第58話 ルーティン

 5月20日(日)、シンヤにパチンコを紹介してもらってから早、2週間弱。この間、僕がシンヤのラボに行くことはなかった。『シンヤがサッカーに行かない放課後と土日はラボ集合』、と言い出したのはシンヤだったはずなのだが、シンヤはサッカーが忙しく、また、サッカーがない日も例のパチンコとSSSのシステム改良にかかりきりになっているらしい。


 そんなわけで、システムが完成していないので、僕に協力の要請をしてくることもなかったのだ。……これなら、「オレのスケジュールが空いてる日に声かけるわ!」とでも言ってくれた方が良かった。おかげで僕は毎日、シンヤに今日はどうするか確認しなきゃいけないし、予定を入れることもできなかった。……まあ、入れる予定など一つもないのだが……。


 僕はこの2週間、平日、土日関係なく、空いた時間は図書館にずっと籠もっていた。相も変わらず、講義が理解できないから……、例のごとく、図書館でコピーしてもらった論文を翻訳しながら読んでいたのだ。聞く分には全く面白くなさそうな時間を過ごしているように思われるかもしれない……。まあ実際、面白いわけではなかったのだが……、この2週間で僕は新たな発見をしていた。


「そろそろ、時間だな……」


 図書館の時計の針は午後5時30分を指していた……。それを見て僕は独り言を呟く。今日も始まるのだ。彼女の舞台が……。


 図書館3階北側の窓から僕は中庭を覗きこむ……。今日も彼女は現れた一分の狂いもなく……。そして、彼女は踊り出す……。アスカ・ユアサ、だ。この2週間、僕はこの3階の特等席から彼女の踊りを見続けていた。そう、発見というのは彼女が毎日時間通りに踊っていることを知ったことだ。改めて観察しても、やはり、見たことのない踊りだった。初めて彼女の踊りを見た後、いくつかの踊りやダンスについてインターネット動画サイトで検索してみたが、どれも彼女の踊りとは違っているように感じられた。どうやら、彼女の踊りはオリジナルであるようだ……。


 僕は彼女が踊っている中庭に足を運ぼうとしたことがある。もちろん、彼女が踊っている時間帯を外して……、だ。彼女に話しかけることが目的ではないし、僕にそんな度胸はない。単に中庭に至るにはどういう経路で行くのか気になったのだ。だが、結局中庭に入ることはできなかった。


 図書館と研究棟の壁体に囲まれた中庭の空間……。そこに至る扉は図書館と研究棟の一階部分に一つずつしかなく、どちらの扉も窓のない鉄扉だ。図書館側の扉は職員以外立ち入り禁止の場所にあるらしく、研究棟については、僕の持つカードキーでは入れない。したがって僕は中庭への侵入を断念したのである。


 さらに言うと、図書館3階のこの窓から見る限り、研究棟の中庭に面する窓は全て磨りガラスであり、図書館の中庭に面する窓もまた、すべて磨りガラスであった。そのため、ガラス越しに中庭を見ることはできない。空調が効いている建物なので、窓が開かれることも滅多にない。


 そんな建物構造の中、なぜか、この場所、図書館3階の窓だけは磨りガラスではなく、普通のガラス窓だった。つまり、彼女の舞台を見ることができる唯一の場所、というわけだ。


 午後6時、今日もまた一分の狂いもなく、彼女は踊りをやめ、研究室棟の扉に入って行く……。有名なスポーツ選手などは自分のルーティンを大切にすると言うが、彼女の踊りもルーティンなのだろうか……。


 僕は初めて彼女の踊りを見てから、ずっと魅了されていた。だが、それは彼女がかわいいからだとか、踊りが美しいからだとかそんなことが理由ではない気がしていた。もっと、何か、僕の探求心をくすぐるような、そんなものを彼女の踊りから感じていた。しかし、結局今日もその原因を突き止めるには至らなかった。


「なんなんだろうな。アスカ・ユアサの踊りから感じるこの感覚は……」


 僕が独り言を呟いたその時、携帯電話のマナーモードのバイブレーションが僕の太腿に伝わる。ズボンから取り出し、画面を確認すると、シンヤからメッセージアプリで連絡が届いていた……。


『やっと、パチンコとシステムの改良が終わったからよ! 明日はラボ集合な!』


 明日は月曜日だから、講義の時に言ってくれればそれでいいのに……、いや、予定が空いているかの確認も兼ねているんだろうな……。僕はそんなことを思いながら、シンヤに『わかった』と返信し、論文翻訳の作業に戻るのであった。

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