第63話 食堂と栗江摩理
翌日から、パチンコのデータ収集が再開された。僕はSSSを着込み、特製パチンコを持ち、成人男性の2倍の力で十メートル離れた距離から撃ち放つ……! 的の真ん中に当たるとまではいかないが……、直径1mの的に何とか当てることができた……。
「よっしゃ! どんどん撃ってこうぜ! とりあえず、今日は8時までやるぞ!」
僕は頷き、籠の中に用意された大量のゴム弾から1発を手に取ってパチンコの発射を続ける。十五分ごとに小休憩を取り、パチンコを撃ち続ける……。少しずつだが、的の中央付近に安定して当たるようになっていることが実感できる……。午後8時、予定通り、実験が終了する。
「総発射回数、九百六十二回。これだけデータがあれば何とかなるだろ」
シンヤはそう呟くと、パソコンでなにやら作業をし始めた。
「シンヤ、何やってるんだ?」
「シュウがパチンコを発射している時、風速のデータを取ってたんだ。一発、一発な。こういった類の武器は風向、風速に正確性が大きく左右されるからな。今はSSSから探知したシュウの体の動きのデータとオレが取った風速、風向のデータをまとめてんだ」
「なるほど」
「よっしゃ、入力完了。後の処理はオレがやっておくからよ。明日はデータに基づいてSSSに自動で照準を合わさせる実験をやるからな。今日は解散!」
僕は、シンヤからの解散の合図を受け帰宅の途につく。寮に到着すると、寮母の花岡さんが作り置きしてくれていた夕食を食堂に備え付けられたレンジで温める。最近は、図書館に籠もったり、シンヤの家に行っていたりで、出来たての夕食を取ることが難しくなっていた。出来たてを食べることができないのは花岡さんに失礼な気もするのだが、なんせ貧乏学生な僕は夕食を外食にするのは避けたかったので、花岡さんに無理を言って作り置きしてもらうようお願いしたのだ。
「うん、おいしい」
僕は呟きながら、温めなおしたトンカツを口に入れる。花岡さんが作ったトンカツは出来たてでなくともおいしいのだ。僕がふた切れ目のトンカツを口にしようとした時だった。食堂の入口が開く。この時間に僕以外の寮生が訪れることは珍しい。僕は入って来た人間の姿を見る。虚を衝かれた僕は、トンカツを箸から滑らせ、皿の上に落してしまった……。
「栗江!?」
そこに現れたのは、僕の元同居人で僕をパシリに使っていた張本人、ドS少女の栗江だった。栗江は僕の顔を見るや否や、機嫌の悪い表情をする……。
「あら、下僕じゃない……。久しぶりね。元気そうじゃない?」
「なんでお前がこんなところに?」
僕は椅子から立ち上がり、栗江に問いかける……。
「随分な言い様ねえ。私は寮生なのよ? 食堂くらい自由に使わせてもらうわよ。あと、お前って言い方は不愉快よ。私の名前は栗江摩理。魔理様と呼びなさい!」
相変わらずのドS具合だ。お嬢様っぽい立ち振る舞い、眼鏡から覗かせる黒眼と黒髪で整った上品そうな顔からは想像もつかない言葉がこいつの口から出て来る。 こいつはこの調子で川永学園入学前の一時期、僕をパシリに使っていたのだ。今、思い出しても腹が立つ。だが、もうこいつの思い通りにはならないぞ! 僕は目を瞑り、鼻を右手でつまみ、左手の人差し指で左耳を塞ぐ……。
「下僕……、あなた何やってんの? その間抜けな姿はなに?」
「赤崎さんから聞いてお前の秘密は知ってるんだぞ! お前、洗脳の研究してるんだろ? もう僕には効かないぞ!」
そう、赤崎さんが言うにはこいつは洗脳を研究している。そのせいで僕は不本意にもパシリなんてやらされたのだ。もうこいつのパシリなんて御免だ! 絶対洗脳されてたまるか!
「洗脳?」
栗江が僕に確認してくる……。こいつ、とぼけやがって!
「ああ、お前は光や匂いや音で操れるんだろ? だから眼を瞑って、鼻と片耳を塞いだんだ! 残念だったな。これで僕のことを洗脳できないぞ!」
「プッ、アハハハハハハ!」
栗江は大きな声で笑い出す。僕はその笑い声につい気を緩め、洗脳への防御を解き、栗江を見る。栗江は腹を抱えて、少し涙を浮かべながら笑っている。僕は馬鹿にされているような気がして少しムっとした。
「なんだよ! こんなことしても無意味だって笑いか? それは!」
「あなたの格好があまりにも間抜けだったから笑ったのよ……。安心しなさい。当分の間、私がアンタに手を出すことはないわ。それにしても、赤崎玲於奈のやつ、そんな説明をあなたにしてたのね」
「何だよ。その言い方。赤崎さんの説明が間違ってるっていうのか……?」
「さあ……?」
栗江摩理は不敵な笑みを僕に向ける……。
「近いうちにわかるかもしれないし、わからないかもしれない」
「はっきりしない言い方だな……」
「ええ、すべてはあの人のご判断次第だもの……」
「あの人?」
「あら、口を滑らせてしまったわね? でも、このくらいなら許して下さるわ……」
栗江は食堂の冷蔵庫からペットボトルのお茶を取りだす。
「お嬢様っぽい服装なのに、ペットボトルのお茶なんて飲むんだな……。さてはそのお嬢様っぽい服装はただのファッションだな? お前、ホントはお嬢様じゃないな?」
「……あなたの持つお嬢様の幻想はどうなってるのよ……。ペットボトルくらい飲むわよ。まあ、確かにこの服装はファッションだわ。でも残念ね。私は一応お嬢様よ? 明治の時代に一財産築いた一族だもの……。それでもって、あいつは……赤崎はもっと古くからの名家出身。ホント、ムカつくわ」
そういえば、赤崎さんは栗江と言い争っていた時に、栗江のことを『新興勢力』と口走っていた……。赤崎さんの家から見たら、そうなるわけか……。
「それではごきげんよう。天野秀一郎くん。……この言葉遣いなら少しはお嬢様っぽいかしら?」
栗江はいたずらに笑いながら、食堂から立ち去った……。僕は、椅子に座り直し、食事に戻った。おいしいはずのトンカツが少しまずく感じられた……。
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