
「やっぱり、手遅れよ」
一号の諦念に満ちた一言。助けられなかったことに落胆する八号だったが、それと同時にその放送の内容が気になっていた。
「……五号と七号の脱落が確認ってどういうことだ?」
――一号はさっき“彼女は”と言った。五号は男性だから俺たちの正面にいるのは七号だろう。 問題は、一気に二人分放送されたということだ。
「なあ、一号―――」
「あそこには七号しかいないわよ」
八号の意図を察したのか、訊き終わる前に返答が返ってきた。
では、五号は何処にいるのだろうか。
――二つの場所で全く同時に脱落者が出たのか?まあ、考えられないことではないが……。
「とりあえず五号の件は後回しだ。七号の体が消えないうちに何か手がかりが無いか確認しに行こう」
「ええ」
二人は七号のもとへと急いだ。
***
六号は北の商店街にやってきていた。
「ったく、さっきから笑いが止まらねえぜ。簡単に死んじまうんだからよ」
六号は背徳感と優越感に浸りながら、つい数分前の出来事を思い返す。
五号を殺した後、六号は獲物を探しながら適当に住宅街を練り歩いていた。
「本当に人が居ねえな、くそ面白くねえ」
そんなことを考えながら暫く歩くと、視界が開けた大通りに出た。
「お、大通りに出たな。俺がさっきいたのが西の大通りで、そこから右に曲がって来たからここは北の大通りか」
――俺って意外に頭いいんじゃねえの。
そんなことは断じてない。
「にしてもくそ暑っちいな。あそこの公園で休むか」
丁度、通りを挟んで向かい側に小さな公園が見えた。特に警戒する様子なく、六号はそのままだらだらと大通りを横切る。
「心配することはねえ、誰か出てきたらぶっ潰せばいい」
――俺にとって、他の誰かを倒すことなんて屁でもねえ。この能力さえあればな。
公園に着き、何処か座れる場所を探すが、生憎この公園にはベンチが無いらしい。六号は仕方なく深緑色の岩に腰かけた。
「あぁ?なんだこの岩。くそ汚ったねえ色してやがるなぁ、おい」
眼下の岩を見つめていると、ふと、あることが頭に浮かぶ。
「おっしゃ、面白えこと考えたぜ。やっぱ俺天才じゃね」
六号は立ち上がると、右手で岩に触れた。
「おらよ!」
力を入れると指が岩にめり込み、そのまま腕を持ち上げると、一メートルはある巨岩はいとも簡単に宙に浮いた。
「こいつはくそ楽しそうだな。問題は誰にやるかだが―――」
右手で岩を持ち上げたまま、残った左手でヘッドフォンの蓋を開ける。
「次の獲物は…………こいつで決まりだな」
数秒の空白。六号は額の汗を拭い、じっとその機会を待つ。
≪……はい、どちらさまですか? 何の用ですか?≫
「よう、俺は六号だ。お前は七号で間違いねえな?」
こみ上げてくる笑いを必死に堪え、冷静に、自然に応対する。
≪ええ、確かに私は七号ですが……≫
「お前に頼みがあって通信したんだ」
≪頼みですか……?≫
「ああ。実は、五号の野郎がお前を倒しに向かってるんだ」
≪五号さんが!? そ、そんな……何でですか? 私は何も悪いことしてないのに≫
「さあな。どうしてお前が狙われているのかは俺も知らねえ。けどよ、このままだとお前、殺されるぜ?」
――へっ、七号の驚く顔が見えるぜ。だけどな、五号が来るわけねえだろ。あいつは俺が殺したんだからよ。
「そこで、だ。俺がお前に協力してやる」
≪つまり……六号さんが五号さんを倒すってことですか?≫
「いいや違うぜ。俺は絶対他人に危害を加えねえ。お前を助けはするが五号を殺したりはしねえよ」
≪本当ですか?≫
「ああ、神に誓ってもいいぜ」
――未だだ。堪えろ、俺。未だ笑っちゃいけねえ。
「おい七号、あんま時間がねえんだ。今すぐ広場の北口に来てくれねえか? 広場の入り口を出て右に二メートルくらい進んでくれ」
≪えっ、あ、はい。わかりました。今ちょうど広場に居るのでもう少しで着きます。では≫
そこで七号との通信は途絶えた。
「畜生!七号のやつ通信を切りやがった!」
そのまま通信を続けていれば、もっと楽に、楽しく狩ることができたと六号は苛立つ。
しかし問題はない。多少味気なくはなるが、倒すだけなら今の状態でも行える。
そう考えることで気持ちを抑え、六号は右手に巨岩をぶら下げて大通りのほぼ中央に立った。
「ああ、どうせ殺しちまうんだから変わんねえよ」
狙いを澄ませ、極限まで集中する。
「出てきてすぐ投げりゃ大体当たるだろ。それに、もし失敗したら直接殴りに行けばいいんだからよ」
自然と吊り上がっていく口角を、六号は抑えられなかった。
***
七号は六号に指示持された通り広場の北口に向かいながらも、六号の台詞に疑問を覚えていた。何故集合場所をメートル単位で示すのか。北側の入り口というだけでは不十分なのか。
七号。齢は三十二。おっとりとした顔立ちに、やや茶色がかった長い髪を後ろで一つに束ねている。エプロンが似合いそうな彼女には、どことなく母性を感じさせる包容力がある。
「六号さんは怪しいわ。念のため、誰かに連絡しておこうかしら」
誰ならば信用できるだろうか、と考えているうちに広場の北口に辿り着いてしまった。
「仕方がないわ、この人でいきましょう」
七号は八と書かれたボタンに手を添える。
「彼も絶対に信用できるって訳ではないけど、八号さんは広場でみんなと協力しようとしていたわよね。少なくとも六号さんよりは信用できるわ」
広場の出口から少しだけ顔を出し、辺りを窺う。そこに見えるのは閑静な住宅街のみ。人はおろか、物陰一つない静かな空間。
「あら、誰もいないじゃない。やっぱり考えすぎだったのかしら」
一安心し、ヘッドフォンに添えていた手を放す。周りを見回すが近くに人の姿は見えない。
「六号さんはどこから来るのかしらね。近くにはいないようだけど」
そう思い、何となく前方に続く大通りの先を見つめる。その先、丁度通りの中央あたりに小さく人影が見えた。
「あら、あそこにいるの六号さんかしら。でも何か様子がおかしいわね」
数百メートルは離れているだろう遠方に、豆粒のように人の影が一つ。そこに人がいるというのがやっと認識できるくらいで、それが誰かなど到底わからない。しかし、何となく嫌な予感がする。
「やっぱり八号さんに連絡しましょう」
すぐさまヘッドフォンの蓋を開きボタンを押す七号。
通話をかけた方の人間にはあの騒音は聴こえない。七号は通信が繋がるまでの無音の空白を藁にも縋る思いで待ち続けた。
「お願い! 早く繋がって!」
未だに通信は繋がらない。たった数秒の時間が永遠に感じる。ただひたすら「繋がれ」と心の中で唱えて、目を閉じてじっとその機会を待つ。
「おらあああああぁぁぁぁぁ!!」
八号と繋がったと理解した七号が声を発するより前、遠くで男の咆哮が響いた。
声に驚き、咄嗟に目を見開いた七号は驚愕した。
――岩が飛んできてる!?
視線の先には、自分へと向かって豪速で飛んでくる巨岩があった。
視認できているが体は動かない。避けようがない。
今の七号には、ただ向かってくる死を待つしかなかった。
「きゃあああああああああああああああああ!!」
そこで七号の意識は途絶えた。
***
八号たちは広場を取り囲む壁の前で立ち尽くしていた。
天まで聳えるようなコンクリートの塊。広場の外壁。そこに凭れ掛かるように、七号の体は力なく座っていた。その目は見開き、口を裂けんばかりに広げ何か絶叫しながら息絶えたらしい。目の前にいる彼女は壮絶な顔をしていた。
「こいつは酷いな」
八号は思わず目を逸らした。周囲の警戒も大切だろうと自分に言い聞かせて、七号の姿を見ないように周りの民家を見る。何となくその場しのぎに見ていただけだったが、右後ろの家を見たときに何かが引っかかった。
――あそこの家って鍵閉まってたっけ?
疑問が浮かぶと同時に今は時間がなかったことを思い出し、急いで七号に向き直った。
七号の下腹部から下は、何かに押しつぶされたようになっていた。全く滅茶苦茶に潰れている訳でもないが、かと言って無事なはずがなく、前面の肉は潰れ、骨が外気に晒されていた。彼女の周りには恐らく直接の死因であろう元は大きな岩だった深緑色の礫が飛散している。
思わず目を覆いたくなるような惨劇。だが八号の傍らにいる一号は殆ど顔色を変えず、惨死した七号を眺めている。
「お前……よくこんな状態の人を見て普通でいられるな」
「まあね、よく覚えていないけど前に似たようなことがあって、こういうことは初めてじゃない気がするの」
彼女はあくまで平然と受け流した。本人が覚えているのかはわからないが、一号に何があったかを八号は既に知っている。彼女の過去については、以前に三号が話してくれたからだ。
その内容は簡潔に纏めると、こうだ。
***
これは今から五年前、彼女がまだ中学生になったばかりの頃の話。
とある住宅街のとある一戸建て、けして大きくはないが新築で真っ白な家。それが一号の実家だった。
父、母、弟、彼女の四人家族。裕福ではないが、とても仲が良く、温かい家庭だった。
太陽もその仕事を終え、辺りが宵闇に支配され始めた夜の刻。周囲の建物からは暖かで柔らかい光が漏れ出ている。
「お母さんただいまー」
玄関のドアを思い切り開けて声を張り上げているのは一号。部活動を終えて帰宅した彼女の肩には、重そうな鞄が幾つもかけられていた。
「はあ、今日も疲れたわー」
彼女は疲弊しきった顔で靴を乱暴に脱ぎ捨て、二階にある自室へと向かおうとした。
「って、リビングの電気がついてないわね。お母さんたち出掛けてるのかな」
鍵も閉めないでどうしたのだろう、などと思いながら廊下を渡り、リビングへと続く扉を開けて中の様子を窺おうと電気のスイッチに手を触れた。
「ひゃっ! な、何!? なんか床濡れてない!?」
リビングに足を踏み入れると、ぴちゃ、と水面を打つような音がした。
それが水ではないことは直ぐに分かった。靴下にくっつくような粘性がある。
そして電気が、ついた。
「え…………な、なに……」
目の前に広がる光景は到底信じられるものではなかった。
一号は二度、三度と瞬きを繰り返す。しかし現実は変わらない。
そこにあったのは三つの死体。父親、母親、弟。かつて一号の家族たちだったものだ。
「う、嘘……みんな…………死ん……でる…………」
それはあまりにも現実味がなくて、驚くことすらできない。一号は腰から崩れ落ちた。
弟は四肢がぐしゃぐしゃに潰れ達磨のように、父は首から上が爆発したように無くなっていた。母は腹を破かれ床に臓物を散らし、白目を剥いて倒れている。
「何よこれ。皆ぐちゃぐちゃだわ……あは、あはは」
恐怖の針が振り切れたのか、一号は、笑っていた。
***
その後、近所の人の通報で到着した警察に、一号は無事保護され、暫く児童施設に預けられていた。
彼女が言った、前にあった似たようなことというのは恐らくそのことだろう。
あまり悲しいことを思い出させたくはない。三号の情報の真偽を確かめてみたい気持ちもあるが、このことは黙っていよう。
「―――ねえ、ねえってば! ちょっと、きいてる?」
ふと、自分の顔を覗き込んでくる視線があることに気づく。
「ん? ああ、ごめん……何の話だっけ?」
「もう、何ぼうっとしてんのよ。早くしないと七号消えちゃうわよ?」
どうやら、一号は平常運行らしい。一人でシリアスに陥っていた自分が馬鹿らしくなる。
――さて、俺も気持ちを切り替えないとな。
「そうだったそうだった。えーっと、死因はこの石で間違いなし。んで、七号の能力は骨の強化ってところだな。七号をやった奴は……まあ、腕が強化されてるって考えるのが普通か」
詳しいことはわからないけどな、と後付けして、八号は早急に踵を返した。
七号に背を向けて時計塔へと歩き出そうとしたところで一号に呼び止められる。
「え、え!? ちょ、ちょっと、もう帰っちゃうの!?」
拍子抜けも甚だしいと目を見開く一号。
「ん?今ので二人も能力が割れたんだから豊作だよ。それに、ずっとここに居るのは気分が悪いし、お前だって七号のそんな姿見たくないだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「いいから来い、詳しい内容は帰ってから話す」
一号は八号の口調に一瞬口を尖らせたものの、意図を酌んでくれたのか、黙ってついてきた。
時計塔に着いた途端、一号は緊張の糸が切れたように座り込んで、大きなため息をついた。
「はあ…………で、何よ?」
「見られてたかもしれない」
突拍子もない八号の発言に、一号は目を瞬かせる。
「は、はあ!?」
「見られてたんだ。俺らが七号の近くにいる時、右後ろの方から」
「どういうことよ? その家は全部鍵がかかっていたし、人なんか入ってないはず」
「ああそうだ。あそこの家だけ。窓もしっかりと閉められていたよな?」
「え、ええそうよ。だから何が言いたいのよ」
中々結論を言い出さない八号に業を煮やした一号は、単刀直入に聞いてきた。
「俺が前に見た時、ここらの家の窓のうちほぼ全てに鍵がかかっていなかった。そしてこれは三号が教えてくれたことなんだが、俺らがスーパーで初めて会う少し前の時点で街の北側には俺と三号とお前の三人しかいなかったらしい」
八号の言わんとしていることを察したのか、一号は息をのんだ。
「つまり、俺らがスーパーから戻ってきてから今までの間に、他の誰かがあそこの民家に立ち入ったことになる」
だが、一号は首を傾げた。
「でも、そうだからってあの時民家に人がいたとは断定できなくない?」
「いや、かなりの確率であそこには人がいた。実は俺、お前を時計塔に運び込んでから、空いてる時間は殆ど外の様子を監視していたんだ。俺が長い時間目を離したのはお前と買い物に行ってからあの悲鳴が聞こえるまでのおよそ二十分の間だけ。あそこで戦闘があったことを考えると外には出ないだろうし、その後直ぐに俺らが駆け付けたから、恐らくってな感じだ。だけど……」
「ちょっと待ってよ、その言い方だと家の中にいたのは七号をやった犯人とは別の人みたいじゃない」
「え……?」
「え……?」
暫くの沈黙。どうやら話が噛み合っていなかったみたいだ。
「ああ、ごめん。俺の説明不足だった。順を追って説明するよ。まず、家にいたのは犯人じゃない。証拠は、辺りに散らばっていたあの石だ。なあ一号、七号の周りに飛び散っていた石がどんなものか覚えているか?」
「え、ええ。石があったのは確かに覚えているわ、でも流石にどんなものかまでは……」
意図が解らず、その答えまでも解らない。一号は全く持って意味不明であり理解不能、とでも言いたげな苦い表情で天を仰ぎ、眉間に皴を寄せる。
「あの石は、この塔からスーパーまでの道の途中にあった公園の岩が砕けたものだ。あの特徴的な色の岩なんてあそこの公園でしか見ていないからな」
「つまり、どういうことよ?」
「七号は、戦って殺されたんじゃない。そもそも戦闘なんてなかったんだ。ここからはあくまで俺の予想だが、まず、犯人は七号に通信を仕掛けた。そしてその間に公園の岩を準備し、状況が整ったところでそれを投げた」
「は?」
一号は口を開けたまま微動だにしない。
「だから、公園から投げたんだよ、七号に向かって。犯人は腕が強化されてると思うってさっき言ったろ」
「流石にそれは無理じゃないの? いくら大通りが直線だからって、たとえ届く距離にあっても、そんな遠くからじゃ七号の正確な位置がわからないじゃない」
「だから犯人は七号に通信を仕掛けた。恐らく『あなたと協力したいです。私に敵意はありません。あなたと落ち合いたいので、正確な位置を教えてください』みたいなことを言ったんだろう」
「でも、それだともしも七号が嘘をついたら失敗しちゃうわよ?」
「いや、七号の性格ならきっと協力するはずだ」
言い終わってから気づいて、はっとした。三号から皆の過去について聞いているということはまだ一号には話していない。
「ねえ、どうして話したこともない七号の性格を八号が知っているの? やっぱりあなた、まだ私に隠していることがあるわね」
探るようにじっと見つめてくる一号。
「う…………そ、それは……」
とうとう壁際まで追いやられ、観念した八号は仕方なく話すことにした。
「実は俺、三号から皆の過去を――――」
以下略。
「―――というわけなんだ」
「ふーん……」
一号の反応が著しく乏しい。これは予想外だ。八号の話し方はそれほどまでにつまらなかったのだろうか。
一人悶々とする八号を前に、一号は他の何かに悩まされていた。
「うーん……ってことはやっぱり……いや、でも…………」
本人は気づいていないのだろうが、こう声に出して悩まれると、とても気になる。
――全く、俺を見習って悩む時くらい静かにしてほしいものだな。
「あ、あのー、一号さん? 何かお悩みで?」
結局、好奇心に負けた八号であった。
「いえ、実はね――――」
一号の声に被るようにして、錆びついた金属音が響いた。突如、時計塔の扉が開いたのだ。薄暗い室内が光で満たされていく。
「な……!」
咄嗟に刀を構え、一号を自らの背後に隠した。こみ上げる焦燥感を必死に抑え、ゆっくりと後退しながら、目の前の人物に問う。
「おい、どうしてお前がここに来るんだよ、十号」
時計塔の入り口に丸眼鏡のシルエットが浮かんでいる。逆光でその容姿はうまく見えないが、サバイバルをやっている十人の中で丸眼鏡をかけている人物は十号しかいない。
「お久しぶりです、お二人とも。相変わらず仲が良いですね。でもそんなに強張らないでください。私は戦いに来たわけではないので」
――十号の目的は何だ? 何故俺らに会いに来た?
「じゃあ、何で来たのよ」
八号の心の声を代弁するように一号が尋ねる。
「僕はあることを確かめるために来ました。八号さん、あなたに一つ質問があります」
優しく語り掛けるように十号は話した。そこに敵意など微塵も感じられない。
「俺に質問……? たったそれだけのために来たのか?」
「ええ」
きっぱりと答える十号。同時に、かけている丸眼鏡を中指でくいと押し上げた。
「で、その質問っていうのは何だ?」
すると十号は、一呼吸おいてゆっくりと口を開いた。
「ではお聞きしますが……八号さん、あなたはどこまで気づいていますか?」
真っ直ぐにこちらを睨んでくる十号。その視線はとても鋭く、心の奥深くまで覗かれているような感覚に悪寒が走る。
「……何の話だ?」
「そうですか…………。いえ、何でもありません。予定通りです。では」
八号の答えを聞くなり、何かに納得した様子で十号は踵を返した。金属の擦れる音と共に外からの陽光が遮断され、視界が闇に閉ざされる。
「え……? あ、おい! ちょっと待てって!!」
直ぐに後を追って時計塔から出ようと扉に手をかけた。が、
キイイイイイン。
「うぐっ!」
≪絶対に追ってこないでください。僕はまだあなたと敵対したくない。あなたも無駄な争いは避けたいはずです。利害は一致しています≫
通信が入り、やむを得ず足を止めた。十号は扉一枚を隔ててすぐ近くにいるにも関わらず、何故わざわざ通信を仕掛けてきたのだろうか。明らかに隠していることがある。彼を信用していいのか。それとも危険因子は早めに潰しておくべきだろうか。八号は考える。
――十号は武器を持っていなかった。今飛び出して行けば、虚を突いて一矢報いることもできるかもしれない。いや、それも駄目だ。能力がわからない相手に闇雲に突っ込むのは無謀過ぎる。となると、やはり―――。
「……わかった。今から三十分間はこの塔から出ない。その代わり、質問させてくれ」
自分の身が危険に晒されず、有力な情報を聞き出すのが最善の手だ。
「ちょ、ちょっと八号! なんで追いかけないのよ!?」
「悪い、少し黙っててくれ」
背後からの声に対して、通信に音が入らないように小声で諭す。
「わかったわよ……」
不満そうに頬を膨らませながらも静かになる一号。大事な時には素直になってくれるのが彼女の長所だ。あいにく他の長所はまだ見つかっていないが。
≪いいですよ、僕もあなたに質問しましたし。僕にわかることならお答えします≫
「なら一つだけ聞きたい。お前は俺らの知り得ない何かを知っているだろう。正直に答えてくれ。皆がこの世界に来てから今まで、お前と俺らの条件は一緒のはずだ。この差はなんだ?」
俺が尋ねた瞬間、ヘッドフォン越しに、そして扉越しに十号の雰囲気が変わるのを感じた。
≪なるほど…………。差、ですか。しかし情報源については僕から言う必要もないでしょう。いずれあなたにもわかりますよ。疑われるのは嫌なので一応言っておきますが、僕の持っている情報は僕がちゃんと自分で得たものですからね。勿論、嘘ではありませんよ≫
「お、おいどういうことだよ! いずれわかるって何だ―――」
≪それと、念のため言っておきますがこのゲーム、生き残れるのは一人ですよ。よく考えてくださいね≫
その言葉を最後に通信は途絶えた。次の瞬間には、扉の外に十号の気配はなかった。
「予想はしてたけどやっぱ重要なことは言わないよなぁ」
十号から得られたことは、彼が何かしら情報を持っているということだけだ。
「ねぇ、十号のやつ何て言ってたのよ」
「何もない。あいつは何一つ有力な情報を言わなかった」
精神的な疲れからか、全身が鉛のように重い。八号はぐったりと壁に凭れた。
「そうなのね…………あ、そういえば、さっきの話の続きなんだけど」
そう言って、一号は八号の隣に座り込んできた。肩と肩が触れ合うほどの距離。ふと、女性特有の甘い香りが仄かに鼻孔を擽る。明らかに鼓動が速まるのを感じる。
「え…………いや、あの……」
――だ、駄目だ。やっぱり女子に対しての免疫が無さすぎる。
一度考えてしまうと意識から離れなくなる。あまりの情けなさに脱帽せざるを得ない。
だが一号は、そんな八号のことなど一切気にせず、淡々と話し続ける。
「あのね、さっき言おうとしてたんだけど、私たち十人には、一人に一つずつ重要な情報が渡されていると思うの」
「な、なるほど」
話の内容が全く頭に入ってこない。いや、このままでは駄目だ。この先一号とは行動を共にしなければいけない。ここは女子に対する免疫をつけて圧倒的成長だ。
「ちょっと、聞いてる? 割と大事な話してるんだけど。あなたっていつも私の話聞いてないわよね」
「あ、ああ、悪い。これからはちゃんと聞くから続けてくれ」
「何よそれ、今までは聞いてなかったんじゃない」
「はい……すみません……」
一瞬、爬虫類にでも睨まれたような気がした。
「まあ今はいいわ。あなた前に三号から皆の過去を教えてもらったのよね? 三号はその情報をどうやって知ったって言ってた?」
「どうやって……? それは―――」
思考を巡らす。そう、三号が話してくれたのは本屋で会った時だ。
「―――この世界に来た時に、まるで自分の記憶みたいに、頭に入ってきたらしい」
「やっぱりそうよね。八号よく聞いて、私たち十人にはそれぞれ、何かのカギとなる有力な情報が与えられているわ」
一号は真剣な眼差しでそういった。
八号の中にも確かにその発想はあった。三号と本屋で会ったあと、なぜ彼女だけがそんな情報を知っているのか疑問に思ったのだ。しかし、それはないとすぐに否定した。
「いや、それは俺も考えたが、違うと思う。俺はその有力な情報とやらを持っていないからな」
「その冗談笑えないわよ。だって―――」
「お前は『皆がそれぞれ有力な情報を持っている』という情報を与えられたってことか」
八号の言葉に、一号は目を丸くする。
「え、ええ、そうよ。どうしてわかったの?」
「そんなのお前の話し方を考えればすぐわかる。普通、三号が皆の過去を知っているということがわかっただけで皆がそれぞれ情報を持っているという結論は出ない」
「…………た、確かにね」
「で、話を戻すが、お前に与えられたのが『皆がそれぞれ有力な情報を持っている』という情報だとすれば、さっきも言った通り俺にだけ与えられた情報なんて―――」
――いや、待て。そういえば俺だけに起こったことが一つだけある。
「―――そうだ。俺には、この街という情報が与えられたのか」
「……どういう意味?」
「一号も気づいているかもしれないが、俺は他の皆より少しだけ早くこの世界に来た。あれはこの街を探索して情報を得るための時間だったんだ。俺だけ自ら情報を得た形になったが、自分で実際にこの街を見て回れたのは大きい」
謎が一つ解けた。そんな安心感と今までの疲労は、八号を眠らせるには充分過ぎる理由だった。壁に凭れたまま、徐々に意識が遠のいていく。
だが一号は、ゆったりと瞼を閉じた俺に気を遣おうともせず、いたって普通に会話を続けてきた。
「そういうことね。でも、そうなると十号だけが情報を持っているのも当たり前なことなんじゃないの? あなたさっきなんで情報のこと訊いたのよ。意味ないじゃない」
「あ……」
八号の安眠は、早速妨げられたのだった。
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一号
性別:女
人物:JK。ポニテ。よくいるヒロイン的性格。恋愛経験希薄。
情報:皆がそれぞれ情報を持っているという情報
二号
三号→脱落
性別:女
人物:茶髪。ショートボブ。可愛い系。
四号
五号→脱落
性別:男
人物:メガネおじさん。優しそう。五十代。
六号
性別:男
人物:パツキン。パリピ。喧嘩好きそう。二十代。サイコパス。
七号→脱落
性別:女
人物:お母さん的な。三十代。茶髪。おっとり。
八号
性別:男
人物:主人公。童顔。童貞。高校生。
情報:この街についての情報
九号
十号
性別:男
人物:メガネくん。大学生。優等生って感じ。
謎の男
人物:謎の空間で八号と会った。上から目線でアドバイスしてきてちょっとウザい。
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