第15話:人間
木製のゴミ箱の中で丸まっているリゲルにどう声を掛けていいものかグリドラは答えが出せていなかった。
正直、あそこにリゲルが現れた時点で、彼の毛皮行きは確定したようなものだったので、こうして生きているのがとてつもない幸運だということをわかっているのはこの場では1人しかいない。
『よかったじゃないか』『人の言うことを聞かないからこんなことになったんだ』『感謝しろよ』『人間なんてこんなものだ』
どれも正しいようでしっくりこない。
どうして自分がこんなことに頭を悩ませなければならないのか、そちらの方に苛立ちを感じる始末。
きっと、少し前の自分ならこんな感情さえ感じなかった。
あの場で素直にリゲルを引き渡して終わりだった。
臨時ボーナスとばかりにハントも一緒に。
実際、彼らを見つけた時はそのつもりだった。
動物のはく製や毛皮を売買しているアユガータに売るつもりで連れて来た。
本業こそそうだが、彼の顧客リストには様々な人間が登録されており、製造中止になったアンドロイドの精巧な部品を欲しがる輩もきっといるに違いない。
案の定ハントを見た時のアユガータの顔は、大金を目の前にした商人そのもので欲が満潮のように迫ってくるのがありありと感じることができた。
馬鹿みたいに会話を重ねたわけではない。
共に過ごした時間も短く、お互いを大切に思うような関係なんて築く暇さえ無かった。
ただ、希望通りここまで連れて来ただけ。
着いて来るのを放っておいただけ。
それだけ。
それだけなのに、どうして自分はあの場にリゲルとハント連れていかなかったのか。
必死にアユガータの元から連れ出そうとしたのか。
大金を諦めてまで、こうしてゴミ箱の中を覗き込んでいるのか。
わからない。
わからないけれど、
「悪かった」
きっとこの言葉が今1番ふさわしいのだろう。
せり上がる罪悪感に吐き気さえ感じる。
背後に転がる鉄の塊と化したハントにも、気持ちの半分を乗せて発する。
薄汚い布に包まれた彼女は、遠目から見れば死体そのものだった。
「グリドラは悪い人間なの?」
リゲルが言った。
「人間なんてこんなもんだ。だいたいはな」
良いか悪いかで言うのなら、どう考えても悪い人間なのだろう。
ただ、これは別の種族であるリゲルだから言えることであり、同じ人間同士ならばこんな質問自体出てくることは無いだろう。
この程度のこと、この程度の考えや行動など人間の住む世界では当たり前に横行している。
グリドラもその世界に漬かっている1人の人間であり、今までの人生この手のことで罪悪感を感じたことはない。
周りがそういう風に出来上がっていたのだから、最初からあるものに疑問を持つ程感情豊かな人生は送っていないのだから。
しかし、こうして今までとは違う反応を間近で見てしまうと胸の奥で微かに動く何かに嫌でも気付かされる。
倉庫の中でアユガータが見せて来たのは、リゲルと同じカウム族の剥製だった。
剥製だ。
動物の剥製など今時珍しくもない。
それでも、リゲルからすれば同族の死体を見せられたのだ。
流石のグリドラだって、加工された人間の死体をこれ見よがしに見せつけられれば大小はどうあれショックを受けることだろう。
それが、知っている相手ならなおさらだ。
「アクルックスのお父さんだった」
アクルックスが誰だか知らないが、友人だろうか。
「食糧を探して外に出た時に、ジャッカルに襲われたって。どうしてあんなことに……あんなことをされなきゃいけないの?」
「……さぁな」
単に運が悪かったから、人間が生まれたから。
理由はあっても、剥製にされなければなら理由なんてきっとない。
理由など人間側にしかないのだから。
「そういう世界なんだよ。自分を正当化するつもりなんてさらさらないが、そういう世界で、人間がそういう生き物だった。それだけだ」
カウムの外界での死、それは全て「ジャッカル」という天敵の仕業という概念しかないのだろう。
襲われれば殺される。
殺されれば食べられる。
そんな単純な思考しか持ち合わせていないのだ。
ある意味、平穏な生活を続けていた結果なのだろう。
そもそも、生きるという点において、人間のようにごちゃごちゃと思考する生き物など他に存在しないのかもしれない。
故に、リゲルはあんなにも素直で生死に関わること以外は随分と受け入れていた気がする。
まぁ、そこにグリドラも付け込んだのだけれど。
「兎に角、ハントを直さないとな。……お前は、好きにしたらいい」
いろいろと考えるのが億劫になり、手近な理由にすがりつく。
アユガータのせいで壊れてしまったハントを修理するため、彼女を担ぎ上げ迷うことなく足を進める。
このまま放っておくという選択肢など最初から持ち合わせていなかった。
それにしても、どうしてアユガータは自分達を見逃したのだろう。
剥製に恐れ戦き逃げ出すリゲルを、彼は一歩も動くことなく見送った。
あたかも、それが正しい行為であるかの様に真っ直ぐに背筋を伸ばして。
ハントを担ぐグリドラにも、薄い笑みを浮かべるだけ。
一瞬で頭がおかしくなったのかといぶかしんだが、考えるよりも先に身体は倉庫の出口へと向かっていた。
どうでもいい。
無事にこうして外に出られたのだから、どうだっていいじゃないか。
人目に付かないよう、裏通りを歩く。
数分経ってそっと後ろに視線を送れば、うつむき加減で数メートル後ろを付いてくるリゲルの姿があった。
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