第16話:不思議な生物
人間はよくわからない。
食べるわけでもないのに、生物を殺す。
グリドラは『人間だから』と言っていたけれど、どうしてそんな無駄なことをするのだろう。
ゆっくりとではあるが、それでも確かにハントを抱えるグリドラの広い背中を追いながらリゲルは考える。
無意味な殺しは世界への裏切りだと、昔カストルに言われたことがある。
まだ『殺し』の意味もよくわかっていない程幼かった頃、好奇心そのままに地面を這うミミズを踏みつぶした時だ。
強く怒られることこそなかったが、眉間に皺を寄せたあの表情は決して気分のいいものではなかっただろう。
『お前には、このミミズがどう見える?』
どう見えると言われても、てらてら光沢のある細長い生き物だ。
目も口もわかららない、鳴き声すら上げない生物。
しいて言うなら『食べ物』が1番しっくりくる。
『私達には、彼らの表情も言葉もわからない。だがそれは私達にわからないだけで、存在しないわけではないと父さんは思う。今お前が踏みつぶしたミミズにも家族が居る、生きた時間がある。無意味に奪っていいものじゃないんだ』
真剣な声音と眼差しに、全てを理解できないまでも自分が良くないことをしたということだけは感じた。
『生きるため以外で、命を奪うものじゃない』
潰れたミミズとしか映らなかったソレが死骸として認識した瞬間だった。
ずっと、そういう風に教育されてきた。
意味もなく生物を殺すことは駄目なことなのだと。
だから、ジャッカルに殺されるのは嫌だけれど、彼らも生きるために必死で食べるものが無ければ死んでしまうから狩りをしているのであって、誰もそれを責めることはできない。
命の糧になったのだと割り切るしかない。
でもあれは、アクルックスの父親は何になったのだろう。
何のために殺されて、何のために死んだのだろう。
少なくとも、あんな風に扱われるためではないはずだ。
広い通りを抜けて、細い路地に入る。
どれくらい歩いただろうか。
気が付けば人影はまばらになり、薄暗い満ちばかりが続く。
たまにすれ違う人間は皆同様に消えてしまいたいと望んでいるかのようにマントで全身を覆い背中を丸めて足速に通り過ぎて行く。
どことなく重たい空気につられて、リゲルの背中もだんだんと曲がっていく。
ズルリ、とグリドラがハントを担ぎ直した拍子に白い腕が空を切った。
あの状態になったハントを見て、初めて彼の言っていた『生物ではない』という言葉が理解できたような気がする。
虫の死骸とも、アクルックスの父親のなれの果てとも違う。
うまく表現できないが、失われた感覚がないのだ。
動かない彼女の姿こそが正しいことであるかのように、違和感がない。
もちろん、もう1度彼女に動いて欲しいと思う。
きっとグリドラはその方法を知っているのだろう。
元通りにしてくれるのだろう。
それは嬉しいことだ。
でも、この感覚が『機械』で『生物ではない』ことを理解したということなら、ほんのちょっぴり悲しい気がする。
生き物を意味もなく殺したり、生き物でないものを直そうとしたり、本当に人間はよくわからない動物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます