第45話 SSS

「そう、今シュウが着てんのはあくまで一般用……筋力を補助するためのもんだ。身体能力『補助』スーツってオレは名前を付けてる」


 シンヤは僕が着ているスーツを指さして説明する。やっぱり、と僕は思った。あの後藤とかいう不良をぶっ飛ばした時の力は1.5倍程度じゃ無理だ。シンヤが着ているのはもっと別のものに違いないと容易に推測できた。


「それに対して今、オレが着てるのはただ筋力を補助することに留まらねえ。最大出力は平均成年男性の筋力の5倍まで出すことが可能な代物だ。身体能力『強化』スーツ……。その名もシンヤ・スペシャル・スーツ……SSSだ!」


 シンヤ・スペシャル・スーツ(SSS)……。ネーミングセンスは置いておくとして、5倍の力だって? そんな出力に人間が耐えられるものなのか?


「シュウ……『そんな力をだして人間が耐えられるのか?』って思ってるだろ? 結果からいうと多分耐えられない。さっき、あの不良をぶっ飛ばすのに使ったのは3倍だった。でも、腕の骨が折れるんじゃねえかって衝撃だったぜ。3倍でそれだからな……。5倍で殴った日にゃ複雑骨折は免れないだろうな」


 そんな危ないものをよく作ったもんだ、と僕は思った。


「そんな出力が出せるようにして何に使うつもりなんだよ?」

「決まってんだろ! ならず者をぶっとばすためだよ!」

「は?」

「さっきのカツアゲしてた不良たちみたいな輩がいるだろ? ああいうやつを見つけた時にぶっ飛ばす! そのために開発したんだ!」


 いや、さすがにちょっと危ない思想過ぎないか? 下手したら相手を殺すことになる。一歩間違えば、シンヤの方が犯罪者になりかねない。


「大丈夫だって! 心配すんなよ! SSSを起動するのは相手がやべえ奴のときだけだよ。ナイフ持ってるとか、ピストル持ってるとかな。今回の後藤は規格外だったからな。特例だよ。特例」


 ピストル持ってるような奴と対峙するつもりか、この少年は……。僕は今日のようなカツアゲの場面にも二度と遭遇したくないってのに。


「どうだ、『SSS』ちょっと着て見るか?」

 シンヤの提案に僕は頷いた。危険なことに首を突っ込むつもりはないが、高出力を出すことのできるスーツには大いに興味がある。2倍や3倍の世界ってのを見てみたい……。



「着心地はどうだ?」とシンヤが僕に問う。


 僕は悪くないと答える。実際、先ほどまで着ていた「身体能力補助」スーツと着心地は変わらない。


「よし、じゃあ電源入れるぞ」


 シンヤが電源を入れると、先ほどと同様に体が軽くなるのを感じた。


「じゃ、『システム実行、2倍』て命令してみてくれ」

「システム実行、2倍」

「よーし、じゃあ動いてみてくれ」


 緊張の瞬間だ。2倍の動き……一体どれほどのものだろう。期待に胸が躍る。歩こうと足と手を動かそうとした時だった……。


「あだだだだだだだだだ!?」


 とてつもない激痛が僕を襲う! SSSが僕の体をあらぬ方向に曲げようとする!


「シュウ、大丈夫か!?」

「大丈夫じゃない、大丈夫じゃない、大丈夫じゃない!! 早くとめてくれええええええ!!」


 シンヤが電源を落とす。僕の体からスーツの圧力が消えていく。


「いだだだ。マジで死ぬかと思った」

「やっぱりこうなったか……」

「やっぱりってどういうことだよ!?」

「いやあ、このSSSはオレの体でしかチューニングしてなかったからよ…………多分、シュウの体ではまともに動かねえだろうなあとは思ってたんだ。まさか、こんなに痛がるくらいに無茶苦茶に作動するとは思ってなかったぜ。ははは」

「何が『ははは』だ! こっちは本当に痛かったんだぞ。少しは反省の色を見せろよ!?」

「悪い悪い」


 本当に悪いと思ってるのか? シンヤが軽いトーンで謝罪する。少し、シンヤの態度にイラッとした。しかし、その感情を上塗りするように一つの疑問が浮かんだ。


「何で補助スーツのときは僕が着てもスムーズに動いたのに、SSSでは動かなかったんだ?」

「ああ、それはそもそも違う生体電位信号を使用してるからだな」

「違う生体電位信号?」

「ああ。この前、カフェでレオナが速読してた本があるだろ? アレを応用してんだ」


 赤崎さんが速読してた本……、『身体接続同期論』とか言うやつのことか。たしか、あれに書かれていたのは……。


「生体電位信号の『本信号』で義手を動かそうとすると、どうしても生身の手よりも動きが遅れる。だから人間が無意識の内に出している『本信号前の事前信号』を利用するってやつのことか」

「さすがだな、シュウ。覚えてたか。もう説明するまでもないと思うが、一応言っておくと、身体能力補助スーツの方は本信号に反応して動いているんだ。だが、それだと使用者がスムーズにストレスなく動かせるのは1.5倍までだったんだ。そこで、このSSSでは事前信号を受信して動かしている。その結果、補助スーツの何倍もの出力でも使用者のストレスなく動かすことに成功したわけだ」

「そのSSSの使用者っての今のところはシンヤだけってことなんだな」

「そういうことだ。そこでお願いがあるんだけどよ……」


 シンヤが少し言い淀む。まあ、言いたいことはなんとなく想像はついた。


「SSSのモニターとして僕を使いたいってことだよな」

「もし、良かったら、だ。実を言うと、モニターを頼もうかどうか今日の今日まで迷ってたんだ。このスーツは兵器みたいなもんだ。シュウがこれを悪用するような奴だったら危険だからな。でも、今日のカツアゲの件で確信した。お前はSSSを悪用するような奴じゃねえ。だから、協力してもらえると助かる」


 こんな、面白そうなこと断る理由があるわけないじゃないか。これが実用化されれば、きっと革命が起こるに違いない。そう思うと僕は何か大きなことに手を出しているような気がしてわくわくが止まらなかった。


「もちろん協力させてもらうよ!」


 僕はシンヤに手を差し出しアームレスリング型の握手をした。

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