第16話 説明回は長くて面白くない

 アスカ・ユアサが新入生代表挨拶をする、という僕にとって衝撃的な入学式を終えると、別室に移動し説明会が行われた。受験番号順に新入生は10の教室に分かれて教科書の購入方法、学園内の施設案内、各サークルの代表者による勧誘等の説明を受ける。周囲を見渡して確認すると、この教室には僕より年上の方しかいないようだ。一番若くて20歳くらいだろうか……。


「それでは5枚目、6枚目の資料を見てください。こちらがクラス表となっています。各自、自分がどのクラスか確認しておいて下さい。また、7枚目には講義の時間割を載せています」

 説明会の担当者が指示を出す。


 川永学園は教育機関の区分としては大学に区分されるが、学部は存在しない。2年間は基礎学習期間となっており、いわゆる理系と呼ばれる学問を全て履修しなければならない。これは川永学園の「研究者は知識の習得に貪欲たれ」という教訓によるものだ。したがって、数学の道を志す者であっても物理系、化学系等の講義を受けなければならない。基礎学習期間を終えて3年目からは晴れて各分野の研究室に配属されることになる。


 大抵の大学は生徒が各自で受講する講義を選択するそうだが、川永学園にそういった制度はない。学園側から与えられた講義は全て受けなければならない。時間割表を確認すると、平日の9時から16時までビッチリと講義が詰まっている。川永学園に入学すると決めてから覚悟はしていたが、なかなかしんどそうな日程だ。自分が興味のある講義はともかく、興味の無い講義も受ける必要があるので、苦痛な日々が続きそうだ。


「地質学なんて興味ないんだけどなあ、化石も興味ないから古生物学も嫌だなあ……」などと、その筋の専門家が聞いたら怒りそうなことを考えながら、自分のクラスを確認した。Fクラスだった。Fクラスのメンバーを確認すると、利根川伸也という名前が書かれていた。赤崎さんが言っていた子だ。同じクラスならなおさら仲良くしよう。……アスカ・ユアサは……Aクラスか……。


「それでは週明けから早速講義が始まります。それまでに各種教科書の購入を済ませるようにしてください。土日も大学内の書店は開いていますので、近所にお住まいの方は土日に購入していただくようにして頂き、本日金曜日は電車等で通学している方が優先的に購入できるようにご協力ください。毎年一斉に新入生が購入に来る影響で書店が混雑してしまっているので、それを防ぐためです。よろしくお願いします」

 説明担当者が注意を促す。僕は寮が近所だから明日、土曜日に買いに行くか……。


「最後に学園施設に入るためのカードキー兼学生証を配布します。受け取った方から本日は解散になります。お疲れ様でした」


 受験番号順に名前を呼ばれ、カードが配られていく。僕も名前を呼ばれ、カードを受け取る。なんてことはない、白地に黒色の文字が書かれていて、僕の顔写真、僕の名前、ID番号、川永学園の名称とマークが記入されている、デザイン的に見れば何の変哲もないカードだ。学園内の各施設に入るにはこのカードを使って鍵を開けなければならない、とはいっても新入生が使える施設は限られている。体育館、図書館、講義室など全ての生徒が共用で使っている施設に入ることができるくらいだ。3回生になれば、所属の研究室や関連する実験室に入れるようになるらしいが、しばらくはお世話になることはない。


 カードを受け取ると僕は学園をうろつくことにした。学生食堂、図書館、学生生協など、今後の生活に関わる施設を確認するためだ。学生食堂は3つあり、それぞれ独立した建物が隣り合うように建っている。いずれも二百人は収容できそうな広さがあった。学生生協は学生食堂の近くに小さく建っていた。


 最後に図書館を訪れたが、ここは他の建物と少々様子が違っていた、というのもこの学園の図書館は学生だけでなく一般にも公開されていて、学生以外の人も利用できるのだ。そのため老若男女問わず、いろいろな人がいる。


 ただ、一般書物区画と専門書物区画に分かれており、専門書物区画に入るには川永学園のカードが必要となるのだ。僕は試しにゲートに設けられているパネルにカードをかざしてみた。すると、「ピッ」という音ともに扉が自動で開いた。中に入ると劇場のように広い空間に膨大な書物が配置されていた。なんでも川永学園の専門書物区画には国立国会図書館並みの書物が納められているとのことだ。一部の図書を除き、学生は自由に借りることができる。少し見て回ったが、自分が過去に目を通した専門書も全て蔵書されていた。何か調べる必要があればこの図書館に来れば、まず困ることはないだろう。


「今日はこんなものでいいかな?」

 図書館を後にして寮に戻ると、ちょうど夕食の時間になった。今日はとんかつか……。ころもの良い匂いが鼻に届く。


「お疲れさん、もう夕食出来あがったから冷めないうちに食べてね」

 寮母の花岡さんが厨房から声を出す。


「ありがとうございます! いただきます!」

 僕はお礼をすると早速食べ始める。揚げたてですごくおいしい。ころもがさくさくしている。


「ごちそうさまです! おいしかったです!」

 食べ終わると僕はお礼を言いながら食器を厨房に持っていった。


「こんなにおいしいのに食べるの僕しかいないんですね……」

「仕方ないよ。みんな研究室に入ると帰りが遅くなるからね」

 花岡さんは食器を洗いながら少しさみしそうに笑っている。今、寮で食事を頼んでいるのは僕だけだ。他の寮生は寮で食事を取っていない。理由はそれぞれだが、研究室に配属され、食事の時間が不規則になっているというのが大半の原因だ。


「すいません、僕一人のためにだけ夕食作ってもらって」

「良いんだよ。その分料金は貰ってんだから。それよりも私のこと気にして無理に夕食をここで食べる必要はないからね。事情が変わって寮で食べるのが難しくなったら遠慮なく言うんだよ」


 僕は分かりましたと言って自室に戻った。お腹がいっぱいになると、眠くなってきた。明日は教科書を買いに行かなきゃ…… 風呂に入って歯磨いてもう寝るか。

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