第30話 確信
「あれは川永学園が主催するセミナー後の懇親会のことだったよ」
石田さんが思い出すように語る。
「僕はその時もう川永学園の入学が決定していたからね。学長に挨拶に行ったんだ。彼は僕にこう言ったよ。『ウチの研究をどんどん盗んでください』ってね。ご丁寧に図書館でコピーできることも教えてくれたよ」
「なんで、学長がそんなことを!?」
「ああ、僕も気になったよ。だからセミナーに同席していた上司に聞いたんだ。どういうことですかってね。簡単なことだったよ。双方に利益があるからさ」
「利益……ですか?」
「うん、天野くん。なぜ僕が所属する会社も含め、企業がわざわざ金を払ってまで社員を川永学園に入学させると思う?」
「そりゃ、研究者として成長させるためとかじゃないんですか?」
「ま、それもあるね」
「あ、あと、石田さんみたいに論文とか技術を盗ませるため」
「『盗んでる』はもうやめてもらえるかな、さすがに傷つくから」
「すいません……」
本当に傷ついていそうだったから、僕はとりあえず謝った。
「いま天野くんが言ってくれたことは全部正しい。だが、さらに付け加えるなら、『ブランド』だよ」
「ブランド?」
「そう、世界でも有数の名門大学川永学園、その出身者を多数抱えている企業はそれだけで、顧客や提携先の信用を勝ち取れるんだよ。優秀な会社だ、ってね。まだ君は若いし働いたこともないだろうから、実感は湧かないだろうけど、学歴や実績ってのは大きな力を持ちうるんだよ」
ブランド、か……。あんまり気持ちいい考え方じゃないな。だけど、仕方ないことだとも感じる。僕だってテレビなんかで東大出身と聞いたら、それだけで凄いんだと思ってしまう。きっと大事なことなんだろう。
「企業の利益は分かりました。でも、学園側にどんな利益があるんですか? 研究内容をまとめた論文を垂れ流しにするなんて損しかないんじゃ……?」
「簡単なことだよ。川永学園の関係者しか論文を見ることができないって条件が付いてるだろう? つまり、研究論文を見たけりゃ、川永学園に入学させろってことさ」
「論文と引き換えに優秀な人材をよこせってわけですか?」
「そのとおり。ま、論文だけじゃないよ。研究方法のノウハウってのは論文に書いてはいないからね。あと、技術や研究内容を渡すのは何も川永からの一方通行ってわけじゃない。川永も企業から派遣された入学者から企業の持つ研究結果を手に入れるって寸法さ」
なるほど。企業は川永のブランドと研究を利用する。川永も企業の優秀な人材と研究を手に入れて、生徒や研究室のレベルを維持することで今の地位を守れるということか。相乗効果ってやつか。
「それに学長はこうも言ってたよ」
石田はまた、メガネをくいっと直した。
「本当に大事な研究は図書館なんかに置かない、最新の研究は川永学園関係者でも一部しか知りませんよ、ってね。つまり、図書館で手に入る時点で、川永にとってそこまで重要な研究じゃないってことさ。だから、僕が論文を企業に横流ししても、それは川永学園の予想の範疇ってことさ」
「ははっ」
石田さんが話し終わるや否や僕は笑ってしまった。
「ど、どうしたんだい?」
石田さんが少し驚いたように僕に問いかける。
「いえ、嬉しくって」
「う、嬉しい?」
「ええ」
僕は嬉しくって仕方なかった。
僕はこれまでにいろんな教科書を見てきた。そして理解もしてきたつもりだ。僕の知らない知識はないんじゃないかって自惚れるくらいには勉強した。でも、いざこの学園に入学したらどうだ? 知らないことばかりだ。いかに僕の知識が狭い世界のものだったか、思い知らされた。
同じ年齢の人間の天才性にも触れた。自分がいかに頭が悪いか、現実を知らされた。
だからこそ、嬉しい。教科書の先を行く論文、さらにその先を行く隠された研究だって? 上等じゃないか。この学園に入学して良かったと心の底から思ってしまう。ここで研鑽を積めば間違いなくたどり着けるはずだ。僕が夢見た「死の克服」に、そしてその先に……。
僕はそう確信した……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます