第12話:倉庫

正直、自分がこの場所へ足を運ぶことになるとは思っていなかった。

念の為だと住所を書いた紙こそ渡されてはいたが、彼らの職種上ひと所に留まるのは難しいとも考えていた。

だが、そこは流石はプロなのかグリドラの予想を裏切り見知った顔が出迎えてくれた。

「どうも、お久しぶりです」

「おう、まさか自分でお前の所に来るとは思わなかったぜ」

「僕も驚きましたよ。まさか貴方が自ら獲物を背負ってくるなんて」

グリドラを巨大な倉庫の前で待ち構えていた男がそんなことを言いながら錆び付いた扉に手を掛けた。

男の名はアユガータといい、グリドラとは5年程の付き合いとなる。

年を訊いたことはないので正確にはわからないが、恐らく一回りは下だろう若い男。

「金がないと生活できないからな。土砂崩れでお前らが来ないなら自分で来るしかないだろ」

「それもまた、以外ですね。貴方はそうなったらそうなったで諦めて死ぬタイプだと思っていたので」

倉庫の中の臭いに、思わず手で口と鼻を覆った。

油断している時の獣の濃い臭いは中々に破壊力がある。

「すみません。慣れていないと結構キツイですよね。綺麗に処理をしているつもりではあるのですが、量が量だけにどうしてもね」

悪びれた様子もなく辺りを見渡すアユガータの周囲には大量の毛皮が積み重ねられていた。

防腐処理された動物の死体も何体か見受けられる。

彼の職業は毛皮のバイヤー。

世界中の動物の毛皮を集めては洋服などの加工業者に売り込んでいるらしい。

動物の中には個体数の関係上狩猟を禁じられているものも少なくはないのだが、アユガータの持つルートは比較的そういった希少価値の高い毛皮が手に入りやすいと裏の業界での彼の知名度は中々のものなのだという。

これから加工されるであろう毛皮と、一部のマニアックな需要に応えるため毛皮になることさえできなかった動物の死体。

アユガータの薄い笑みと相まって死体の王国にでも迷い込んだ気分になる。

あながち間違ってはいない表現だと自分でも思うが、気分のいいものではないことは確かだ。

こんな所はさっさと後にしよう。

図書館に置いてきたリゲルとハントのことも気になるし、特に好きでもなんでもない男と一緒に居る時間を増やす必要もない。

グリドラは背中に背負っていたジャッカルの毛皮を乱暴に床に転がした。

「ほう」

商品が雑に扱われていることに差して反応を見せることなく、興味深そうに毛皮を広げ手触りを確かめる。

「いいですね。毛の一本一本は細いですが量があるので非常にさわり心地がいい。これはメスですね」

触っただけでわかるのか。

性別を気にしながら皮を剥いだわけではないので確かなことはわからないが、確信めいた口調だけで彼が嘘を言っていないことがわかる。

深い交流があるわけではない。

会話も数分程度しかしたことがない。

グリドラとアユガータは利害が一致している、それだけの関係だった。

アユガータは毛皮を手に入れるためにその場所に詳しい人物が欲しかった。

グリドラは生活するために金が欲しかった。

できれば街まで出なくても生活できる術が。

そんな時、狩猟の下見にために古都を訪れていたアユガータと出会ったのだ。

どの辺りにどんな動物が住んでいるのか、時には狩りの手伝いをする代わりに、謝礼と生活物資を届けてもらうことを約束した。

そんな関係が気が付けばもう5年の月日が経っていた。

「この時期なら、子供が生まれているかもしれないですね。餌の確保にでも必死だったのでしょうか。貴方に狩られるなんて相当周りが見えていなかったのか。今頃子供は腹を空かせているでしょうね。もったいない。道さえ崩れていなければ今すぐにでも探しに行くのに。子供の毛皮は量が少ない分高値で売れる」

笑い声すら漏らしながら語るアユガータに表情が歪むのを我慢できない。

――こいつは絶対に変態だ。

「もういいだろう。お前はこれをいくらで買ってくれる?」

「ああ、すみません。つい妄想が膨らんでしまいまして」

さっきまでの何処か気だるげな雰囲気から一変、テキパキと品定めをし金額を決めるアユガータの動きは流石だった。

数分もしないうちに麻袋に包まれた料金が手渡される。

偶然の収穫にしてはいい金額になった。

これで数週間分の生活物資を買い揃えることができる。

このまま買い物もできるしわざわざ街に出て来たかいがあったというものだ。

「助かった。また機会があったら頼む」

「こちらこそ、いい買い物ができました。また古都に行くこ――……」

「?」

言葉を途中で切ったまま固まるアユガータを不審に思ったのも束の間、心臓が凍るような感覚がグリドラを襲う。

軽い音を立てて自分の足元に落ちて来たもの。

持ち主なんて、悩む必要はない。

「嘘つき!」

「……バカヤロウ」

アユガータの無言の笑みを、グリドラは見逃さない。

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