第11話:図書館

 紙とインクと埃の匂いがした。

 ハントと手を繋いで入ったのは、この街で一番大きな図書館だった。

 随分と静かな空間だ。

 重厚感とはこのことを言うのだろうか。

 この中だけが時間の流れが異なる気がする。

 外はまるでせわしなく流れる川を連想させる落ち着きのなさがあったが、図書館は全く逆で無風の日の湖に似た穏やかさがある。

 窓から差す日光、ゆったりと動く人々。

 話し声は最低限で、皆各々の世界に入り浸っている光景は一種の芸術の様にも見えた。

 ――ここに、あの絵本があるんだ。

 世界中の本が納められているであろう数の本。

 これだけの本があるのなら『エムのいた世界』が無いはずがない。

 我慢できずに、リゲルは駆けだした。

 図書館内では原則として走ることは禁止されているがそんな決まりをリゲルもハントも知っているわけはないし、足音をほとんど立てることのないカウムの性質上、読書に集中している人々は気に留めるどころか気が付いてさえいなく、仮に気が付いたとしても小さな子供のことだからと見て見ぬ振りをしたことだろう。

 兎に角、目に着いた棚からしらみつぶしに探して行った。

 読めない文字のもの驚くほど分厚いもの。

 大小さまざまな大きさにデザインも様々。

 こんなにたくさんの本などもちろん見たことがないリゲルは、一つ一つ違うで病死を眺めるだけでテンションが上がった。

【目立つ行動はするな。図書館では静かにするのがマナーだ】

 グリドラにそう言われていなければ、大声を上げてはしゃいでいたことだろう。

 そんなリゲルの後ろを、ハントは黙ってついていく。

 手分けをして探すと言う考えはこの一匹と一体にはないらしかった。

 しかし、楽しかったのも最初の一時間だけだった。

 膨大な量の本に、目的の絵本が見つける気配が全くない。

 それに加えて背の低いリゲルには並ぶ本だなは些か高すぎて上の段を見るには踏み台が居るし、首は痛みで悲鳴を上げ始めている。

 疲れた。

 空いていたソファに腰掛け一旦休む。

 探し終わった棚の数と、まだ近づいてさえいない本だなの数を数え比べて絶望する。

 ――本当に見つかるのかな。

 最初の自信はとうに消え失せ、どっと疲れが押し寄せてくる。

 投げ出すように背もたれに身体をあずければ、吹き抜けの二階に並ぶ本棚が目に入り余計に脱力した。

 沢山の本を乗せたカートを押す女性が前を横切る。

 なんとなくそれを目で追っていれば、女性が進む先にカウンターがあることに気が付いた。

 そこには等間隔に人間の男女が座って並びカウンター越しに本を持った人の対応をしたり一人黙々と何かをしている姿がある。

 そう言えば、図書館の中には同じデザインの服を着た人間が何人もいる。

 その人たちはバラバラの服を着ている人達とは少しだけ雰囲気が違う気がした。

「すみません。この本を探しているのでが、どこにありますか?」

「そちらの本でしたら――」

 フードの中で耳がピクリと動いた。

 カートを押している女性に、男性が話しかけている。

 どうやらお目当ての本が見つからずに場所を訊いているらしい。

 二人は二言三言会話を続けた後、一緒に何処かへ消えてしまった。

 ――あの服を着た人に言えば見つけてもらえるんだ。

【絶対に他の人間には話しかけるな。出来る限り近づくことも止めておけ】

 唐突に見つかった解決策に勢いよく身体を起こすも、去り際に言われらグリドラの言葉を思い出し躊躇する。

 きっとグリドラはリゲルがカウム族だからあんなことを言ったのだろう。

 ここは人間の街。

 リゲルの存在が場違いなことはわかっている。

 カウムの居場所は暗い土の中だ。

 もしも逆の立場で巣穴に人間が入ってきたら、リゲルだって驚くだろう。

 でも、それでも、ここでチャンンスを逃すわけにはいかない。

 このまま探していては見つかるものも見つからない。

 グリドラのおかげで外見は大分隠せているし、きっと大丈夫。

「平気だよね、ハント」

 隣に座っているハントに同意を求める。

 小さな頷きが返って来た。

 理解しているのか甚だ疑わしい限りではあるが、リゲルは自分の都合のいいように解釈しソファから立ち上がりカウンターへと向かった。

「すみません」

「はい……、貸出ですか?」

 眼鏡を掛けた中年女性が少し間を空けた後納得したように口を開いた。

 リゲルの背が低いせいで、一瞬見失ったらしい。

「この本は何処にありますか?」

「……はい?」

 カウンターの上に置かれた絵本に、女性が言葉を失う。

 半分に千切れ濡れたせいで全体が滲んだ絵本を前にすれば、大抵の人間は同じリアクションをすることだろう。

「こんな本はここにはありません」

 手に取るでもなく数秒絵本を眺めただけの女性は冷ややかにそう言った。

「え?」

 予想もしていなかった答えに、リゲルの口からは驚きの声が漏れる。

 こんなに沢山の本が置かれているのに、どうして。

 何かに間違いではと女性を見つめ続けるも、期待する答えが与えられることはなかった。

「手づくりの絵本なんて、図書館にあるわけがないでしょう」



【もしかしたらその絵本が置いてあるかも知れないぞ】

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