第20話:鳥の巣

「これって……」

「このアンドロイドに記録されていた映像の一部だ。何とか復元できたのはこれだけだな。初期のアンドロイドだけあって部品は古くててこずったが造りは単純だ。映像の録画機能しか備わってない。しかも用途は不明だ」

「軍事利用目的だろ?」

「いや、アンドロイドが軍事利用されるようになったのはもっと先だ。アンドロイドが世界で普及した後。人間に扮して体内に爆弾なんかを隠して自爆させる。そのせいでアンドロイドの製造は違法になり今にいたる。お前みたいにこうして残ったアンドロイドをマニアに売って金儲けする奴らが出てきたのもそのせいだ」

「……」

「この人達は誰?」

 グリドラと老人の間にすっかり目を覚ましたリゲルが割り込む。

 気が付けばハントの修理は無事に終わったらしく、作業台の上で静かに座っている彼女。

 相変わらず大きな目には工房の景色がうっすらと映っている。

 二人と一匹と一体は解像度の悪い映像を眺めている。

 老人がハントの中から見つけたチップなるものを再生させたものだった。

 画面の中には複数の男女と一匹のカウムが映っている。

『オリオン』という名には聞き覚えがあった。

 確か、一番最初に地上に出たカウム族の名前がオリオンであると習ったことがある。

 危険な外の世界で生き延びることができなかったと聞いていたが、映像を見る限りとても元気そうだし人間の友人までいるようだ。

 しかも、その人間の一人があの絵本を描いていただなんて。

「ツバメとかトキって……鳥の巣の創設メンバーの名前だよな? じゃあハントは鳥の巣に造られた最初のアンドロイド」

「鳥の巣って?」

「最初にアンドロイドを人間社会に取り入れた組織の名前だ。人間とアンドロイドが幸せに暮らすための世界づくりをってな。結局アンドロイドは戦争の道具になって製造中止。その思想は大失敗に終わったわけだ」

 グリドラがつまらなさそうに話す。

「お前が知りたがってた絵本のこともわかったしラッキーだったな」

 ラッキーだったのだろうか。

 ラッキーなのだろう。

 絵本の続きも作成者も知ることができた。

 でも、そこに込められた理想と現実の落差にもの悲しさも感じる。

 ハントはエムと一緒にいるために造られたアンドロイド。

 じゃあ、ここに連れてきてはいけなかったのだろうか。

 エムは今も一人でどこかにいるのだろうか。

 いくら成り行きだったとはいえ申し訳ない気持ちも湧いてくる。

「この人達は今どこにいるの?」

「もう全員この世にはいないさ。アンドロイドが世の中の普及して百年近く経ってる」

「そうなんだ。……僕、エムを探しに行こうかな。きっとあの森のどこかにいると思うんだ」

「はぁ?」

 グリドラが信じられないと言いたげに表情を歪める。

 偶然とはいえ当初の目的であった絵本の結末がわかったというのに、どうしてまた面倒くさい決断をするのだろうか。

「家族に黙って出てきちゃったから一度は戻らないといけないし、ハントだって戻りたいと思ってるはずだよ」

「どうだか」

「お前等いつまでここにいるつもりだ。用が済んだんならさっさと出ていけ」

 老人がしびれをきらせて追い出しにかかる。

「代金は――」

「お前から金なんて貰いたくもない。二度と顔を見せないならそれでいい」

「おじいさん、ありがとう」

「礼もいらない。まぁ、カウムを見れただけ儲けものだと思っておくとしよう。わかったら森でもどこでも帰れ。それと、家族がいるなら大切にしなさい」

 後半の優しい言葉とは裏腹に乱暴に外へ追い出される。

 あっという間に行く当てをなくした一匹と一人と一体。

「……とりあえず宿でも探すか。行動するにしても明日からでいいだろう。急ぎでもないんだし」

「グリドラも一緒にエムを探してくれるの?」

「どうだかな。どちらにしろ俺も古都の方に戻らないといけないし、できる範囲で手伝ってやってもいい」

「ありがとう」

「ついでだついで」

 頭を掻きむしりながらグリドラが歩き出す。

 彼が何を思ってそう言っているのかリゲルにはわからなかったが、素直にしの言葉に甘えることにする。

 エムを探すにしても、リゲルの知識ではきっとつまずいてしまう。

 絵本に描かれている話が本当だった。

 エムに会えたら、「もう大丈夫」と伝えてあげよう。

 君のことを想ってくれる人達がいた。

 傍にいてくれる存在だっている。

 だからもう寂しくないと伝えてあげよう。

 ゆっくりと歩きだすリゲルとグリドラの後ろをハントがついていく。

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エムのいた世界 まいこうー @guuji

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