005
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昼間に相野さんから一政が食人を続けている可能性について聞いたけれど、それより私が一政に食べられるっていう方ばかり気になって、正直なところ話が頭に入ってこなかった。
相野さんの名刺を眺めていても仕方ないから、それをベッド脇に追いやって食人いわゆるカニバリズムっていうのについて詳しく調べてみようとスマホをいじる。
なんとなくの知識はあっても分かっていることなんて限りなく少ないから。
最初に頭に浮かんだのは『食人族』って映画。
モンド、モキュメンタリー、ファウンドフッテージとかいわれるジャンルの映画でカルト的な人気を誇っているけど、正直私はあの映画からカニバリズムにたいする知識はなにも得られていなかったみたい。
私がいじるスマホに映るネットの世界に氾濫するカニバリズムへの解釈は、『食人族』みたいにただ襲って食べる解釈だけじゃないみたいだから。
確かに他者を威圧する目的で食べることもあるようだけど、それでもただ野蛮に食べ散らかすわけではない。
それは相手に恐怖を植え付けるという目的のものであって、無駄に多くを食するわけじゃないんだろう。
これは
外があるなら内もあるのは当然で、エクソカニバリズムにも対になるよう
これは私が昼間一政に話した内容に近い。いわゆる宗教的というか儀式的な意味合いで死者を自らに取り入れる、愛着から魂を受け継ぐ……
って、ちょっと待ってよ。
これだけ見たら一政が私を好きで食べるっていうのも間違ってないってこと?
とかそんな風に思うけど、でもやっぱり違うんじゃないかな?
あくまでそれは死者への配慮みたいなもので、生きている内は愛しているんだから殺したりはしないわけでしょ?
日本にはカニバリズムに近い風習で【骨噛み】っていうのがあるらしい。
ちょっと、まじで? って正直思う。
鎖国の影響で国家自体が部族化してるんじゃないのとか、いまだに土着信仰みたいなのが根強い地域もあるもんだなあとか妙に感じた。
でもこれだってすでに死んだ人の骨を食べるってやつだから、やっぱり一政の行為は間違っているんじゃないのかな。
あっ、もしかして一政がそういった地域の生まれだったりする? とか思ったけど、これってすごい失礼な考えだ。
さっきまでの私の道徳観とかいってた諸々はどこいったんだよ。
今日はなんだか相野さんにしてもだし一政にしてもだけど、考え方が差別的な気がするのは、やっぱり私の中に不安や恐怖やよく分からない暗いなにかが集まっているのかなとかもうよくわからないから、一回仕切り直そう。
私が調べるのは私の心じゃなくて、カニバリズムについて。
カニバリズムっていうのは、大きな分類として二パターンが存在するというのはどこのサイトを見ても共通認識としてあるみたいで、その二パターンっていうのが、【社会的な行為】として行われるものと【純粋な食】として捉えるもの。
さっき見ていたエクソカニバリズムとかエンドカニバリズムとかは、いわゆる社会的な行為ってやつに分類されるらしい。
社会的行為にはオートカニバリズムっていう自分自身の肉を食べる、もしくは食べさせるっていうのもあるらしいけど、きもい。そんなやつサイコパスすぎる。
共食いっていうのはどうなんだろう?
これもカニバリズムに含まれるよね。
一見するとエンドカニバリズムっぽい気がするから社会的な行為に感じるけど、実際は食としての要素の方が強い気がする。
人間においては倫理観や道徳観だったり言葉によって色々装飾されたりして誤魔化しが利くからエンドカニバリズムに仕立てることは出来ると思う。
でも人間以外の動物に関してを見てみると、その考えは間違っているんだろうって答えを私は導き出してる。
昔飼ってたメダカが卵を産んで喜んでたのに数日経ったら親のメダカが全部食べてたりとか、雌のカマキリが交尾中に雄のカマキリを頭から食べていくのを見てビビったりしたこととか、誰しもそういった人間以外の共食いに触れる機会ってあったはず。
それって社会的なものではなくて、食であって栄養を確保するためのものじゃないかな。
人間にとっても人間以外の動物にとっても出産っていうのはエネルギーをすごく使うみたいで、私は経験がないから分からないけど出産を経験した友達がいうには、「肌とかぼろぼろだし、ひどい人は妊娠・出産を経験して骨粗鬆症になったりすることもあるんだよ」なんていっていた。
それって子どもに母親の体から栄養を送り続けるために起こることで、それなら当然栄養があるに越したことはない。
メダカだってカマキリだってそれは同じなんだと思う。
それどころか人間と違って、自然界で生きる動物たちは栄養や食料の確保が難しい。
それを手早く取り入れるための共食い。
本当がどうかはよくわからないけど、交尾中に雄のカマキリを食べた雌の方が、卵の数が多かったなんて結果も出てるとか。
これはやっぱり純粋な食としてのカニバリズムといえるんじゃないかな?
人間でも緊急時におけるカニバリズムは食としてのものであるし。ってカニバリズムは絶対に共食いになるじゃんって当然のことに今更気付いたんだけど……
「あー、なんか訳分かんない」
私の頭はパンク寸前ってほどではないけど、理解が追いついてない。
でも今考えた中にそれなりのヒントがあったような。っていってもそれが明確な答えじゃないのは分かってるんだけど、それでも答えの一端みたいなのが垣間見えたような……
「いやいや、やっぱり分かんない」
分からない時は何を考えたって分からない。
そういえばまだお風呂に入っていないし入らないとって思ったけど、今日は家のお風呂に入る気にならないなあ……
本当なら今日は家の大掃除をするつもりだったんだけど、一政とか相野さんと喋っていてそんな気分じゃなくなったし。
たまには家の近くにある銭湯にでも行こう。
替えの服とか下着とかタオルを集めて、シャンプーとトリートメントは試供品で貰ったどこかのメーカーのやつでいいや。
玄関に向かう途中に見たお風呂場は少し汚れていて、赤カビみたいなピンクっぽい色が隅にあるのが目についた。
「はあ……明日は絶対掃除しよ」
私はどうでもいい意思表明をして家を出ようとしたけど、明日になったらこのこと忘れてそうだなとぼんやり思った。
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「サナって、肌めっちゃ綺麗じゃない?」
「そんなことないよお。別に化粧水とか高いやつ使ってる訳でもないし」
二人の会話を聞いてると、女の子ってだいたい相手のことを褒めるなといつも思う。
それを謙遜するように見せて、自慢するみたいにいうのもテンプレみたいなもの。
こういうやりとりは正直面倒なんだけど、付き合いっていうのは大事だから私は自分を偽って同調して生きている。
「本当? サナ、内緒でなにか使ってるんじゃないの?」
「本当になんにも使ってないってえ」
サナは甘ったるい声を垂れ流す。
それを聞いているのか聞いていないのかよく分からないけど、フミはスマホをいじりながら愛想笑いをしている。
仕事終わりの少しの時間。苦痛というほどではないけど退屈な時間。
「それじゃあ、また明日ね」
会社の近くから出ている電車は他社との競合がないので、必然的に通勤の際に会社の同僚たちの多くが利用することになる。
でも私は電車に乗る必要がない。
やっぱり会社の近くに引っ越して正解だったなあと、面倒な同調から解放されて思った。
「あれ? なにか事件じゃない?」
私の肘あたりを掴んできて、フミが先を見ている。
黄色と黒色の立入禁止と書かれたテープが張り巡らされた先で、警察官が何人もうろうろとしている。
「ええ、こんな会社の近くでえ? なんかこわい……」
サナはそういって私を見る。
「コウ、家の近くなのに、怖いねえ」
道行くいかにも野次馬っぽいおばさんの声。
「なんか、誘拐じゃないかって話らしいわよ。血の跡があるから、殴られたりしたんじゃないかって」
その言葉がサナを更に怖がらせているのを表情から、フミを更に怖がらせているのを肘から伝わる震えで感じた。
私だって恐怖を感じてはいるけど、それはサナとフミとは違うタイプの恐怖。
だって私は……
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