第13話:嘘

「嘘つき、絵本があるって言ったのに」

「あるかもしれない、だ。絶対にあるとは言ってない。というか、今はそんなことどうでもいい――」

「絶対にないって知ってたくせに! 手づくりの絵本は置いてないって言われたぞ!」

「だから話しかけるなって……。わかった、俺が悪かった。後で謝るから兎に角ここを出ろ。ハントは何処だ。さっさとハントの所に戻れ」

「俺は怒ってるぞ! どうして嘘なんか吐くんだよ!」

「わかった、わかった」


「グリドラさん」


 騒ぐ二人の声の隙間をぬって、平坦な声が響く。

 今さらとしか言いようがないが、不機嫌な猫のように暴れまわるリゲルを必死に抱え込み背を向けるグリドラの努力も虚しく、アユガータはこの場の光景を見なかったことにはしてくれないようだ。

「生きているカウムなんて珍しいものを連れてくるなんて、素晴らしいにも程がありますよ。ジャッカルの毛皮なんて雑巾に見えてしまう程です」

「……誰かと会ってたの?」

 怒りにまかせて暴れていたリゲルだったが、アユガータの声にようやくこの場に居るのは自分とグリドラだけではないと気が付いたらしい。

 グリドラの肩越しに顔を覗かせると、うすら笑いを浮かべた青年と目が合う。

 病的なまでに白い肌に反して赤く紅潮した頬が映えると言えば聞こえはいいが、その表情は恍惚としていて全身の毛が逆立つのを感じる。

 恐怖とは違う。

 気味が悪かった。

「誰?」

「知り合い」

「なんか、気持ち悪い」

「俺もそう思う」

 意識が別の方向に向かったせいか、急に視界が開けたように周りの景色が目に入る。

 同時に大量の動物の臭い。

 よくよく観察すると、大量の毛皮が山積みになっている。

 床にはグリドラが道中で剥いだジャッカルの毛皮もあった。

 グリドラもそうだけれど、人間は動物の毛皮が好きなのだろうか。

 あんなものに何の価値があるのだろう。

「それ、頂けるんですよね?」

「なんでそうなるんだ」

 青年が自分を差して発した言葉に顔を歪める。

 ――何言ってんだコイツ。

 素直にそう思った。

「こいつはあれだ。お前に売るために連れて来たわけじゃ……」

「本当ですか?」

「……」

「仮に今は心変わりしていたとしても、本当に最初から何の打算もなくカウムを住み処から引きずり出してきたりしますかね?」

「違う。俺は自分から外に出たんだ」

「はぁ?」

 今度はアユガータが顔を歪める番だった。

「絵本の続きが知りたくて、もっとたくさんの景色が見たくて外に出たんだ。なのにグリドラが――グリドラ、なんで嘘吐いたんだよ!」

 急に怒りを思い出したリゲルがグリドラの頬をバシバシと叩く。

「大人にはいろいろあるんだよ」

「いろいろってなんだ! 説明しろ!」

「知らなくていいものも世の中にはあるんだよ」

「……」

 口喧嘩を始めた一匹と一人にどことなく置いてけぼりを喰らった空気の中、アユガータは足元に転がる既に『絵本』と表現していいのか疑問に思う品物を拾い上げた。

 途中から破れ前半しか存在しないそれは、水に濡れたのか滲んで読めたものではなく、それ以前にページ同士がくっついてほとんど読むことができない。

 辛うじて開けたのはビニールで加工された表紙のみ。

「……」

 表紙の内側に描かれたマークを見つけた瞬間、アユガータの眉がピクリと動く。

 しかし、それも束の間、さっさとリゲルを手に入れようと懐に隠し持っていた拳銃を構えた。

 五月蠅いのはあまり好きではない。

 アユガータの行動に気が付いたグリドラの顔が強張る。

 狙われている張本人であるリゲルは拳銃を見たことがないせいか、それが自分の命を狙っている道具だとは思いつきもしないようで、何をそんなに驚いているのだろうと不思議そうにグリドラを見上げていた。

「正直、殺したくはないんですよね」

 その言葉は、グリドラに対してのものではない。

「カウムは生きていてこそ価値がある。人間以外で人語を話せる生物はまだ発見されていませんからね。個体数も多くはありませんし、見世物にするには絶好の商品なんですよ。以前、ジャッカルごと襲われていたカウムを拾ったことがあるんです。残念ながらもう死んでいたので剥製にしてみたのですが、それでもかなり高額で売れましたよ」

「そりゃ良かったな。でも、こいつは商品じゃない。悪いな」

「欲しいものは自力で手に入れるタイプなのでお気になさらず」

「……その考えは割と好きだぜ。まぁ、それでも今回は諦めな」

 鋭くけたたましい音が倉庫の中で響いた。

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