第17話:機械技術者
「……長生きはするものだな」
前歯の抜けた老人が、立派な白いひげを揺らしながら首を傾げた。
頭にはヘルメット、顔にはサイズが合っていないゴーグルと装着しているため、一見してその表情を読み取ることは難しい。
声の感じや雰囲気からして不機嫌というわけではなさそうだが、グリドラとリゲル、壊れて動かないハントを歓迎しているようにも思えない。
不格好な灰色の椅子に腰かけたまま、老人はその後言葉を発することなくずっとこちらに顔を向けている。
かなり高齢なのだろう、薄汚れた黄土色のつなぎから出ている肌の部分は皺がよりシミだらけで、骨と皮しかないかのようにやせ細っている。
両手で包むように柄を握っている杖も、彼の身体の限界を表していた。
「まだ生きてたか」
グリドラが吐き捨てるように言う。
辿りついたのは、どうやら何かの工房のようだった。
外観から中までほとんどが金属でできた何処か冷たい雰囲気の建物。
リゲルにはガラクタにしか見えない無機質な塊や何に使うのか見当もつかない道具はそのかしこに散らばっており、そこら中油やほこりの臭いが充満している。
鼻が曲がりそうとはまさにのこのことをいうのだろう。
だがそれもアユガータの居た倉庫に比べれば幾分かマシだった。
「お前さんみたいに一歩間違えれば命を無くすような生活は送ってないからな。どうだ、罪もない動物を殺した金で生活する気分は」
「……なんでそんなこと知ってやがる」
「何時だったが若い兄ちゃんが来て説明していった。有用な人材を育てた礼だそうだ。私にとっては仇以外の何物でもなかったがな」
「アイツっ」
グリドラの表情が一気に歪む。
「それで、何しに来た。とうとうこの老いぼれの財産にまで手を出さないと生きていけなくなったか」
「老い先短いじーさんをアテにするぐらいならのたれ死んだほうがマシだ」
「それはなにより」
淡々と進んでいるようで全く進展しない会話。
老人の後ろにある暖炉の中で燃える炎の熱と揺らめきだけが、妙に神々しく感じられた。
「おじいさん」
空気まで金属になってしまったかのような空間で、とうとうリゲルが口を開いた。
「……これはたまげた。カウムか?」
ずっとグリドラの背中に隠れてことの成り行きを窺っていたリゲルだったが、とうとうしびれを切らして老人も元へと近づいた。
「おじいさんならまたハントを動くようにできるの?」
老人は少しだけ首を動かす。
グリドラが担いでいるものが何なのか察したようだった。
おそらく布から出ている腕のせいだとは思うが、一見して人間の一部にしか見えないそれをアンドロイドだと見抜いたということはそれ相応の経験値があってのことだろう。
今のハントに関係のない場所には来ないだろうと世間をしらないリゲルでもわかる。
それに、この工房にあるものの雰囲気はどれもハントど似ている気がした。
無機質で生命のない感覚が充満している。
老人は少し考えた後「状態にもよるが私の技術でどうにかできる範囲なら」とどこを見るでもなく呟いた。
動くようにしてくれるのかしてくれないのか判断ができない回答に助けを求めるようにリゲルはグリドラを見上げる。
グリドラもどうすればいいのかわからないのか渋い表情で唇を嚙んでいる。
ひとまずハントを近くの作業台へ下す。
布を外せば目を開けたままのハントを視線が合った。
少し怖いと思った。
人間の形をしているのに異質な感じが拭えない。
「……初期アンドロイド」
老人が呟く。
「こんなものどこで見つけてきた」
「そこのカウムが住んでる森にあった廃墟だ。初期アンドロイドって言ったら『鳥の巣』が造ったってことか……。確かに噂では『鳥の巣』の最初の拠点があの辺りだったって」
「例の青年の入れ知恵か。どうせ珍しいものでもあるかもしれないと足を運んだんだろ。単純だな」
再びグリドラが黙る。
「まぁいい。機械技術者として貴重なアンドロイドは調べる義務がある。財産のほとんどを持ち逃げされた弟子が持ってきたものでもな」
もう一度リゲルがグリドラを見上げる。
しばらく彼と視線が合うことはなさそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます