第15話 埋められないもの

「あれがアスカ・ユアサ?」

「かわいい、お人形さんみたい」

 周囲がざわついている。無理もない。世界的にも有名人と言っていい人間が目の前にいるのだ。


 新入生代表の話が始まった。が、僕は話の内容を聞けるほど冷静ではいられなかった。僕が研究の世界を目指したきっかけになった少女、テレビの向こう側の存在だった『アスカ・ユアサ』が目の前に立っているからだ。


「なんでこんなところに?」


 僕のあたまの中は混乱していた。ある種のあこがれを抱いていた存在が目の前にいるからか、平静を保つことができなかった。彼女が壇上に上がっている間、マスコミのカメラは彼女を捉え続けていた。それは仕方がないことだ。彼女は12歳の時に最年少でノーベル物理学賞を受賞した有名人だからだ。だからこそ理解ができなかった。確か彼女はアメリカの有名大学の研究所に所属していたはず、そんな彼女がなぜ、わざわざ川永学園に入学しているのか。


「以上で新入生代表の挨拶を終わります」


 アナウンスの案内に従い、アスカ・ユアサが降壇する。日系人とは思えない透き通った白い肌に長い銀髪、そして全てを見透かしているかのような銀色の目。その表情には、大勢の前で挨拶をし終わったというような安堵の表情も笑顔もない。おそらく、挨拶前も緊張した表情など一つも見せなかっただろう。無表情という言葉はこの人のためにあるのではないかと思うほどだ。その堂々とした態度はとても自分と同年齢とは思えない。


「あの時と同じだ」


 僕は思わずつぶやいてしまう。8歳の時に彼女を初めてテレビで見た時、僕は彼女と自分に大きな差を感じていた。同年齢の彼女が研究の最前線にいることを知り、彼女に負けたくない、と勝手にライバル視をして勉強に励み、川永学園に入学した。だが今、彼女を目の前にし、その立ち振る舞いを見るとあの時と同じ感覚を覚えてしまう。


 彼女と僕との間には決して埋めることのできない大きな差がある、と。


 その差は6年前のあの時以上に開いている……。そう感じざるを得ないほど、間近で見た彼女には特別な雰囲気があった……。

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